表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

竜の瞳で見る世界 ~番外~ その1

作者: カニのおてて

 番外編としてはいますが、本編の『お出かけの準備』と『町までの道程』の間にあったこととして書いています。

 そのため、短編作品として目に留めて下さった皆様には話の繋がりが分からない部分も多々あるかと思います。その点は申し訳ありません。

 もし少しでも興味を持ってもらえたのであれば、本編の方から読んで頂けると幸いです。


 本編から読みに来て下さった皆様、いつもありがとうございます。

 本編を読み進めて下さっている方からは、少し時間を遡ってのお話なので混乱するかもしれません。その点は申し訳ありません。(どうしてそうなったのかという理由については後書きで)


 それでは、短いですが楽しんで頂ければ幸いです。

 朝。

 夜に塗り潰されていた森を、日の光が緑に染め直していく。

 明るくなってくると自然と目が覚めるので、疲れたりしていなければ寝坊をすることはあまり無い。

 まだ眠気の残る目を動かし、毎朝の日課となった隣で眠っているはずのアンナの無事を確認する。どうやら今日も大丈夫なようだ。


 大きな竜の体をのそりと動かして起きあがり、音を立てないようにうーんと伸びをする。

 空は大分明るくなり、日の光も枝葉の間から斜めに差してきて泉の水面(みなも)をキラキラと輝かせていた。


 アンナが森に来て数日経ったが、食事が毎日スイカボチャばかりというのも栄養が偏るし、飽きが来るので今日は森に違う食べ物を探しに行こうと考えている。

 まだアンナは落ち葉に埋まって静かに寝息を立てているし、アンナが起き出してくる前に別の果物を探しに行くとしよう。


 森の動物や魔物が襲ってこないようにアンナの周りに防壁の術をかけ、更に竜の匂いと気配を残しておくことで危険な生き物が近寄りにくいようにしておく。これで数時間程度なら自分が居なくても魔物などが寄って来る事は無いはずだ。


 しかし、まだ近辺に自分を狙っている人間達が潜んでいるかもしれないので、なるべく時間をかけないで戻ってこようと考える。

 飛ぶ時も泉の場所が知られないように、歩いて森の奥まで移動してから飛び上がることにしている。探しに行く方向も草原や母上と居た住処のある山の方ではなく、人間が入り込みにくい森の奥地の方を飛ぶことに決めていた。


 アンナが起きないように静かに移動し、泉から適当な距離がある場所まで歩くと【飛翔】の術を起動して飛び上がった。

 朝の清々しい空気の中、黒い翼を開いてぐんぐんと高度を上げ、上空を旋回する。食べ物探しのついでに早朝の空の散歩もしておくことにした。

 高度はいつも飛んでいる雲と同じ高さ、大体3000mくらいだろうか。


 やはり空の散歩は何度やっても飽きない。同じ場所を飛んでも毎日違う表情を見せてくれる。

 人間だった頃は見上げる事しかできなかった、自分にとっては原風景でもある大空を自由に飛びまわれるのだ。飽きるはずが無い。

 たまにジグザグに飛んでみたり、強風に身を任せ【飛翔】の術を切ってグライダーのように滑空するのも楽しい。


 鳥の群を見かけることもあるが、向こうはこちらに気がつくと逃げていってしまう。ちょっと寂しいがこればかりは仕方ない。

 雲の中をわざと通ってみたり、背泳ぎのように体をひっくり返して飛ぶのもまた違う感覚を味わえるので面白かった。

 気分は(さなが)ら大海原を自由に泳ぎまわる魚になったような感じだ。


 空が飛べるようになって間もなくの頃は真っ青な高空を見上げたり、様々な形で流れる雲を見ながら飛んでいることが多かったが、最近は下に広がる森に目を向けて飛ぶようになった。

 普段見慣れた森の風景でも、目を凝らして観察していると新しい発見があるものだ。


 森の深い方には大型の獣がおり、時折喧嘩していたり獲物を捕ったりしている姿が見られるし、たまに森の中を群で移動している動物達が見えたりもする。

 変わった地形や森の中を流れる小さな小川を見つけたり、雨の日では晴れの日とはまた違う森の景色が見れたりもするのだ。

 そんな風にして今日も眼下に広がる広大な森を見ながら風を切り、空の散歩を楽しんでいた。


「フンフンフフーン♪ ……お?」


 鼻歌交じりにのんびりと空の散歩を楽しんでいると、不思議な雲を見つけた。

 他の雲は今自分が飛んでいる3000mくらいの高さ付近をぷかりぷかりと漂っているのだが、なぜかその雲だけ自分と地面の丁度半分くらいの位置、大体1000mちょっとくらいの場所に浮かんでいた。

 周囲を見渡してみるがそんな低い場所に浮かんでいる雲は他に見当たらない。


 確かに霧のように地面すれすれの低い位置に浮かぶ雲も無いわけではないのだが、その雲だけが孤立して低い位置にあるのが何とも不思議だった。


「随分とまぁ低いところに浮かんでいるなぁ……」


 好奇心をくすぐられ、高度を落として近寄ってみる。

 雨雲では無いようで下の森に雨を降らせている様子は無いが、向こう側が見えず真っ白なので濃い雲のようだった。

 ぐるりと雲の周りを一周するも他の雲と同じで特におかしな所はない。大きさはサッカーコートくらいだろうか。ただ浮かぶ場所が低いというだけのようだ。


 こんな雲もあるのかーと思いながら一通り観察すると興味が薄れた。見た目はただ低い位置に浮かんでいる普通の雲だし。

 最後に雲の中を突っ切って今日の朝ごはんにする果物探しに戻ろうと思い、軽い気持ちで雲の上側から下に向かって突き抜けようとしたのだが……。


「ぶっへあ!!?」


 頭から雲に突っ込んだとたん、グチャリという嫌な感触と共に雲に捕まった。

 普通の雲であれば水蒸気なので何にも当たることなく突き抜けて終わりのはずだが、この雲は違った。

 感触は全然違ったが、高く降り積もった新雪の中に頭から突っ込んだような状態になってしまった。


「うっわ!! ベトベト!!」


 更にこの雲、ベッタベタである。

 ゴキ●リホイホイのベタベタや納豆のネバネバを更に酷くしたような感じで、バタバタと体や翼を動かして雲からズボッと首を引っこ抜くとぬらーっと糸を引いた。

 幸い匂いは無いが、凄まじく不快で気持ち悪かった。自慢の黒く美しい竜鱗がぬらぬらのべとべとである。


「ぎえー……気持ち悪ぅ」


 身を捻ってネバネバの雲から体を浮かせ、慌てて飛び上がって離れる。雲から離れる間際に一際大きく糸を引いて、ヌチャアという不快な音が聞こえる。


「うへぇ……」


 何だこの雲……。水ではなく粘液でできているのだろうか。

 というかこれは雲なのか?

 いや、今はそんなことよりも体を洗いたい。ベタベタである。


 早朝の楽しい空の散歩が一転、体中がぬらぬらベトベトになるという酷い目に遭い、ゲンナリしてしまった。折角の清々しい気分が台無しである。

 果物探しは一時諦め、とりあえず体を流しにアンナの居る森の泉に戻ることにした。


 体中粘液まみれで糸を引きながら、真っ直ぐに泉まで飛んで行く。戻ってきてみると既にアンナも起きたようで、泉の(ほとり)で顔を洗っているところだった。


「ただいまー……」


「あ、クロさんお帰りなさ……うわっ! 何ですかそれ!」


「あはは……食べ物を探しに行ったら、ちょっとね……」


 自分のベタベタな体を見るとアンナも何事かと驚きの声を上げて後ずさった。やはりアンナも気持ち悪そうにしている。

 翼を動かすとネバネバと糸を引き、舞い上がった木の葉や枝、砂埃などがネバネバに絡め取られて体中に纏わり付いてくる。人間の皮膚のような触覚は鱗に覆われているのであまり感じないのだが、やはり気持ち悪い事に変わりはない。


 アンナに空の上で起こったことを説明し、朝食の前に体を洗う事にする。

 が、そこでちょっと止まって考えた。

 このまま泉に入って洗ってもいいのだが、折角の綺麗な水が得体の知れないネバネバで汚れてしまうのもどうかと思ったので、泉には入らないで星術で水を出して洗う事にした。

 幸いベタベタなだけで特に体に異常は無く、洗えば元通りの綺麗な黒鱗に戻った。


 体を綺麗に洗い終えた所でついでに【転身】を使って人間の姿になっておく。竜の姿の時にまた人間がやってきたら問答無用で襲い掛かってくるかもしれないし、アンナに合わせて動くのには人間の姿の方が都合がいい。


 後々【竜憶】で調べてみたところ、名前はなかったがあの雲のような記録が残っているのを見つけた。

 どうやらあれば雲ではなく食虫植物のような生き物であるらしい。

 浮かんでいる方法まではわからなかったが、雲に成りすまして飛んでくる鳥などを絡め捕り、時間をかけて溶かし、栄養にしているようだ。


 鳥や小型の獣は捕まったら逃げられなくなるらしいが、竜の力なら出てくることは問題無いようである。

 ただベッタベタにされるので二度と捕まりたくはなかった。

 たまたま他の雲と違って低い位置に浮かんでいたから気付けたが、他の雲と同じ高さに浮かんでいたら見分けがつかないだろう。匂いも無いし、見た目は普通の雲と変わらないのだ。


 あの雲モドキは雲全てを避ける以外には対処のしようがなさそうである。晴れた日などにポツンと浮かんでいればわかりそうではあるが……。

 雲の中を突っ切ったりするのは空を飛ぶ楽しみの一つなので、それができなくなるのはちょっと悲しいものがある。


 今後のためにも空を飛ぶ時は新しく創った膜をつくる術を使ったり、危険を察知するような術を創っておかなければならないだろう。


「空の上って私達には想像もできない生き物がいるんですね……」


「いや、僕もあんなのがいるとは思わなかったよ。今まで空の上で敵対するような生き物に出会ったことは無かったしね。今回は逃げられたから良かったけど、逃げられないようなヤツだったら古竜でも食べられちゃうかもしれないし、注意しないとなぁ……」


 まぁ最悪の場合は星術で吹き飛ばして脱出できるとは思うが、捕まった途端に麻痺させられたり気絶させられたりしてしまうような相手だったらどうしようもない。

 改めて危険な世界であるという事を思い知らされた気分だった。


「あ、ごめんね。朝ごはんに果物を探しに行ってたんだけど、あの雲モドキのせいで取ってこられなかった」


「別に気にしませんよ。いつものスイカボチャでも甘くて美味しいから好きですし」


 別な果物を得られなかったので今日も泉の畔でスイカボチャを術で成長させて朝ごはんにする。アンナは数日間も同じものばかりの食事でも文句を言わず、美味しそうに食べてくれた。

 さすがにそろそろ別な物を食べさせてあげないと栄養の方が心配だ。こんな事なら少しは動物の狩り方を学んでおくべきだったか。今なら火でも熾して焼くこともできるのだし。


 そう思ったのでその日は朝食の後、動物の狩りでもしてみようとアンナに無理をさせないようにしつつも森の中を探し回ってみたのだが、結局狩りどころか獲物になりそうな動物の姿を見つけることもできなかった。

 狩りについては罠や狩りに使えそうな星術を考えたりしておかなければならないだろう。

 森をぐるりと回って泉に戻ってくる頃には夕方に差し掛かっていた。


「こんなことなら母上に動物の狩り方のコツでも聞いておくんだったかなぁ」


「……私、竜は獰猛な肉食の生き物だって思ってましたから、クロさんみたいに動物にも優しい竜の方が好きですよ。きっと初めて会った時に目の前で動物をバリバリ食べられたら恐くて倒れちゃうと思います。……あ、肉食だったらその前に私が食べられちゃってますよね……」


 まぁ他の竜ならそうなるのかもしれないけど、人間だった頃の記憶がある自分は例え肉食だったとしてもいきなりアンナのような少女を食べるということはしないだろうけどね。

 さすがに人間を食べるというのは抵抗があるとかそういう問題ではない。まず一生無理だろう。


「まぁ他の竜だとそうかもしれないから、もし僕以外の竜に出会った時は気を付けてね」


「で、できればそんな頻繁に遭いたくはないですね……。普通、村で生活しているような人が竜種に出会うことなんて滅多にありませんから」


 確かにそんな危険な生き物が居るような場所に村なんか作らないか。


「それもそうか。でも食事に関しては他の物も食べないと栄養が偏るから、狩りができないとなるとやっぱり早く人間の町に行かないとね。アンナも大分体力が戻ってきてるし、もう少ししたら人間の町に行く準備をしよう」


「はい。すいません、お手数をお掛けします……」


「気にしないの。アンナのためだけじゃなくて、僕のためでもあるんだから。それにやっぱり旅をするなら体力をつけて元気に楽しくした方がいいじゃない」


「はい。ありがとうございます」


 また暫くはスイカボチャと森で採れる果物だけの食事になったが、それも人間の町に行くまでの辛抱だ。アンナの体力も順調に回復してきているので、そう遠くないうちに人間の町まで行ける様になるだろう。


 そんな風に話をしていると、やがて夕闇が空に広がる時間に差し掛かる。今日あった事を思い返しながらアンナと寝る準備をしていく。

 いつものように人間を警戒し明日のことを考えつつも、木々の隙間から覗く無限の星空を見上げて眠りについた。

 ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございます。


 空を飛ぶことが大好きなクロですが、最近本編の方では色々な事情でなかなか空を飛ぶことができません。

 もっと空を飛ぶお話を書きたいと思い、初めての試みながら、番外編として一つ作品を創ってみる事にしました。

 もしかしたら今後も形を変え、他の登場人物の視点などで番外編を書くかもしれませんので、目に留まった時にでも読んで頂ければ幸いです。


 では、ここまで読んで下さった皆様、改めてありがとうございました。引き続き本編の方も宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ