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0004⇒陽子のねむれない理由(コンビニ)

「プライベート……ね」

 有川は真面目な性格だとよく他人から過大評価されることがある。黙々と仕事をこなすことから、他人の色眼鏡にみすぼらしい事実を歪められているのだと思う。真面目などではなくて、ただ純粋に能力値が低いだけだ。

 もしもこの世界がゲームだったとしたら。

 パラメーターというやつがあるだろう。知能がどのぐらいとか。技術がどのぐらいとか。そういうやつだ。でも、有川が誰かと比較して何かが優秀だったことは一度もない。全てにおいて劣っている。

 でも、だからこそ勤勉でありたいのだ。

 コンビニというのはとにかく仕事の種類が多い。レジにしたって公共料金の支払い手続きとか、カード支払いのレジ操作方法とかがある。鮮度管理。それから郵便物の補完。それから期間限定のキャンペーンとか。とにかく多すぎて覚えられないので、バイトが始まる前に、このコンビニまで足を運んだ。それから商品がどこに陳列されているかを記憶して、自分で目にして、昨日はここができなかったからとかメモを取った。

 今だって、できるだけ黙ったまま仕事をしたい。他人とコミュニケーションをとるのが苦手だということもあるが、とにかく仕事を真面目にやらなければ終わらないのだ。だから有川は真面目ではない。こんな必死なって真面目じゃないというあたり、真面目だね、とか批評されそうだが、それなりの理屈が自分にはあるのだ。

「そうなんですよ。あのですね、この前辛いことがあったんですよ。相談に乗ってもらえますか?」

「えっ、嫌だけど」

「えっ!!?」

「……え?」

 嫌だから嫌だといったのに、どうしてそんな意外そうな反応をするのか。だいたいこちらは話を聴くことすら了承していない。さっさと仕事したい。いや、仕事なんてしたくない。不真面目で怠惰な有川はできることならバイトなんてしたくない。だが、全ては生活のためだ。お客様のためよりもまず、自分のために仕事をしたい。

 正社員ならまだしもバイトならばクビになることはないだろう。そもそもなんたかんたらの法律で、今はクビ宣告するのはだめではなかったか。まあ、どうでもいいことだが、店長から評価をこれ以上下げられたくはない。喋るにしても、ちゃんと夜の仕事をある程度終わらせてからにしたい。これからフライヤーやら、トイレの掃除やらあって、どうやって役割分担するかを決めかねていたというのに。

「いや、聴いてくださいよ」

 恨めしく言ってくる陽子。何故か人間失格の烙印を押されたような気がする。わざわざ訊くってことは、こちらにも拒否する権利があると思ったのだが、そうではないらしい。思いやりとか、察しの文化という悪習に則る必要があるらしい。

 生まれも育ちも日本人だが、いつだって以心伝心とか、そういう言葉が苦手だ。こちとらサイコメトリーじゃないのだから。

「いいよ。どんどん言って」

 ちょっと投げやりになりながら、ジャンクフードを取り出す。揚げるためのものだ。どうせだったら仕事しながら聴いてやろうと思う。

「私、彼氏がいるんです」

「ああ、うん、知ってる」

 これが清純派アイドルだったらびっちが! とか罵りたくなるが、あまり興味ない相手に彼氏います発言されてもなんとも思わない。

「…………」

「…………」

 なんだろう、もっと掘り下げて欲しいのだろうか。ちょっとした間のせいで居心地が悪い。さっさと話してほしい。こちらから話の続きを口頭で促すほどの興味など、まるでないのだ。

「その彼氏と別れた方がいいのかどうかを悩んでて……」

「別れれば?」

「いや、でも、そう簡単にいくわけないじゃないか。色々と事情があるし」

「うん、じゃあ、ずっと付き合えば」

「いや、でも私にだって迷いだってあるし」

 う、うぜええええええええええええええええええ!! どうでもいいよ、お前のことなんてさあ。結局どっちなんだろうか。いや、どっちか分からないから誰かに相談する。それ自体はあっている。だけど、他人の意見を聴くつもりが全くない感じの返しをされると、どうしても苛立ってしまう。

 チラチラとこちらの様子を伺ってくる。

 どうやらこっちがもっと深みにはまってくれるまで待っているらしい。釣りのごとく、餌に喰いついた瞬間を狙っているかのようだ。だったらもっとせめて高い餌をもってこい。偽物の餌、ルアーでもいいから。ライトノベルとかちらつかせて、なにか最近の作品でおススメありますか? とかまずは言葉のジャブで心の距離を測ろうか。

 最初から私事。

 しかも恋愛相談なんてまるで興味ないのは、ぼさぼさの頭とかおしゃれを全く気にしない普段着とかから察して欲しい。他の店員たちが彼女彼氏の惚気をしている時に、そっと席を外しているのを観ているはずなのに。それなのに、有川に振ってくるっていうのは、多分友達がいないからだ。

 いや、少しはいる。多分。あっちは友達だとは思っていないだろうし、こっちも友達だとはあんまり思っていないけれど、友達らしき友達はいる。有川の口が軽かろうが、重かろうが関係ない。

 他の人間にこの内緒話を漏らすことがないから。話す相手などいないから、有川に相談したのだろう。それでも、人選ミスだとは思う。

「……その、彼氏と何があったの? 詳しく話してみて」

 面倒だ。本当に面倒だ。だからさっさと終わらせてしまおう。相手の歩幅に合わせるのは大の苦手だが、あちらが自分以上に苦手らしいので、こちらが譲歩するしかない。だから、どんな素っ頓狂なことを言い出しても動揺しないよう、心がけよう。

「彼氏が……寝かせてくれないんです」


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