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0003⇒後輩アルバイトの陽子(コンビニ)

 有川は週二ペースでコンビニのバイトをしていた。遅番で、夜の九時から朝の五時までの休憩一時間。実労働時間は、七時間。大学生のバイト時間としては恐らく平均的なのではないだろうか。

 店長からは人手不足のためもっとシフト入ってくれないかと催促はされているが、お断りしている。働く時間が夜というだけで、結構つらい。有川は自分では夜型の人間だと思っていた。ゲームとか漫画とか、ラノベとか読んでいると、普通に夜が明けていたなんてことはしょっちゅうだ。だから、遅番だろうがなんだろうが楽勝だと思っていた。

 でも、やはり労働と娯楽は違っていて。働いているだけで、かなり鬱になってくる。夜中の、二十四時間のコンビニなので、面倒なお客が多い。酔っ払いとか、ヤンキー風の中高生とかが複数人で押し寄せてきたりする。その他にもいろんな客の層があって、道路工事で汚れた服を着た作業員とか、逆に夜のお仕事をし終わって綺麗な服を着ている美人さんなのに、ものすごい疲れてる顔をしている人とか。そういう人たちとたくさん出会うので、世界って、社会って広いんだなあと働いていて実感する。

 大学でも、五十代のおじさんとかが勉強するために普通に講義に参加していたりするけれど、やっぱりコンビニの方が多種多様な人が来客する。が、そこまで忙しいわけではない。

「……有川さん。これってどこに置けばいいですか?」

 一か月も経っていない女の子から、無愛想に質問される。女の子というのは失礼というものか。彼女は自分よりも確か、一つか二つほど年上だった気がする。大学には通っておらず、フリーター。高校を卒業してから就職しようとしたが、就活は大失敗。それでバイトを転々としつつ、なんとか生活費を稼いでいるらしい。

有川は独り暮らしをしているが、彼女はやはりお金がないということで、実家で家族と一緒。あまり外で活発に遊ぶようなタイプではないというのに、陽子という名前。太陽というよりは、どちらかというと月明かりが似合いそうな彼女には、コンビニに届いた商品の荷物の陳列作業をやらせている。

 年上に色々と指示するのはやはり気が引ける。しかもこちらは学生であちらは社会人ときている。まあ、それでも一年ほど働いている先輩としては、指導せざるを得ない。というより、他の人間があまり陽子さんと積極的にかかわりたがらない。

 他の先輩方が、彼女を敬遠する気持ちはわからないでもない。

 どんよりと、とにかく暗い。いまどき牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けていて、化粧もほとんどしていなく。接客業であるはずなのに、表情も固い。まともな笑顔というものを未だに観たことがない。仕事ができない時とか、話のテンポについて行けていない時に、ははは、とよく笑ってはいるが、それは笑いの演技というやつだ。

 これだったら、昨日食べた魚の干物の方がよっぽど愛らしさがあった。

「それは、ここにおいて。そう、そこ」

 前も説明したはずのことをもう一度言う羽目になってしまって、内心でそっと嘆息をつく。分からないこと。覚えられないことがあれば、ボールペン。それから紙をちゃんと持参して書いてと何度も言ってあるのだが、どうやらそのつもりはないらしい。執拗に言うと、はあ……はい、わかりました……とか、まったく分かっていないような。覇気のない声を漏らすので、もう諦めてしまった。

 ぶん殴ってやりたくなる。

 ゆとり世代、と星の数ほど上の人間に揶揄されてきて、そんなことないとむきになって反論してきた。が、有川も陽子も、ゆとりというやつなのかもしれない。どう注意しても、仕事する意欲がないやつはなにもしない。その説得する有川も諦観。やる気を出させるやる気を喪失してしまった。

「とりあえず、最初は簡単な作業を。とにかく商品の陳列……フェイスアップとかして商品の場所を覚えて」

 フェイスアップ。客が触ることによって、商品の列が乱れてしまったりする。鮮度管理の時とかについでにやるやつだが、これは結構重要な仕事だ。特に働き始めの時には商品の位置を覚えるのに必須。

 客の中にはお目当ての商品を自力で探すことを放棄する人間がいる。来店した直後に大股でカウンターでやってきたかと思うと、なになにの商品どこ? とか顎をしゃくって訊く奴もいる。こういう面倒な客のために商品の場所は頭に叩き込んでおく必要がある。

 有川は休憩時間や業務時間の前後に場所を覚えた。が、彼女がそんな殊勝なことをするような人間ならば、こんなに悩まないでいい。深夜帯に一人きりで仕事をこなさなければならないコンビニもあるのだから、うちのコンビニはまだまし。……そう思っていたが、やはり新人育成は店長の仕事だと思う。

 今頃店長は賞味期限の過ぎる前の弁当を頬張っている頃か。夜中まで起きてネットゲームするのが趣味な店長にだけ許された特権。それが、客には出せない弁当回収。

 そもそも有川が時給は安いのにコンビニのバイトを選んだのは、あわよくば余った弁当とかおにぎりとかをもらうためだった。同じ講義を受講している奴が、コンビニバイトでもらった弁当で三食分の飯代が浮いたとかいう話を聴いて、有川も近場のコンビニにさっそく電話を掛けた。

 だが、その末路がこれだ。

 一つの容器もこちらには渡してもらえず、店長が全ての商品を根こそぎ奪っていく。人気商品は回収する前に売り切れてしまうことが多い。しかし、店長はその商品が食べたいために、目立たない後ろの方へ押しやってしまうこともある。とまあ、なんともケチくさい店長はあまり役に立たない。

「有川さん」

「……ん? なに?」

 またなにか分からないことでもあるの? と露骨に嫌な顔をするのを抑えて振り返る。と、なにやら真剣な顔で、

「仕事の話ではないですが……」

「ん?」

 仕事中に仕事以外の話をすること自体、有川はあまり好きではない。確かにこの時間帯のこのコンビニでは客は店内に一人もいない。それに話し込んでも客は恐らくほとんどこないだろう。でも、接客だけが仕事ではない。掃除や明日の準備等もたくさんある。だから喋るなら、最低限仕事が終わってからにしてほしい。

 だが、彼女が他人に声を変えるのはかなりの珍事。

 分からないことがあっても放置。だれかがやってくれるだろうと問題を先延ばしにして、そのせいで客が激怒しても、すいませんでしたー、と棒読みで謝罪する。そんな彼女がどこか切羽詰まったように、

「プライベートの件で相談があります」

 


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