0002⇒有川の人生相談ではない人生相談(居酒屋)
狩沢はお通しである漬物っぽいものを、箸で挟みながら、
「……なんだか、たまたま深夜にテレビつけた時にやっていたアニメで聞いたような台詞だな」
怪訝な顔をしてガジガジと齧る。食べる時ぐらい口を閉じろとは思ったが、口から生まれたようなおしゃべり大好き野郎に少しぐらいの詰りは馬耳東風だろう。
「ああ、あれね。確かにちょっと意識していたけど、まさか狩沢が知っているとは……。っていうか、深夜アニメじゃないな、いや、深夜アニメではるんだけど、原作は深夜アニメじゃないから。ライトノベルね。そのへんの勘違いする人間がいるし、何故かラノベってだけで忌避するような人間は少なからず多いんだけど、アニメだけじゃなくて、ちゃんとしたファンだったら原作を――」
「うっせぇな。きめぇよ。話長いし。なんでオタクって自分の得意分野になると嬉々として語りだすんだよ。もうちょっとさ、ゆとりを持った方がいいよ。ほら、俺たちってゆとり世代じゃん? 世間から非難されてるけど、ゆとりって悪くないって俺は思うんだよね」
せっかく気持ちよく語っていたのに、それを遮断して狩沢はなにやら持論を展開し始める。ほんとうはもっとラノベ原作とアニメ原作との違いや、ラノベ原作がアニメ化する際に生じる問題点などをもっと挙げたかった。二人だけだが、ディベート方式で相互の意見を出し合って、さらに考えを深めたかったのだが、そうもいかない。
俗にいうリア充。その代表格である狩沢はご多分に漏れず、一つの問題に固執しない。複数あるお通しを、綺麗に三角食べ。どこぞの給食のように、ちょっとずつつまみ食い。そんな風に、一つの話題に対して、リア充というものは考えを深めない。狭く深くよりも、浅く広くがモットーの方が多い。あまり頭の回転が速いとは言えない有川は、ちょっとついていけていない。
情報化社会。数多くの情報をインターネットから仕入れている若い人間は、生まれながらにして年配の人間よりか多くの情報を頭にたたきこまれてきた。情報の洪水におぼれないように、情報処理能力は長けているはず。なのに、有川の脳は劣化しているかのように、狩沢のように思考の瞬発力を持っているわけではない。まあ、思考の瞬発力はなくとも、思考の持久力はあるからこそ、自分は小説を書けているのかもしれないが。
「最初から他人に見下されてるから、頑張らなくて済む。レッテルがあるから、剥がした時のギャップ萌えってやつ? オタク的に言えば。そういうのが狙えるわけじゃん。おっ、意外にこいつ仕事できるな、みたいなことを思わせることができるわけだよ。先入観があるなら、それを逆に武器として使うみたいな。だからさ、そういう考えからもあるんだよ。だから、どんな悩みもちょっと考え方を変えればすぐに解決するって!」
オタクではない狩沢であっても、ある程度のオタク知識はある。漫画の週刊誌ぐらいは読む。アニメも動画サイトで少しは視聴するらしい。でも、それだけだ。詳しいことには興味がない。それでもオタクである有川に対して、できるだけ合わせてくれようとしくくれているのは、言葉の端々からも伝わってくる。それには素直に好感がもてる。でも、少し聞き捨てならないことを、奴は口走ってしまった。
「いや、うん。それはね。言いづらいけど、お前がリア充だから言えることだから」
そりゃあ、空気を読まないのではなく、本当の意味で空気が読めない有川であっても、多少の気遣いはできる。こんなことを言ってしまったら、空気が凍ってしまう。飲み会は楽しくするもの。決して水を差すようなことを言ってしまったらだめで。店員がいつの間にやら運んできてくれたカルアミルクを口にすることもできずに、どうしようもなく卑屈になってしまう。
「成功する見込みがあるから、お前は挑戦できるんだよ。百回ゴールを狙ってシュートしたのに、百回ともゴールを外したら、誰だってサッカーボールを蹴ろうとは思わないだろ? 絶対に成功させてみせるって自信があるから、他人を見返せるって自尊心がお前を突き動かしているだけで、俺みたいな才能のない人間にはレッテルを跳ね除けることはできないのに」
「才能ないねぇ……。才能がない人間なんてこの世にいるのかねぇ。やる気のない人間ならごまんといるけど。俺みたいにね」
「ないね。全く。俺以上に才能がない人間なんて、それこそこの世にはいない。そんな自信が俺にはある!!」
他の誰よりも劣っていて、ナンバーワンになった試しがない。勉強であってもスポーツであっても、異性の好感度であっても、ゲームであってもなんでもだが。とにかく誰かより優秀だったことは一度もない。でも、だからこそ、劣っているという点では、絶対にナンバーワンなのだ。オンリーワンという名の、ワーストワンなのだ。
「ふーん。威張っていうようなことじゃないけどね、それ。才能がないって言葉を隠れ蓑にしているだけだから。頑張らないってことを、お前は頑張っているだけだから。いつもそうだよなあ、お前は。立ち向かう努力よりも、逃げるための口上を吐く努力を優先するあたり、通常運転すぎるだろ」
狩沢のいうことはもっともらしいけれど。やっぱりそれは上からの意見に過ぎない。どうせなんでもできる狩沢にはこちらの気持ちの一遍たりとも理解できないのだ。成功したことがないから、努力ができなくて、挑戦すらできない。失敗を回避することしか考えられなくぐらい、才能がない人間の気持ちなんて絶対にわからない。
そういえば、有名なネズミの実験にこういうのがある。ゲージに電流が流れる道をつくって、そこをネズミに渡らせる。すると、学習能力があるネズミはその道を行くことを止めてしまう。それを繰り返し、全ての道に電流を流して、全ての道を封鎖してしまう。すると、ネズミはどこにも行かなくなって餓死してしまうという実験。
目の前に餌があるというのに、ネズミは動かなくなる。実際は電流切っているというのに、一度電流で痛い目を見たネズミは同じ道を二度と通らずに、自殺めいたことをしてしまう。
きっとそんなネズミと有川の違いなんてほとんどないのだろう。もっと挑戦しろとか、狩沢は言ったが、電流を身に浴びるぐらいなら、それこそゆとりある人生を送りたい。痛みを伴う生よりも、ゆるやかな終焉の方がいい。生きろとか、頑張れとか、そんなもの有川にとってはもっと傷つけと言われてることと同義。充実した人生なんて拷問以外のなにものでもない。
「……というか、俺がいいたいことはそんなことじゃないんだよ。変に話の腰を折るなや。俺はあの女の人生相談についての相談があるって言ってんだ」
狩沢は眉をひそめると、
「……え? なんだって?」
ライトノベルの主人公特有の難聴スキルを発動しやがった。ライトノベルなんて読んだことないとか言っていた気がするが、もしかしたらこいつそこそこライトノベル好きなんじゃないのか。いや、たしかにライトノベルの主人公並みに、なんの努力もなしに女が群がってくるあたり、まさにライトノベルの主人公という気もする。
「…………だから、あの女の人生相談についての相談があるんだって」
「あれ? さっきと言っていること違うような。あっ、でも、なんだよ、なんだよ。コイバナかよ。だったら最初からそう言えって! そしたら俺もちぃ――とは、興味あるって」
「なんでそうなるんだ! 誰もコイバナとは……いや、ある意味コイバナか? これは? まあ、とにかくだ。ちょっと俺も言い方が悪かったから、順序立てて説明しよう」
なけなしのトーク能力を発揮して、有川は簡単に説明してやることにした。ここに狩沢を呼び出したその理由を回想しながら、とても大切なことを。とにかく一番最初に伝えなければならないことを告げる。
「俺は学級委員長キャラよりも、ギャルキャラが好きなんだ」
パソコンぶっ壊れたせいで更新遅れました。すいません。
というかパソコンなおすのってかなり時間かかるんですね。
二週間以上かかってしまいました。