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0001⇒有川と狩沢の二人きりの飲み会(居酒屋)

 有川は大学二年生。

 講義のサボり方を覚え、先輩から去年の試験問題のコピーを購入する利口な手段をとるようになった。大学という一つの小さな社会に、愚鈍な適合をし始めたということで。それは、社会的にはあまり褒められたものではない。しかし、有川の通うFラン大学生では秀をとれる行動だ。枠にはまった。まっとうで平均的なキャンパスライフを送っている。


「――なに食べる?」


 と――いきなり思考を切り裂く外部からの声。テーブルの向かい。座敷の座っているのは、同級生の狩沢。しかし、彼の通っている大学は、有川と同じ大学などではない。名前を口に出せば、誰もが知っている有名私立大学に通っている。

高校の頃からの付き合いである彼は昔から勉強をほとんどしていなかった。それにもかかわらず、有名私立大学に通っているのだから、有川からすれば憧憬を抱かざるを得ない。

 が、彼は劣等感の塊だった。

 勉強だけでなく、スポーツの方でも優秀。サッカーでは個人で全国大会に出場している、まさに絵にかいたような文武両道で。顔も悪くない。少しばかりほっそりとした体格をしているが、脱ぐとちょっとした筋肉質で。細マッチョというやつだろう。そんな彼は、何故か自分が劣っていると感じているらしい。

 全てが中途半端。大学だったら私立ではなく、国立に。サッカーならばプロ選手にならなければ、自分はまだまだらしい。とても意識が高く。有川からすれば嫌味に聞こえるようなことをいつも平然と口にする。

 何をしてもうまくいかない有川とはあらゆる意味で違い過ぎる。だけど、何故か彼とは話が合うので、こうして地元に帰省した時には二人きりで飲み会をする。

 彼はバーに行きたいと誘ってきたが、彼の行きつけのバーはあまり居心地のいい場所ではない。話し合いができる雰囲気ではなく。何も考えずに普段の鬱屈としたストレスを発散するような場所。どうせならば、こうしてゴチャゴチャと人間が蠢いている居酒屋の方がいい。

「――ねぎま五本」

「ねぎま五本って、そんだけ? ってか、ねぎまだけかよ。飲み物は? とりあえず、最初の一杯はビールにするか?」

「いや、ビールは飲めないって前から言ってんだろ。とりあえず、このカルアミルクを」

 メニューの中から割と目立つところに書いてあるカルアミルクを指差すと、狩沢は嘲笑する。

「カルアミルクて……女子か! お前は! まあ……意外にカルアミルクは度数高いからな。流石有川さんですわー。そうやっていつも女子を酔わせてお持ち帰りしてるんでしょう? ふぅうう~」

「……うる――せぇ、きめぇよ」

 男にしなをつくられるとまじで気持ち悪い。そもそも下ネタというものが得意じゃない。男子に生まれたからには、幼少期から男同士で集まると下ネタのオンパレードなのだが、昔からそういう類の話になると有川は口を閉ざしてしまう。

 下品なのが嫌いで。成績悪い真面目な委員長なんて不名誉なあだ名をつけられたこともあるぐらい下ネタが嫌いだ。潔癖症というわけではなく。ちゃんと周囲の空気を読んで下ネタをぶっこむ時もある。だが、基本的には遠慮願いたい。

 付き合いが長い狩沢も、自分がそういう下ネタが嫌いなのは分かっているはずなのだが。まあ、彼なりのコミュニケーションなのだろう。それを完全に止めることなど、友達ではあっても所詮他人である有川にはできないことだ。

「あ、すいません。てぃーいさーん!」

 小馬鹿にしたような言い方で、忙しなく料理を運ぶ店員を呼びかける。有川では喉の手術でもしないと出せないような大声。こういう時に狩沢は重宝できる。あまり大きな声がだせないし。メニューはこれで、これでとか、そんな簡単なコミュニケーションもとりづらい。なんというか、緊張してしまうのだ。慣れている狩沢ならばスムーズに会話を続けることはできるが、それ以外の場所。特にこういった店とか大学で指名されたときとか、頭の中が真っ白になってしまう。

 あっ、えっ、と、と枕詞なしでは話せない。そういう有川のことを、じれったくなる気持ちは分かる。自分でさえも自分のことが嫌いだ。嫌い過ぎて自分には期待なんて全くしていない。だから妥協する。自分は底辺大学にいるほどにクズ。だから、どんな失敗しても大丈夫。だって、最初から人間失格なのだから。そういう風に開き直っているから、なおさら失敗を繰り返し。ズブズブと底なし沼にはまっていくかのように、自分みたいな弱者はだめになっていくのだろう。

「……それで、有川はなにか俺に話でもあるの?」

 声を潜めるように。ちょっと真面目に問いかけるように。声のトーンを落として訊いてきた。この温度差。さっきまで飄々としていたのに、狩沢の眼が笑っていない。この眼だ。きっとこの眼があるから、狩沢とは友達になれているのだろう。

 なんでもできるただの優等生というわけではなく。ただ下ネタをぶっこんでくる劣等生というわけでもない。なんというか、掴みどころがない。どういう人間か枠にはめようとしても、うなぎみたいにつるん、と手を滑る。

「……なんで?」

「なんでって、有川ってさ、自分が悩みある時ぐらいしか、俺のこと誘わないじゃん。いつも俺から誘ってもいや、今日は用事が、とか、用事なんてないくせに断るよな。そういう風に都合よく俺のことを使ってくるあたり、あまりいい性格をしているとはいえないよな、有川は」

「…………」

 ははっ、と笑いながらも、なじるみたいに言葉を連ねてくる。ドスドスと急所をついてくる。だけど、遊びたくない時は遊びたくない。有川はきっと完璧主義者なのだ。いや、普段は自分がどんな失敗しても自分を慰める。失敗してもいいと自分に言い聞かせる。だけど、失敗してもいいわけではない。

 できるだけ、失敗を回避したい。

 だから、なるべく他人との関わりを排斥したいのだ。他人と関われば関わるほどに、自分は傷つく。楽しいこともあるけど、辛いことの方がより鮮明な記憶が脳細胞に刻まれる。他人の長所よりも短所に目線がいって。そして他人を否定することによって、自分の価値を底上げする。

 それが、有川という人間の最低さ。

 そんな最低さを自覚している。自覚しているが故に、自分を責める。傷つく。辟易するのだ。他人と接することが。でも、これは自分に厳しいからではない。自分に優しいからだ。だって、自分の過去を責める時は、今を。将来。未来をどうすればいいか。そういう最も人生において重要で重圧的なことから逃避できるから。

 思い出に浸っている間は、未知なる道に目を見張る必要性はない。失敗を想定して、胃がねじ切れることなどない。

「まあ、そうだよ。相談があるんだ。そう――人生相談があるんだけど」


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