表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

6 シャンデリア

とにもかくにも

『ファウスト』の夜


今夜くらい

機嫌を直して

弟子の舞台を

この目で見よう


マルガレーテの

声でも聞けば

気も晴れよう


無理やり

自分に

そう言い聞かせて


天井裏の

シャンデリア脇の

梁のすき間に

腰を下ろした


5番桟敷も

悪くはないが


マルガレーテの

アリアを聴くのに

この梁の

すき間に勝る

場所はない


あの甲高い

独唱を

歌い上げるとき

おまえの瞳は


知ってか知らずか

客席頭上の

このシャンデリアを

ひたと見据える


煌々と

おまえを照らす

この光源の

陰の闇こそ


怪人だけに

許された

天上の特等席


この暗闇に

陣取って


おまえを照らす

光とともに


可愛い弟子の

瞳に 声に


ブラボーを叫び

万雷の

拍手を送る


その恍惚を

今か今かと

待ちわびたのに


登場してきた

マルガレーテは


どう見ても

長年見飽きた

古株の

年増女で


遠目に

我が目を疑った



(2)


“以後

『ファウスト』の

マルガレーテは

クリスティーヌ嬢が

務める”と


栄えある

デビューの

はなむけに


怪人の名で

しかと名指しで

念押したのに


新顔の

オツムの弱い

支配人は


年季の入った

プリマドンナに

頭上がらず

クビにも出来ず


こともあろうに

おまえが

2番手


冗談じゃない


脇役の

おまえが見たくて

ここに

陣取った

わけじゃない


マルガレーテが

おまえではない

『ファウスト』など

一幕だって

見る気もない


梁のすき間で

地団太踏んだ


興が覚めたを

通りこして

はらわたが

煮えくり返った


上等だ


そこまで

けんかを

売る気なら


私だって

容赦はしない


それでなくても

墓場以来

積もり積もった

この鬱憤


ちょうどいい

今宵この場で

晴らしてくれよう


さあ

満場の

紳士淑女の

皆々様よ

お立合い


こんな陳腐な

オペラより


はるかに

スリル溢れる

ショーを


たった今から

我が演出で

お目にかけよう


しかと頭上に

ご注目あれ


私の自慢の

歌姫を

照らしたかった

このシャンデリア


見上げた者が

みな息をのむ

絢爛豪華な

この照明も


無数のガラスを

散りばめた

元は巨大な

銅の塊


重さ7トン

直径およそ

8メートル


芯棒は

劣化もしよう


その重量に

耐えかねて

いつの日か

ちぎれもしよう


その日が

もしも

今日だったら?


こともあろうに

今だったら?


幸か不幸か

私の予言は

外れたためしが

ないときている


あな不思議


風もないのに

大シャンデリアが

右に左に

ブランコさながら

揺れだした


つられて

太い芯棒が

痛そうな声で

軋みに軋んで

悲鳴を上げる


おお誰か!


一刻も早く

揺れを止めねば


遅かれ早かれ

巨大な凶器が

空を飛ぶ!


天井裏の

この怪人の

警告むなしく

時は来たりて


地響き

轟音


落下

炸裂

大砂塵


暗闇と

劇場じゅうの

阿鼻叫喚


オペラ座自慢の

シャンデリアは


血みどろの

客席の上で


あっけなく

木端微塵と

なり果てた


怪人に

けんかを売るなど

不届き千万


我が逆鱗に

触れた罰だと

思い知れ


恨むなら


私ではなく

オツムの弱い

あの支配人を

恨むがいい


それでも

今宵の

『ファウスト』よりは


はるかにましな

見世物だったと

思うのだが


いかがかな?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ