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11 ここに棲む理由


「私の前では

もうつけないで」と


仮面を

暖炉で燃やすほど

大胆なことを

するかと思えば


目をそらすまいと

微笑むくせに


刺激の強い

この骸骨を

未だに

正視できないで


そのたびに

謝る姿が

いじらしかった


クリスティーヌ


引け目に思う

ことはない


世間が今まで

私にかけた

情けを全て

足し合わせても


おまえが私に

見せてくれる

その気づかいの

万分の一にも

及ぶまい


無理しなくていい


夜更けの

暖炉の

火の前で


いつの間にか

聞かせてた


私がここに

棲む理由

私が地底に

棲みついたわけ


おまえが尋ねた

訳でもないのに


何のはずみで

言う気になったか


物好きな

身の上話を

始めてた



(2)


「私の頭蓋の

醜さは


この世に生まれて

半世紀

衰えもせず

未だ健在


それどころか

齢を重ねて

凄みも増した


仮面など

所詮気休め


怪しい異形は

隠しおおせる

ものじゃない


生まれてこの方

青空の下

堂々と

散歩ができた

ためしとてない


どこへ行っても

えげつない

人間どもの

後ろ指


他愛もない

優越感に

浸るためなら

人間は


醜いもの

劣ったものに

情け容赦の

かけらもない


蔑視

偏見

愚弄

嘲笑


しかも

1対その他大勢


抗ったとて

たかが知れてる

抗う気力も

いつしか萎える


この醜さが

己の科なら

そしられたとて

甘んじようが


己の科でも

ない醜さを

よってたかって

責められたとて


神ならぬ

人間の身で

ない知恵絞って

思いつくのは


我が身を

人目に

晒さぬように


異国の土地を

闇から闇に

さまようくらいが

関の山


奇術

曲芸

腹話術


医学

薬学

建築

音楽


生き延びるためと

土地土地で

悲しい業を

身につけながら


人間どもと

対等に

関わることなど

とっくの昔に

諦めた


おぞましすぎて

目が腐る?


汚らわしいから

消え失せろ?


半世紀

聞かされ続けた

大合唱は


さすがに

ほとほと

聞き飽きた


それほど

言うなら

消え失せてやる


その代わり


異形を武器に

操ってやる

手玉に取って

欺いてやる


気味が悪けりゃ

震えてろ


命が惜しけりゃ

ひれ伏すがいい


人間じゃないと

忌み嫌うなら


闇に潜んで

怪人となり


闇の中から

君臨してやる

人間どもを

支配してやる


いつからか

そう決めたんだ」


暖炉の前に

座ってるのに


おまえの頬には

血の気がなくて


両目の涙が

こぼれんばかりに

溢れてた



(3)


「このオペラ座は

盟友 鬼才ガルニエと


15年

手塩にかけて

築いた宝


そして地底の

この我が家こそ


あのガルニエにも

断ることなく

構えた根城


客のおまえに

笑われそうだが


あのときは

未来永劫

招く客など

ないと覚悟で

構えた邸


建て方といい

家具といい

一風変わって

目を引くだろう?


そういえば


私が長年

愛用してる

黒い柩の

寝台を


一目見るなり

今日は誰かの

葬式かと


おまえは

歯の根も

合わなかったね


傑作だった


何にせよ

この家は


私を嫌う

人間どもから

姿をくらます

隠れ家であり

楽園であり


そして

いずれは

墓場だろうが


少なくとも

今しばらくは


人間どもを

思いのままに

弄ぶ

格好の

秘密基地

仕掛けだらけの

不思議の館


そんなところだ


出来も上々

満足している


幽霊に

出くわしたの

怪人が

出没するのと


人間どもが

騒ぎ立てるのは

勝手だが


オペラ座は

我が宝にして

我が庭園


徘徊ぐらい

して当たり前


いや

闊歩する

権利があるのだ


正面玄関

舞台

客席

廊下

楽屋は

言うに及ばず


舞台裏

舞台下

練習部屋は

もちろんのこと


地下通路

倉庫

馬小屋

天井裏から

大屋根の上に

至るまで


2000以上の

合鍵があり


遊び心で

密かに足した

縦横無尽の

抜け道や

隠し扉が

常時

頭の中にある


徘徊に困る

わけがない


徘徊すれば

人間どもの

目にも触れよう


そのたびに


ちぢみ上がれ!

泣きわめけ!


そう

ほくそ笑む


すさんだ

私の日常だ」


思いもよらない

自嘲が交じって


あまりに意外で

我に返った


暖炉の炎に

照らされた


おまえの頬を

涙が止まずに

伝ってた



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