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1 姿見越しに


私のオペラが

もし万が一

日の目を見るなら

その時は


この声こそが

プリマドンナと

聞くなり決めた


途切れとぎれの

その歌声に

魅入られた


地底の館へ

戻るつもりが


聞こえた声に

誘われて


ふらふらと

脇道それて


立ち止まったのは

とある楽屋の

壁の裏

 

歌声はもう

止んでいた


ブロンドの

痩せっぽっちの

コーラスガールと

思しき娘が


窓もない

楽屋で1人


ろうそくの

明かり1つで

化粧台に 

突っ伏してる


1人きりだと

疑わないから

泣く声を

ひそめもしない


楽屋の壁の

裏側で


壁の大きな

姿見の裏で


通りすがりの

怪人が


マジックミラーの

姿見越しに

自分を

盗み見てるなど


夢にも知らない

小娘は

泣く声を

ひそめもしない


歌声の主は

この小娘?


熟したとは

到底言えない

固くて酸っぱい

若い桃


しかし必ず

舌をとろかす

甘露に化ける

濃厚な味


耳に残った

おぼろげな

声の記憶は


まちがいなく

近い未来の

水蜜桃


声域を広げ

声量を鍛え


我を忘れて

役に化けうる

度胸さえ

埋め込んでやれば


小娘の

清浄無垢な

あのソプラノは


このオペラ座の

観衆など


いちころで

酔い惑わせる

絶世の

プリマドンナに

三月でなる


断言できる


壁や通路を

隔ててとはいえ


この私が

聞き耳たてた

声なのだ


万にひとつの

間違いもない


小娘よ


声立てて

泣くのは喉に

よろしくない


人も羨む

その喉を

泣いてわめいて

みすみす

ドブに捨てる気か?


この怪人が

所望するんだ


めそめそ

泣いてる

暇があったら


さっきの声を

もう1度

聞かせてみろと


幽霊がかった

不気味な声音で


いつもの癖で


あやうく脅かす

とこだった



(2)


「パパが望んだ

歌姫なんか

私は死んでも

なれない」と


泣き疲れた

娘の声が

つぶやいた


「音楽の

天使がいつか

やって来て

素敵な声に

してくれるって

パパの約束


あんなの

真っ赤な

ウソだった


天使なんか

私には

絶対来ない


私を残して

どうして逝ったの?

私もいっしょに

連れてって」


天国に

いると思しき

父親に


涙ながらに

声張り上げた


私は

怒髪天を突いた


いや

天を突く

怒髪とてない

奇っ怪な

この怪人は


今にも鏡を

ぶち割って


乳離れしない

小娘の


口ふさぐなり

首根っこを

へし折るなり

しかねなかった


下手な親など

百害あって

一利なし


逝ってくれたら

もっけの幸い


もう見なくて済む

あの世の親に


涙流して

甘える輩の

気が知れん


あの

美声の主と

思えばこそ


短気な私が

おまえの命に

手を下さないで

耐えてやるんだ


愚にもつかない

感傷なんか

即刻やめるが

身のためだ


もう1度でも

私にそんな

三文オペラを

見せてみろ


次は命が

ないと思えと


踵を返した

ときだった


「クリスティーヌ!」


時間だと

遠くの廊下で

呼ぶ声がして


娘は立って

私を見た


いや


透視する

術も持たない

娘が見たのは


楽屋の壁の

大きな姿見


ほんの10秒

我が身を映して


乱れた髪を

留め直して


泣きはらした

青い瞳を

無理やり拭って

部屋を出た


その10秒


鏡の裏で

怪人は


その鏡越しに

幽霊を見て

息もできずに

凍りついてた


怪人が

幽霊を見て

肝つぶしてちゃ

話にならんが


至近距離の

娘の顔は

母だった


20年も

昔に死んだ

母だった




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