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棄てられた民

作者: 瀬川潮

 空には宝石箱を転がしたように星たちがさざめいていた。

 夜は静かで、小高い丘に立つあずまやも静かだった。

 そこに、ふたりの人影。

 向き合う影は、時に手振りを交え、時にため息を漏らすように肩を落とし——。


「だって、一緒にいても気を使うだけじゃない」

 一転、清々しい表情をして彼女は言った。爽やかなものだが、あまりに不自然に映る。もう表情に困った風な陰りはなくなっていたのだが。

「会話を探してぐるぐる考えることもしなくていいし、あなただって週末ごとにどこに行こうかそれとも会えない言い訳をひねり出すかする必要もないし」

「いや。私は本当に忙しいん……」

「分かってるわよ!」

 また、繊細に整った彼女の表情が崩れた。瞳が再び潤みはじめる。

「……分かってるんだけどね」

 そういって、くるりと身を翻しうなだれた。白いワンピースが夜の広い庭園をバックに翻った。小さなあずまやに灯る明かりは薄く、彼女をより儚げに照らしている。あずまやの外では、草が風になびいている。

「あなたはあなたであって、あなた一人のあなたじゃない。でもワタシは、ワタシ一人のワタシで、本当にひとりぼっち。あなたがいればひとりぼっちじゃないけど、あなたはワタシ一人のあなたじゃない」

 夜空を見上げる。星はか細くまばらににじむのみ。それでも、私より頭一つ背が低い彼女がどの星を見ているのか分からない。そよぐ風に良い香りが舞う。果たして、私が見上げる星と同じかどうか。

「だから、ワタシはあなたを棄てるの。あなたからは絶対に捨てられたくはないから」

 振り返り、挑戦的に覗き込んできた。

「あななたは捨てられても、拾ってくれる人がいくらでもいる。でも、ワタシはあなたに捨てられたら誰からも拾ってもらえないもの。だから、ワタシから棄てる。そしてほかの誰かを拾うのよ」

 彼女の不安は、今始まったことではない。惹かれ合い、手のひらを重ね合わせた時からずうっと肌身で感じていたことだ。

 名家の没落。

 多くの物を失い、プライドや過去の名声などたくさんのものを捨ててきた。

 果ては母国も棄て現在に至っている。

「もう、いい」

 私は優しく言うと、彼女の手を取った。あの時と同じように、手のひらを重ね合わせる。

「私は、この留学先に骨を埋めよう。一人の男として」

 星を、見上げる。

「え?」

 息を飲む彼女。見開いた瞳を覗き込む。

「私が、国を棄てよう」

「ダメよ。あなたは将来を嘱望された王位継承……」

 それ以上、言わせなかった。

 草は、そよ風にざわめき続ける。


 ある独立したてだった小国が後継者に泣き姿を消したと知ったのは、二人で逃げた遠い遠い土地でのこと。民の識字率は上がらず主要産業も育たないまま、長く混迷を極めたという。



   おしまい

ふらっと、瀬川です。


他サイトの同タイトル企画で執筆・発表したことのある旧作品です。

実はスケールが少し大きかったのね、な感じをお楽しみください。

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