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さたなすハント  作者: ぶちょう
第一章 暴食
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第一話 少年と旅人

二十年ほど前のこと、カイス王国で新しい王が誕生した。

戦で何度も手柄を挙げていたその男は、先王の一人娘である王女と婚約し、先王が亡くなった後、彼の後を継いで新しい国王となったのだ。

下町の生まれである戦士が国王に登りつめたという話はたちまち国中に広まり、下町では今までに無いほどのお祭り騒ぎになったという。


だが、彼らにはひとつだけ問題があった。

国王が女王と婚約して五年の月日が経ったものの、いまだに子どもが産まれないのだ。

国王夫婦は大臣たちと話し合った結果、彼らは養子を貰うことにした。

拾われた男子はディアと名付けられ、今でも城でだいじに育てられているという……。


その王子が、今日城から逃げ出した。



ある若い旅人が、王都を出て西へと向かう道を進んでいた。

人が歩いて踏み固まれた乾いた土に、時々見える青い草花。空は晴れているが、雲が比較的多いせいか日差しは強くなく、植物から出る水蒸気によって冷やされた風が心地いい。

旅人は若草色の瞳を持ち、氷のような銀の髪をひとつに結っている。歳は一五程度だが童顔で顔立ちは幼く、腰には一本の短剣を挿していた。


彼は『魔王の卵』を倒すため、世界中を旅している。

かつては町一つを壊滅のふちに追いやったほどの魔王の卵にはかなりの賞金がかけられており、その首を一人分でも持ち帰れば、一生遊べる金がもらえるとも言われている。

そのため一般的に魔王の卵を探している者は賞金稼ぎの類が多く、金稼ぎのために腕を振るう、いわゆる冒険者が多い。

しかし、彼はあくまで旅をしているだけで冒険者というわけではなく、そもそも賞金に興味がない。

「魔王の卵を倒すこと」そのものが彼の目標なのだ。


彼が歩みを進めていると、道の端で石に座っている少年を見かけた。

海のような深い青色の長い髪を持ったその少年は、刺繍が施された高級そうな服をぼろぼろにしており、さすがに不審に思った旅人は、少年に話しかけた。


「あの、そこの人」

「っ!」


話しかけられた少年はひどく警戒しているようだった。どうやら歳は旅人とあまり変わらない。彼は声の主の方を向くと、澄んだ金色の大きなつり目でぎらりと旅人を睨みつけた。


「……オレは戻らないぞ」

「えっ」

「オレはあんな所にはもう二度と戻らない。……父上にもそう伝えてくれ」

「えっと……なにか勘違いしているようだけど……」


「えっ……。お前、オレを追ってきたやつらの仲間じゃないのか?」

「僕は君の様子が気になって話しかけただけだよ?」

「……悪い。どうやら、オレは勘違いをしていたみたいだな……」


ぼろぼろの少年は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「それにしても大丈夫?追われているようだけど……」

「そうなんだよ。あいつら、どこまでも追いかけてきやがって……」

「見つけましたぞ!」

「!!」


声のした方を見ると、三人の騎士たちがガシャガシャと鎧を鳴らしてこちらに走って来る。

少年が言っていた「追ってきたやつら」というのは、おそらく彼らのことだろう。先頭にいる白い髭を蓄えた騎士が、息を切らしながら少年に駆け寄る。


「帰りましょう!お父上がお待ちですぞ」

「いやだ!あんなところ、二度と帰ってやるもんか!」

「だから、それはお父上が貴方様の身を案じて……」

「オレから自由を奪うことが、オレのためだっていうのかよ!」


少年の意思はかなり強く、一歩も引こうとはしなかった。


「あまり気は進まないのですが、これでは仕方がありませんね……。力ずくでも連れて帰れと言われておりますので」


そういうと、白髭の騎士の後ろに居た二人の騎士たちが前に出て、剣を構えた。

少年も、腰に挿していた剣を構える。


「いいぜ。剣の施しは受けているんでね」

「いざ尋常に……」


そういって、先に攻撃を仕掛けてきたのは騎士の方だった。一人目の騎士が、少年に向かって突進してくる。

少年が突進を避けると、すぐに二人目の騎士が少年に向かって剣を振りかざしてくる。少年はその剣を、腰を低くして受け止めた。

腕力は騎士の方が上だ。あまり長く剣を押し合っていると、騎士が無理やり押し切ってしまうかもしれない。少年はすぐに剣をはじき、そのまま騎士の手元に剣を振った。

鎧を身に纏っているため大きな怪我はしないが、騎士は衝撃で剣を落とす。それは、騎士よりも少年の実力が上だといわせるのに充分なものだった。


「うおおおおっ!」


その時、最初に突進してきた騎士が、少年の背後から襲いかかってきた。

振り返ってみると、その騎士は剣を上に振り上げており、胴ががら空きになっていた。少年はすぐさま懐に潜り込み、鎧に覆われたみぞおちに剣を打ち込む。


「たあぁぁっ!」


少年の剣は見事みぞおちに命中し、騎士はばたりとその場に倒れこんだ。


「すごい……」


旅人は少年の見事な剣裁きをただ見守ることしかできなかった。下手に手を貸せば逆に足手まといになりそうとも思ってしまうほどだ。


「ほほう……」


白髭の騎士は一連の様子を見て、半ば感心するように言った。


「やはり、一筋縄ではいきませんな」

「当たり前だ。このオレを誰だと思ってる」


そういいながら、少年は剣を構えなおす。白髭の騎士も腰から剣を引き抜き、それを構えた。

二人はほぼ同時に飛び出した。キンッと勢いよく金属がぶつかり合い、その後も激しい剣劇が続く。


「はっ!」

「っ!!」


白髭の騎士が少年の僅かな隙を突き、少年の体制が崩れた。騎士はそこから畳み掛けるように攻撃し続けるが、少年も不安定な体勢の中で剣を受け続ける。

服装や、騎士が迎えに来ているところからみると、少年は貴族の出の者なのだろうか。剣の腕も相当だった。

しかし、騎士の腕はそれを上回っていた。

剣劇は長く続かず、騎士が少年の剣をはじくと、その勢いで少年は剣を手から離し、尻餅をついてしまった。白髭の騎士は、少年の鼻先に剣を振りかざす。


「くそっ……!」

「……帰りましょう」


ここで、オレの夢は途絶えるのか……。


「ち、ちょっと待ってよっ!」


旅人は騎士の前に割って入り、少年をかばうように両腕を広げた。


「そこまでしなくてもいいだろう!?」


二人の会話の内容から察するに、少年はおそらく貴族かなにかの生まれで、父親の言いつけで家に閉じ込められて育ったのだろう。

旅人でも、そんな環境なら逃げ出したいと思うのは当然だ。


「どいてください!部外者には関係のない話です!」

「いいや、関係あるねっ!」


声を上げたのは、少年だった。

もちろん、少年と旅人が出会ったのはついさっきのことで、たいした関係などない。どういうことだと旅人が少年を見つめると、少年はにやりと笑った。


「こいつは、オレが雇った」

「えっ」

「なっ……!」

「こいつはオレの用心棒だ」


少年の予想外の言葉に、旅人の思考が一瞬止まった。

もしかしたら自分の覚え違いかもしれないと、旅人は一生懸命に思考をめぐらせたが、そんな話は一度もした覚えがないし、そもそも彼は傭兵ではない。

結果、旅人は混乱した。


「いやいやいや、どういうこと!?僕はそんなこと……」

「おいおい、ついさっきのことなのに忘れちまったの……かっ!」

「うわっ!」


少年はそう言いながら、旅人の肩を組んで、白髭の騎士に背を向ける。旅人も少年に引っ張られて、白髭の騎士に背を向けた。


「悪いが話を合わせてくれよ。このままじゃ、オレはまた家の中に閉じ込められちまう。剣も持っているようだし、あの騎士とひとつ手合わせしてくれないか?」

「えぇ……。深追いはしないけど、そんなに家に戻るのが嫌なの?」

「ああ……あんなところ、二度と帰ってやるもんか」

「……僕、弱いよ?」

「大丈夫だって!旅には慣れているようだし、剣もそれなりに扱えれんだろ?時間稼ぎが出来れば充分だから」


そう言って、少年は旅人に一枚の金貨を握らせた。路銀に困っていた旅人にとっては嬉しいことだが、彼はあまり気が進まない様子だった。


「……どうなっても知らないからね」

「サンキュな!オレはとりあえずこの先の町まで逃げるから、それまで出来るだけ時間を稼いでくれ」

「……分かった。自信ないけど……」

「さっきから何を話しておるのだ!」

「今行くよ!」

少年は白髭の騎士の声に応え、彼の方を向く。旅人は騎士の前に立ち、その短剣を構えた。

表情は相変わらず、嫌そうなままだ。


「次はそなたが相手というわけだな。いくらでもお相手いたすぞ」

「…………」

「そちらから行かぬなら、こちらから参りますぞ!たあっ!」


城髭の騎士が、旅人に駆け寄り剣を振るう。

旅人は防御の体勢に入り、騎士が振るった剣を受け止め、薙ぎ払う。

そう、騎士も少年も予測していた。そして、そこから旅人は騎士に剣を振るだろうとも考えていた。


「うわっ!」


しかし、旅人は攻撃に耐えきれず、その短剣を手から離してしまったのだ。


「なっ……!?」

「え、よわっ」

「うるさいなぁ!どうなっても知らないって言ったでしょ!?」


旅人は顔を赤くして少年を睨みつけた。

騎士は旅人とは初対面で実力も分からないため、最初の一撃は軽めに打ったつもりだった。しかし、旅人はそんな攻撃にも耐えきれず、自身の短剣を弾き飛ばしてしまったうえに尻餅をついてしまうという、なんとも情けない結果となってしまったのだ。

よく見ると、彼の瞳に涙が溜まっているのが分かる。少年と騎士は、なんだか旅人がとてもみじめに見えてきた。


「す、すまない。たいした力は入れなかったはずなのだが……」

「悪い悪い。まさかここまで弱いとは……」

「だからやりたくなかったのにぃ!」


騎士はフォローを入れたつもりなのだろうが、その言葉がますます旅人の傷をえぐることとなっていた。

少年に至っては半分笑っているようにも見える。

「なんだよ、みんなして……」旅人はいじけながらもゆっくりと立ち上がり、お尻についた砂を払って短剣を取りに行った。固い地面に刺さったせいか刃に傷ができてしまっていたが、今はとりあえず鞘に納めた。


「……ごめんね。僕の負けだ」

「さあ、帰りましょう」

「っ……」


旅人が負けてしまった今、少年はこれ以上打つ術がない。旅人は申し訳なさそうに少年を見つめる。

少年は剣を収め、悔しそうに白髭の騎士の方へとゆっくりと歩き始めた……その時。


「まあまあ、そこまでしなくてもいいじゃないですか」

「!」

「あ、貴方は……!」


声をかけてきたのは、二十歳そこそこの若い男だった。

金色の髪を短く切り揃えているが、前髪は右目が隠れるほど長く、高価そうな服装からして、通りすがりの旅人ではないのが判る。


「私は向こうの町を治めている、シュトライトというものです。彼だってこの身分から逃げ出したいというわけではないでしょう。数日間だけならこちらでちゃんと見ておきますから、お忍びで休息に行ったという扱いにはできませんか?」

「し、しかし……」

「そ、そうだよ!確かに抜け出したのは悪いけど……オレだって多少の休息ぐらいは許されるだろっ!?」


この際、家に連れ戻されないためにはどんな助けも利用するべきだ。

数日間どころかもう二度と帰るつもりはないが、また抜け出せばどうにかなるだろう。


隣町の町長の話は、旅人も聞いたことがある。

彼はとにかく人がよく、私情や私益のためではなく人のために町を収めているという。王都の会議でも、自分よりも目上の人を正論で論破してしまったらしい。

しかし彼が民に人気であるが故に、彼に反論する者はどんな正論を言っても悪者のようにされてしまう風潮が起きてしまっているのだ。

この騎士も例外ではなく、命令に従って無理やり少年を連れ帰っても、シュトライトが絡んでいたことを知られれば民にどんな目で見られるか分からない。

ただでさえ、騎士は民衆を守るのが仕事なのだ。

白髭の騎士はしばらく悩んだ後、仕方がないという様子でため息をついた。


「貴方がついているなら、お父上もご安心でしょう」

「ありがとうございます、騎士殿。彼は責任もってこちらで預からせていただきます」

「くれぐれも、監視の目を怠らないよう、お願いしますぞ」

「承知しております。……ディア様、こちらへ」

「分かった。……あ、こいつも一緒に付いていっていいか?」

「お友達ですか?構いませんよ」

「えっ!?ちょっと……!」


旅人は当てがほとんどないとはいえ、魔王の卵を倒す旅の最中なのだ。勝手に予定を決められては困る。

旅人が反対しようとしたとき、少年は旅人の肩をがっしりと掴み、彼の耳元で小さくささやいた。


「……実はな、オレ、人を探すために逃げ出してきたんだ」

「えっ」

「オレが小さい頃からよくしてもらってる人で、オレにとっては姉ちゃんみたいな存在なんだけど……」


少年は振り返り、改めてシュトライトを見る。少なくとも、彼らの会話を盗み聞きしている様子ではない。

少年は声を潜めて話した。


「そいつ、実は魔王の卵でさ……。オレたちに正体がばれたときに文字通り、どこかに消えちまったんだ」

「魔王の卵……!?」

「オレはあいつがどうにも悪い奴には見えないんだ。……だから、一度会ってちゃんとあいつと話したいんだ」

「僕も手伝うよ!」

「もちろん、お前にもお前の都合が……えっ?」


今日会ったばかりのやつと行動を共にするなんて、わがままなお願いだと重々承知していた。

だからこそ、彼の順調すぎる返事に少年は拍子抜けしてしまった。


「本当に、本当にいいのか?」

「……いいよ。どうせ僕の旅は当てのない流浪(るろう)の旅だ。それに……」

「それに?」

「……ううん、なんでもない」


魔王を倒すために旅をしていると今言ったら、少年は旅人と一緒に行くことを断ってしまうかもしれない。

それに彼が言う魔王の卵が本当にいい人だったら、それは旅人が倒すべき『魔王の卵』ではないのだ。それを確かめるだけでも、彼の旅に付いていく価値はある。


「そう言われると、なんか気になるなぁ……。まあいいやっ」


そういうと、少年は旅人に手をさし出した。

旅人はどういうことかと目を丸くして少年と見ると、少年はにかっと屈託のない笑顔を浮かべた。


「オレはディア!よろしくなっ!」


旅人はそれをみて、にっこりと微笑み、その手を握り返した。


「……うん、よろしく!」

「そろそろよろしいですか?」


振り返ると、シュトライトがこちらに軽く手を振っている。

背後では白髭の騎士が部下の騎士を起き上がらせていた。


「ああ、今行くよ!」


少年は元気よく返事をし、シュトライトの方へと駆けて行く。旅人もそのあとに続いて行った。

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