やってみなけりゃ、わからない。
ミモザが特殊部隊に行くという決意表明をしてから、数日が経った。
「はぁはぁ....」
ミモザは息を切らしながら、前を走るレイの背中を必死に追いかけた。明け方、太陽は上にあがりたくて仕方のないようだったが、レイに金縛りをかれられていた。
「おーもう少しだ。何だ、結構走れるんだな。」
惰性で走るミモザをよそに、レイはぴょんぴょんとスキップをしていた。
この人、すごい。
ミモザはラストスパートをかけた。
2人が来たのはバリス郊外の山の中だ。
ヤシの木に囲まれて、どぎつい色彩の植物が花を咲かせていた。朝方なのにもう早速、鳥の鳴き声が聞こえていた。
「あつーい...」
Tシャツは汗だくになり、ミモザの痩せた背中に張り付いていたのがよくわかった。
気持ち悪い...着替えたいよ...
ようやく山の中に着くと、2人は透き通るほど綺麗な山水でじゃぶじゃぶと顔を洗った。その様子はおっさんだったが、キンキンに冷えた水でミモザの疲れはスーッと引いていった。
「さて、復習しましょう。」
レイは持っていたタオルで顔を擦った。
エスパー2人はバリス郊外のキラン山で練習をしていた。ヤシの木が並び、平和なこの山中で時間を止めて戦場状態に荒らしていた。
そして、2人は3mほど離れ、青々と茂る草むらに向かい合って立った。
「行くぞ」
レイは指をパチっと鳴らした。
ミモザは山の中を見回す。平和な生活を送っていた鳥達は一斉に大空へ逃げ出した。
ヤシの木々は雷雨のような、人の不安をあおる轟音を立てて、木から実のみがすべてもぎ取られた。
「ほい」
レイは手を頭上に伸ばし、人差し指を立てた。ヤシの実はまるで強力な磁石に引き寄せられるかのように、レイの頭上に雲のように集まった。
「どかーん!!」
レイは掛け声とともに、ミモザを指差した。その途端、ヤシの実は野球ボールのようにミモザを目掛けて高速で襲いかかる。ミモザは両手を伸ばした。そして、胸の前にまっすぐに翳した。
何の罪もないヤシの実が死神の鎌で割れていく。
ヤシの実は次々と真っ二つに割れ、ミモザの周りにぼたぼたと落っこちていく。
「おー良くなってるな。どかーん!!」
レイはヤシの実の飛行速度を少し早めた。
ミモザが放つ剃刀はまさにウォーターカッターだった。その鋭さは売れっ子芸人のツッコミ。ヤシの実は落下速度を増した。
「もうすぐだな。」
と、その時。
「あれっ!?」
最後のひとつだけ、割れない。
そしてヤシの実は、ミモザの顔面目掛けて突っ込んできた。
「わぁっ!!」
悲鳴をあげ、ミモザは咄嗟に目を瞑った。
「....っと....」
あれ?来ない。
止められたのかな?
ビクビクしながら、ミモザはゆっくりと目を開けた。
「あっ...」
ヤシの実は目の前に、プカプカと浮いていた。
「ちょっとこれだけ強い力を入れた。」
レイは手招きをした。ヤシの実はスーッと逆方向に進み、レイの手のひらの上に乗った。ヨーヨーじゃないんだが。
「今度は逆に、俺に攻撃を仕掛けてこい。全力でな。」
レイは左手でポンポンとヤミの実を弄びつつ、パチっと指を鳴らした。
「きゃっ!!」
熊が吠える声に似た地響きが鳴り渡り、顔を咄嗟に隠してうずくまるほどの強い風が辺りに吹いた。
砂埃は虫の集団の如く人目についた。
「大丈夫だよ。」
「....」
レイの、いつものテンションの低そうな声がした。その声を合図に、ミモザは顔からそっと手を離した。
あれ。
時間が戻っていた。
ヤミの実はあっという間にミモザの足元から消え去った。
「....」
ミモザは立ち尽くしたまま、キョトンと遠くを見つめた。
何なのこの人。
強すぎる。
一生勝てる気がしないんだけど...
「はい、全部元に戻したぞ。」
と笑うレイは擦り傷ひとつなかった。
ミモザはただ呆然と立ち尽くした。自分のレベルを、そして現実を叩きつけられ、打ちのめされていた。
「いいの?」
「いいよ。全力で来な。」
レイは腕を組んで立ったまま笑っていた。
ミモザはからかわれている気がして、何故だか虚しくなった。
くっそー....
ミモザはぐっと拳を握りしめた。
ゴゴゴ....
「おっ?」
ザワザワと風が不気味に吹き始めた。
相変わらず腕を組んだまま、レイはのそのそ首を動かし辺りを見回した。
「ん?あっ!」
詰まった排水溝から汚水の逆流したときと同じく、2人の周りに生えていたヤシの木が、ゴボっと根こそぎ抜けた。
「おっとぉ?」
木々は紙吹雪のように宙に浮いた。木々はダーツの矢のように、レイを目掛けて一斉に飛びかかった。
「うおっ!」
「あれっ!?ヤシの実だけ狙ったつもりなのに...きゃっ!!!」
根こそぎヤシの木をもぎ取ったせいで、地面はグラグラと不安定に揺れ始めた。まるでヤケ酒をして酔いがまわったかのようにミモザの足はうまくバランスが安定しない。
「わわわぁっ!!」
ミモザは咄嗟に地面に片手をつき、そのまま体を前屈みにしてうずくまった。
「危ねっ!」
ミモザはレイに抱えられ、何とか難を逃れた。
「お前やり過ぎだ。」
「あれれ...」
ミモザとレイの体は宙に浮いていた。レイの足が、ゆっくりとヤシの木のてっぺんに着く。
ミモザはレイに捕まったまま、木の上から真下を見た。
「何これ!?」
キラン山は見事なハゲ山と化してしまった。2人がいた周辺の木はなぎ倒され、
緑色の山が黄土色に染まっていた。
「だから、お前のせいだってば。まぁ、これで色々とわかった。」
レイはミモザを抱えたまま、ヤシの木を力強く蹴って空へ飛び込んだ。
「えっ!?ここから飛ぶの!?」
ミモザはレイがヤシの木から飛び降りたと同時に、悲鳴をあげた。
「あぁ。ご褒美、空中散歩だ。」
レイはお姫様抱っこをしていたミモザを空中に放り投げた。
「いゃぁぁぁぁ!!!怖い!!!」
「大丈夫だってば。ほら」
「....」
ミモザは目を開けた。
目の前には、薄っすら顔を出した太陽の光に反射して輝く海と、まだまだ薄暗く星が申し訳なさそうに光を放っている。明け方、昼と夜の別れ道。星の光も、赤ぞらも、広い広い水平線も、すべて引き込まれてしまいそうなほど....
本当に美しいものを見ると、言葉が出ない。ミモザは人間の思慮の浅さを痛感した。
「行こうぜ。」
「あ....」
レイはミモザの手を掴んで引っ張った。
私、浮いてる。ミモザは足を進めているのに、足元が安定しないというバランスボールの上の奇妙な感覚を味わっていた。
「レイ」
「何」
隣を歩くレイはいつもの通り、愛想がなかった。
「あなた、すごいね...」
ミモザは囁く。
「いや、俺は今お前に何の力も加えていねーけど?ほれ」
レイは繋いだ手を、パッと離した。
「嘘?」
レイとミモザが手を離した瞬間。
レイの体は宙を舞う羽根のように、
海に向かって落ちていった。
「レイ!!」
レイは無表情のまま、仰向けで背中から真っ直ぐ引きずり込まれていく。ミモザは関節が外れる直前まで腕を伸ばしてこう叫んだ。
「サトシ!!!」
「...ははは」
レイは笑った。
そして、レイの体は操り人形が糸で引っ張られたかのように、フワッと天へ昇った。
「出来んじゃんか。」
「....」
レイはミモザの前に立った。
「バカぁ!!!!」