恋、それはいつも儚い。
「うううっ.....」
ルナシスは近くにあったおしぼりで、思いっきり鼻をかんだ。
「ちーん」
ここは、ネオンが煌めくバリス郊外の立ち飲み屋である。南米の陽気なセノバの人々は、ビンを片手に夜通しステップを踏むほど楽しいお酒が大好きであった。
それなのに、カウンターでルナシスは周囲のテンションなど省みずに大泣きをしていた。
「ルナちゃん、どうしたの。」
あーあー、あんたそれ、違うお客さんのおしぼりなんだけど。マスターはカウンター越しにルナシスを慰めた。
「失恋したのー!!私、私...」
「まぁまぁ、楽しく飲みなよ。男なんていくらでもいるか...」
「あの人の代わりはいないもーん!!」
あちゃ。マスターの慰めも虚しく、ルナシスは更に泣き喚いた。
「私、見ちゃったんだもん...」
ルナシスは顔を真っ赤にさせながらモヒートを飲み干した。
「え、何を?浮気現場?」
「そうじゃないんだけど....」
ルナシスは語り始めた。喋り方もグダグダである。
わけわかんねーなー、とマスターは面倒くさそうに適当に話を聞いて頷いていた。
ルナシスの楽しみは、バリスで人気の花屋、コラゾンに行くことである。ルナシスは毎朝通勤でオリオンストリートを歩いていた。
「あ...店長..」
ざっくり言うと、ルナシスは花より野郎を楽しみにしていた。
「あそこの店長って確か、日本人だよね?珍しいから覚えてる。」
マスターは布巾でグラスを優しく撫でながら、ルナシスの報告を待っていた。
「それでね...」
ルナシスの話はまだまだ続く。
「店長...」
ルナシスは外からコッソリと、開店準備中の花屋を覗いた。
「?」
お目当ての店長ことレイは、2人の少年と向かい合い立っていた。分厚いガラス越しのため、会話は全く聞こえてこなかったが、ルナシスは潜んで様子を伺っていた。
「師匠!答えてください!」
「何を」
面倒くさ。何だよ。
レイはペテロとパウロを目の前にして、大あくびをした。
「いつまで昼メシ抜きなんですか!それに、ミモザさんに殺し屋の修業を始めたそうじゃないですか!」
何でこいつら、そんなことまで知ってるんだよ。レイは再びあくびをした。
「ペナルティだ。昼メシなくたって死にゃしないだろ。
それに、ミモザに護身術を教えないとお前らがまた変なところに連れて行ったらどうすんだ。危うくあいつ、死ぬところだったんだぞ?そんな奴らには当分修行はさせません。」
レイはポリポリと頭をかきながらぼやいた。
「えー!?」
2人はガックリと項垂れた。
「じゃあ、ペテロとパウロ、どっちが殺し屋に向いてるのか、教えてください!」
「お願いします!」
2人は同じタイミングで頭を下げた。
...え、何これ。
ルナシスは間抜けの代名詞となる口を開けた顔を晒して、この寸劇を、食い入るように見つめた。
「あのさ。」
「はい!?」
2人に頭を下げられたレイが、顔を引きつらせながら、恐る恐るつぶやいた。
「あれ、どっちがペテロでどっちがパウロだっけ?」
..........
ペテロとパウロは、お互いの全く同じ顔をしばし見つめ合った。その後大きく息を飲んだ。
「えええええええ!!!!????」
2人はガラス戸の外にまで響くのではないか、雄叫びをあげた。そして血相を変え、レイの胴体に抱きついた。
「ちちちちょっと!?どういうことっすか!?」
「俺ら、7年もここで働いてるんすよ!?それを覚えていないって!!」
うるせーな。だって興味ねーし。
レイはペテロとパウロに成されるがままに、ただ突っ立って体を振り回されていた。
「ううう...店長が、ホモだったなんて...」
一頻り話し終えると、ルナシスはマスターが新しく出してくれたおしぼりに顔を埋めた。
「いや、考えすぎなんじゃない?」
マスターはやれやれ。と言わんばかりに腹を抱えて笑っていた。
「何でそれで男が好きになるわけ?」
「だって、抱きつかれて抵抗しないんですよ?」
ルナシスは、マスターの疑問をすぐにレシーブした。
「でもそれだけでねぇ。男が好きと言われても....あ、思い出した。」
マスターは、はっと思い出したことをそのままぼやいた。
「あの店長、そういえば若い女の子と同棲してるなぁ...あ!!」
「.......」
マスターは慌てて口を塞いだ。
だが、
時は、
すでに、
遅し。
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
ルナシスの涙腺は決壊し、大洪水が起きてしまった。