殺し屋になんか、なりたくない。
ミモザはとにかく惰眠を貪った。金縛りにかかったかのように体はずっしりと重く感じる。
あたしが間違っていたのかな。
深い眠りについてもまだ、ミモザは昨晩の悪夢から逃れられなかった。
「お前は間違ってないよ。」
「あれれ?」
「お休み中のところ、すまんの。」
ミモザの夢の中に、レイが現れた。
「ま、こんなこともできますよ、俺は。」
「あれ、あたし、寝てたんじゃ...」
ミモザはまぶたを激しく動かした。
「ここはお前の夢の中。時間止めたから、今日は思う存分寝な。」
便利な能力だなぁ。寝不足知らずじゃん。ミモザの体を幽霊のように宙に浮かせ、自身は幽霊のように瞬間移動する。そして時を自在に操る。
あたしみたい。
そっか。だから父さんは、あたしを、レイの元へ。
ようやくミモザにはすべてが理解できた。それゆえ、レイには脱帽するしかなかった。
「まーしかし、派手にやったな。」
「.....」
ミモザは黙った。昨晩、数秒で大の男を3人切り刻んだにも関わらず、まるでスローモーションの動画を見ているかのような第三者的な感覚に陥っていた。茹で上がったソーセージ。ミモザには死体がそうにしか見えなかった。
「俺が殺ったことにしたけどね。」
「あたしの父さんと同じことをしている。」
「あん?そうなん?」
「とっとと捕まえちゃえばいいのに、あたしなんか。」
ミモザは小さい声でぼやいた。
気がつけばいつも、そうだった。体が熱を帯びる。そして竜巻が起こる。竜巻はあたしの周りの物を全て切り裂き、飲み込んでいく。
助けて。
もう10年も前のことだった。生き物係のころ、学校の小屋にいる小鳥を、ミモザはすべて、殺した。
「狼がやったんでしょう。幾ら何でも小学生には無理だ。」
大人たちはそうこじ付けて事件を解決した。
そして8年前。地元ジェフの町中に流れる川の魚を、すべて殺した。
川一面にはプカプカと腹をさらけ出し、白色化した魚の死骸が腐敗し、凄まじい臭気が漂った。
異常気象で水温が上昇したからだ。学者達は安っぽい理論で解決しようとした。
そして、去年。
「あたしはいつも、誰かのせいにして、自分の罪を擦りつけて生きている.........ねぇ、わかったでしょ!?あたしなんていたって、迷惑なだけなんだよ!!」
ミモザは叫んだ。
「わかったよ。」
レイは頷いた。
「そうやって自分から目を背けて逃げようとしていることがね。なーに、モノは使いようだ。もう人を傷つけたくなければ、お前が誰かを守れるように強くなればいい。それに」
「それに、何よ?」
レイはニタニタと不愉快なほどの笑みを浮かべていた。
この男は何を思っているのだろう。ミモザにはわからなかった。
「思い出せ。お前はなぜ、ステージへ向かった?自分の身を危険に晒してまで、何を守りたかった?」
「.......」
ミモザは、ゆっくり目を閉じた。
「おじいさん....」
そうだ。血と涙に塗れたあの人。死んで欲しくなかった。
「だったらもう迷うこたぁない。
お前は正しい。他人の不幸を指差して楽しむのなんて、おかしいことだ。
でもそれが、この国の今の正義だ。それを打ちのめすためには強くなるしかない。バカに理屈は通らない。そうだろう?」
「......」
ミモザは、ゆっくり頷いた。徐々に曇っていく視界を手で必死に拭った。
「じゃあ、どうすれば.....」
「殺し屋になればいい。」
「....はっ!?」
ミモザは慌てて聞き返した。
「何でそうなるの!?意味がわからないよ!」
誰も傷つけたくないって言ってるのに!!ミモザは悲鳴にも似た声を出した。
「俺はお前を気に入った。感謝しろ、エスパーなんてそうは会えないぞ?俺らは仲間だ。それに」
「それに、何よ?」
当然ミモザは腑に落ちないような顔をしていた。
「お前の能力なら、間違いなくセノバ最強の殺し屋になるぞ。マスタングも俺も敵いやしねー。特殊部隊の治安科に行きなよ、国の治安を守れるぞ。」
「だ、だってあたし、誰も傷つけたくないのに...」
「そりゃーお嬢さん、無理があるってもんよ。」
レイはあっさりとミモザの発言を否定した。
「お前このままじゃ、自分が持たないぞ。エスパーってのは、定期的に自分の能力を使わないと爆発してしまう。それがこのザマだろ?今のままじゃブタ箱か自損かの選択肢しかねーぞ?そうなったら親父はどうなるんだ?またおふくろを....」
「その話はしないでよ!」
「目を背けんな!お前がやったことだろう!」
レイは即答した。
「.....」
ミモザは、口を閉じた。
レイはマスタングの隣に 座ったまま目を閉じていた。何を話しているのだろう?マスタングはレイの肩を掴んで話しかけた。
「ミモザを殺し屋になんて、あの子を説得できるのか!?」
レイは大忙しだった。ミモザと夢の中でやり取りをし、現実でマスタングとやり取りをしていた。
「懐かしいな。俺の若い頃を思い出す。」
レイは目を閉じて、ミモザの返事を待っていた。
「この子、殺し屋になると思うよ。」
「うーむ...」
マスタングの気持ちは複雑だった。とにかくミモザを殺し屋にしたくない。それが本音だった。
「でも、そうするしか...」
「推薦状が来たからな。まぁ余命半年でーすとかテキトーに診断書もらっちゃえばいいんだろうけど。お!?」
「何だ?」
レイははっと目を開け、
「ははは。そう来たか。」
と笑い始めた。
「何だよ、教えてくれ。」
「お父さん、残念だね。娘さんは特殊部隊養成所の治安科に行くそうですよ。」
「....ははぁ、そうか...」
マスタングはふふふ、とひたすら顔を引きつらせた。
「思考時間、10秒くらいか?肝が据わった女だな。」
「ははぁ..いや、何と言うか、うーん..」
マスタングは呂律が回らないほど困り果てた。
「ま、娘の人生だ。頑張れとしか言えない。」
遂にマスタングは観念したようであった。
それなのにこの底意地の悪い男は、いちいち余計なことを話し出す。
「あーあー、あんな子が特殊部隊に行ったらモテちゃうね。それだけならまだしも、セクハラされたり色物にされたり...父親のわからない子ども出来たらどうすんだ?」
「ぐぐぐ....」
この男の性格の悪さには定評があった。
マスタングはソワソワソワソワ、ハツカネズミのように落ち着きをなくしてしまった。
「ミモザー!!!」
マスタングはソファーから飛び上がり、ミモザが眠りにつく寝室へと駆けて行った。
「父さんは心配だぁーー!!!」