レイからミモザへ。
「行きますかー。」
ミモザとレイは、バリスアートクリニックを後にした。ここから2人は車に乗り込み、またお得意の盗聴探知機を使いつつ車を走らせた。
「どうするの?コルサに報告する?」
ミモザはシートベルトを締めつつレイに質問した。
「一応はなー。ま、子どもの父親は俺らの関知することではない。仮に父親がコルサでないなら、父親をターゲットに依頼が来ると思うのですよ。」
レイはウインカーを出しつつ、つぶやいた。
「それが出来ない人物、ね。ちょっと単純すぎる気もするけど、それならコルサが1番ね。」
ミモザは窓の外を見ながらつぶやいた。
「それか、芸能界の重鎮か?事前に病院と手を組んでいたのにエリアが気がついてしまった、とか?」
「何を?」
ミモザはレイに聞いた。
「薬のこと。あーでも、そりゃないな。そんなことをしたら病院がヤバい。」
「そうなの?いくらでもありそうなんだけど。」
間も無く2人はバリス中央駅に到着する。ここまで来たら、コラゾンまではもうすぐだ。
「あーゆー世界は意外とクリーンだ。下手な家族の方がもっとドロドロしていたりするもんさ。」
レイは片手でホイホイとハンドルを回していた。
「なんか、男って、勝手だね。」
「はひ?」
窓の外をボンヤリと眺めながら、ミモザが愚痴をこぼした。
「どうしたん急に?」
「結局、こういう話はいつも女が傷つく。男の身勝手でどれだけの女が泣いたんだろう。」
「んだお前、男性不信か。」
レイは横目でミモザを眺めた。
「別にそんな経験はないよ。ただ思っただけ。」
「そういう男がいるのは否定しないな。そうじゃない男もいるがね。」
レイは小鳥の囀りのようにボソボソとしゃべった。
「例えば、お前の親父やユングみたいな子煩悩もいるし。何とも言えねーな。」
レイは頭をポリポリ搔いた。
「サトシは?」
「あーん?」
レイは頭を掻く手を止め、腐った魚のようにミモザを目に映した。
「それは俺は判断できない。他人が決めることだ。」
「子ども、いらないの?」
「.....」
レイは軽く咳払いをした。
「この年になって、そんな贅沢言えねーよ。自然の流れに任せる。」
「あたし、まだまだいらない。」
「いらないんかい!!」
レイは咄嗟に反応した。
「だってこれから修業しなきゃならないじゃない。最低3年は先でしょ?」
「ま、まぁな。」
何だよ、これ。
レイはミモザをじっと見つめた。
「そーすっと?俺はいくつだ?」
「38歳。」
「よく知ってるな」
「舐めてんの?」
あ、怒った?
少なくともレイからしてみれば、ミモザはあまり機嫌がよろしくなさそうだった。
「俺の子どもはきっと、この国では差別される。」
レイは1番不安に思っていたことをミモザに伝えた。
「現にお前の母親がそう言っただろ?どう頑張っても俺からは青い目の子どもは産まれない。その陰鬱な苦労を子どもに与えるのは、俺のエゴだ。」
「ねぇ、じゃあ、聞いてもいい?」
「何を?」
レイは珍しく真剣な表情でミモザを眼窩に入れた。
「どうしてこの国に来たの?なぜ日本に帰らないの?あなたが今まで感じてきた窮屈さや不自由さは耐えかねないものがあると思うの。それを感じてまで、この国で何を模索しているの?それに...」
「....ふふふ。」
レイはミモザが放つフラッシュの光を存分に浴びていた。まだ計算途中のミモザの解答に、口を挟んだ。
「お前にゃ何も隠し事をする必要もないからな。」
レイは車を道路の端に停めて、同様に時間も止めた。
「じゃあ答えて。」
何を言うつもりなのだろう。ミモザは途端に、レイのことが怖くなっていた。今まですべてを演じてきたのではないかと思うほど、この男の狡猾な部分が垣間見えた気がした。だが、そのような自己顕示を、どこかでミモザは待ち侘びていた。
「俺は戻りたくないんだよ。」
「サトシ?」
レイはシートベルトを外して、上半身をモゾモゾ動かし始めた。
「お前はこれを見て、俺を嫌いになるか?」
「ならないよ。」
目の前の光景を受け入れて、ミモザは餅つきのように言葉を返す。
「じゃあいい。」
レイは再び、上着を着てシートベルトを締めた。
「帰るか。」
「うん。」
レイはハザードを消して、右にウインカーを出した。