アサマ家の食卓。
殺し屋が忙しくなるのはここからだった。
「何これ?」
ダイニングテーブルには皿を置くスペースもないほど、書類が撒かれていた。
「エリアの計画」
レイは書類と睨めっこしていた。
「さて、これで概ね完成だ。メシ食わせろ」
レイは書類を置き、くーっと背伸びをした。
「じゃあさっさとどかせ。」
何が食わせろだ、ミモザは皿を持ったまま少しイラっとした。
「あーそれもそうだ。」
レイは腕を下ろし、ノロノロと書類を拾い始めた。今日の夕食は鶏肉のサルサ炒めだった。
「うまそー」
「早く食べよ。」
レイがテーブルの上を片付けた後、ようやく遅い夕食が始まった。花屋の仕事は忙しい。朝早く起きて市場へ行き、夜は遅い。ミモザの手にはいつの間にかささくれが出来ていた。
「卵かけご飯食いてーな。」
「何それ?」
鶏肉をフォークで刺しながらレイがぼやいた。
「生の卵を米の上にぶっかける。」
「え、卵を生で食べるの!?」
「美味いんだよ。セノバじゃ無理だがな」
ミモザはぐえっと顔を歪めた。セノバではそのような習慣はない。衛生面で日本より劣るセノバでそんなことをしたら、病気になってしまうからだ。
「お前のメシも美味いがな。」
レイは大口を開けて鶏肉を頬張った。
「どっかの誰かがうるさいからよ。」
「そっか?」
「嘘よ。」
ミモザは笑っていた。
「日本人の奥さんって、旦那さんより早く起きて遅く寝なきゃいけないんでしょ?」
「いつの時代の話だ。」
レイはケラケラ笑った。セノバでは一般的に、家庭では女性の方が遥かに強い。アサマ家も例外ではない...のだろう。
「俺は気にしない。まーお前も、養成所の寮に入るからな。また独りだ。」
レイはふっと一息ついた。
あぁ、いなくなるのか。レイはぼんやりと窓の外を見た。
「あたし、通いだよ?だって女子の部屋も風呂もないもん。」
「あーん?」
レイは一気に現実世界に引き戻された。
ミモザは真顔だった。
「何よ、いなくなってほしいんだ。」
「んなこと言ってねーよ。」
レイはフォークで鶏肉を思いっきり刺した。
「じゃあ、寂しいの?」
「んがっ」
レイは言葉に詰まった。ふと見上げると、ミモザはニンマリと笑っていた。
いちいち痛いところをつくな。レイは口ごもった。しかしここでミモザの機嫌を損ねると、後々困るのは自分だ。と、さすがのこの男も学習はしたのであった。これだから女は....
「寂しいのではない。」
「あっそ。」
ミモザはオリーブのサラダを頬張った。
「つまんねーな。お前がいないと。」
レイは思わず本音を漏らした。
「それはいいけど、エリアの件、教えてよ。」
ミモザは何食わぬ顔をして鶏肉をナイフで切っていた。
いいんかい、おい!
取り乱していたのは、レイの方だった。
「んー、じゃあまずは。」
レイはフォークを咥えつつ、ダイニングテーブルの隅に置いてあるリモコンに手を伸ばし、ボタンを押した。
何も起こらない。
「よーし。」
「?」
ミモザは一連の流れを見つめ、首を傾げた。
「何今の?」
ミモザはリモコンを指差した。
「盗聴、盗撮チェック。」
レイはリモコンから手を離した。
かーっ、徹底してるな。ミモザは感心した。そのくせ部屋が汚いんだけどなーと言いそうになったが、そこは我慢をした。
「まぁ、今回は服毒させる。エリアは現在通院中だ。そこへ薬を混ぜる。」
「どうやって?」
ミモザは首を傾げた。そして先ほど、テーブルの上にカラフルな薬の載った紙が広げられていたのを思い出した。特殊部隊はもちろん、毒の勉強もするのだ。
「通院中の病院に忍び込むに決まってるだろう。」
レイはあっさりと言った。
「だから、それよ。薬を混ぜるったって、その薬が病院にないと怪しいじゃない。」
「お前な、それが出来なきゃ、エスパーとは言わねーぞ?」
レイはミモザを見て笑った。
「時間を止めて調べるんだよ。出来るだろ?」
ミモザは、大人しく頷いた。