一応おしまい。
「スタート!」
Aブロックでは。
ミモザは辺りを見回す時間など与えられていなかった。不幸なことに、手始めの相手としてミモザに複数の男が刃物を持って飛びかかって来た。極力、この力は使わないで乗り越えたい。ミモザは怯むことなく、襲いかかってくる男の顔面をスニーカーで踏みつけた。
ミモザは再び宙を舞った。レイに仕込まれた飛び蹴りが紙飛行機のように踊り出す。手を伸ばす男達の間を真っ直ぐな足はすり抜け、次々と男達をなぎ倒した。それはあっという間だった。これに周りはギョッとした顔でミモザを見る。
「女をなめんな!!」
地面に足をつけて仁王立ちしたミモザは吠えた。完全にナイフの迷路をすり抜けることは出来なかったようだ。足は、ピリピリと弱酸がかかったような感じがした。
「かーっ、男勝りな子ね!素敵よ!」
モニターを見つつシガネルが感嘆する。
「うーん、70点だな。俺が教えた時よりもスピードが遅い。それに、避けきれていない。」
レイはモニターの向こうのミモザに説教をした。
「あらレイ、あんたの知り合いなの?」
シガネルはマスタングの腕を無理に掴みつつ、レイに質問した。
「俺の一番弟子」
「お前の弟子が出来るなら、受かるな。」
本ではなく、モニターを見るアギレラがつぶやいた。
....力を使わないつもりか。使えばこんな人数、お前なら一秒たりともかからないのに。....
レイはすっと血の流れるミモザの足を食い入るように眺めていた。
ここ、Bブロックでは。
「はぁ!?このザコがっ!!」
キリクはナイフを片手にご乱心の様子だった。
「てめえ、調子こいてんじゃねーぞ!」
受験生のひとりがキリクの胸ぐらを掴んだ。血飛沫を浴びたキリクの髪を、向かいにいたもう一人の男が握り締めた。
「あっ....」
男達はキリクから手を離した。
腹にはぐっさりとナイフが刺さっていた。
「片腕でも2人なんか余裕。」
キリクは頭を撫でて、髪の毛を直した。
「BとDは荒れているな。えっ!?」
監視塔の5人は、全員息を揃えて声をあげた。
「Cはもう終わりか?誰だ?」
レイはマンゴーチップスを咥えたまま、リモコンを手にして画面を拡大した。
「ナス!」
Cブロックにいたのは、十字架のついた鎌を振りかざす、レイが初めて見るナチの姿だった。
「この子、カナル州の生まれか。」
ガメロは受験生の名簿を開いた。ナチ・ハリトーノフ。確かにセノバ北西部のカナル州の生まれだった。バリスからは遠く、100km以上離れたコーヒーの名産地だった。
「ネクロマンサーか!?あの十字架はそうだ!」
アギレラはナチを指差した。
あいつ....何か違う。
俺の見たあいつは、こんなんじゃない。
あんな優しい子が、こんなマネを。
レイの思いに反して、血まみれの鎌を持ち、クスクス笑うナチは一足早くグラウンドを後にした。
「てか、ネクラマッチョって何?」
レイは素朴な質問をした。
「ネクロマンサーだ。死霊を操る呪術師。」
レイの質問にアギレラが答えた。お前、こんなことも知らないのかとため息混じりに言う。
「カナル州は昔から降霊術が盛んでな。この子の持っている十字架は、カナル州ではメジャーなんだ。」
「日本でいう、イタコか。」
アギレラの説明を受けて、レイはどこかで安心していた。なるほど、ナスに取り憑いた悪霊の仕業か。あの子の意思でやったわけじゃないんだな。
良かった。
「日本のイタコか。聞いたことあるな。」
と物知りなアギレラはつぶやいた。
「さて、Cブロックに続き、BブロックAブロックとともに終了しました。」
「ミモザとキリクか。」
ミモザとキリクはグラウンドの外へと向かった。かなり疲れているのだろう。ミモザは係員に抱えられてフラフラしていた。キリクはよっしゃーと言わんばかりにガッツポーズをしていた。
「ミモザ、行ったのか!」
マスタングは身を乗り出した。
「へぇー、あの女の子、やったんだ。」
おいおい、まだ終わりじゃないぞ。
レイはヘロヘロになるミモザを見て笑った。
「俺の弟子は2人とも優秀だな。」
レイはふっと一息ついた。
「ここでDブロックも終了しました。今回の二次通過4名となります。審査員特別者には後日通知します。」