表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺し屋稼業も楽じゃない。  作者: ヒラタカゲロウ
殺し屋稼業についてない。
3/147

噂話も伊達じゃない。

約束の日が来た。

ミモザはレイの家を出た。


「こんな時間にどこに行くんだ」

「...」


もしゃもしゃ歯を磨きながら、レイは家を出ようとするミモザの背中に言葉の矢を刺した。


「ペテロとパウロと、出かけてくる...」

「怪しいな。」


ミモザはゆっくり振り返り、顔を引きつらせた。とにかくミモザは嘘が苦手である。


バリスの治安は全くもってよろしくない。昼は観光客で賑わう南国の楽園だが、夜はギャング共の溜まり場になる。


...まぁ、ギャングよりも恐ろしい人が隣にいるんだけどね。ミモザは乾いた笑みを浮かべた。

「あいつらろくなことしやしねー。どこだ、具体的な場所は」

レイの目が輝いている。

うぅ...

ミモザはレイに睨まれたカエルとなり、


「サンストリート広場...」

ついつい白状してしまった。


「ま、行ってもいいけどさ..何かあったらすぐに連絡しろ。あのクソガキ共、こんな時間に女の子を呼び出すなよ。」

「はーい....」

ミモザは本当はとにかく行きたくなかったが、後ろ髪を引かれる思いで家を出た。


ヤシの木の街路樹は風にザワザワ揺れ、葉と葉がぶつかり合ってガサガサと不気味な音を鳴らしていた。大通りには灯りが点っていてミモザの不安を少し和らげたが、本音は帰りたくて仕方がなかった。


「ミモザさん?」

「あ...」

緩やかな坂道のてっぺんに、同じ背格好の双子がミモザに手を振っていた。ペテロとパウロである。

「お疲れー!んじゃ、行きますかー。」

相変わらず2人は明るく、飄々としていた。


ミモザは2人に連れられてサンストリートを歩いた。この辺りはバルや屋台が多い。ジャンクフードを食らう人々、上機嫌で晩酌をする人々、お祭り騒ぎをする人々、そしてサンストリート広場へ向けて楽しげに歩いている人々がいた。何だか、閑散とした港の田舎町のジェフとは別世界のようだった。


ジェフならこの時間は、もうシャッター通りだな...


ミモザがぼんやりと街を歩くとすぐに、サンストリート広場についた。バリスで一番賑やかなところである。昔ながらの中世の雰囲気の漂う噴水はきれいにライトアップされ、カップル達がムードに浸っていた。広場の辺りをぐるっと丸く囲んでいるのは、美術館や役所など主要な建物である。ここが国の中心部であることがよくわかった。


だが、地下ってどこなのだろう?どう見ても普通の公園にしか見えない。そもそも普通の公園の地下にあるものは駐車場くらいなのだが?ミモザの疑問はすぐに解決された。

「こっちだよ」

ペテロとパウロと共にミモザが向かったのは、サンストリート広場裏のイベント会場だった。ただっ広い空き地にステージがある。ステージ前にはすでに満員御礼状態だった。


「ライブ?」

ミモザは声を張り上げた。そうでもしないと、ガヤガヤして上手く会話のキャッチボールができないからだ。ご丁寧にステージにはスポットライトまでついていた。幸い背の高いミモザはステージ上の様子がよく見えた。


「そんな感じだぁね。」

ペテロとパウロは背伸びをしながらミモザの質問に答えた。 そしてすぐに、


バッッ!!


うわ、眩しい。ミモザはとっさに手のひらで目を覆った。鉄格子で牢屋のように囲まれたステージ上のスポットライトが一斉に花開き、眩しい光が人々の目に攻撃を仕掛けた。


「レディースアンドジェントルメン!!今宵は第2回セノバ・バトルロイヤルへようこそ!!!」


どこからともなく、スピーカー越しの大声量が聞こえてくる。それと共に、待ってましたと言わんばかりの拍手が鳴り響いた。



「何これ!?」



その中に約一名、キョトンとして辺りを見回す人がいた。ミモザだ。

そんなミモザは1人だけ時間の流れに乗り遅れていた。そんなミモザを差し置いて、

「さぁ、今宵の処刑人は...アンリ州王者のレリス!!」

司会者は声高々に、登場人物を紹介した。

現れたのは筋肉隆々のビキニ姿の中年男性だった。伸ばした顎髭、よく日に焼けた肌。これだけでも異様な光景なのに、さらに成人男性の背丈ほどあるような棘のついた棍棒を担いでいた。



「な...」



ミモザは固まった。中年男性と同じタイミングで、1人目隠しをされ、羽交い締めにされた

老人が檻の中に突き飛ばされた。

「ぎゃあっ!!」

老人はしゃがれた声を出し、うつ伏せに床に押し付けられ、乱暴に目隠しを外される。そして力なく、よろめきながら立ち上がった。


「ひぃぃぃぃぃ!!!」


顔を上げた老人は断末魔をあげる。そこに、アナウンスが入った。

「はーい!今宵の獲物は窃盗犯のモリスでーす!あー、いい顔してるねぇ。この悲鳴と怯えた表情、おっもしろいと思わない?」

アナウンスが笑い声をあげると、

「うぉぉぉぉ!!」

「いいぞー!!やっちまえ!!」

観客一同、意気揚々と中年男性を囃し立てる。そしてその声に応えて、泣き叫ぶ老人の前でブンブンと棍棒を振り回した。


.....何これ......


ミモザは言葉を失った。

そして両手で顔を覆った。


「やめろ!!助けてくれぇぇぇ!!」

老人は青ざめた顔で必死で牢屋の中を這う。まるでネズミ花火の如く。だが棍棒は容赦なく老人を追い回す。


....いや、やめて!!誰か止めて!!や...


ミモザは何度も神に拝んだ。騒ぎ立てる周りの人間、いや、悪魔だろう。の声はミモザの良心をハサミのように切り刻んだ。 だが、

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

老人の足は棍棒の餌食になった。卵が割れた音をもっと大きくした音がこちらにまで伝わった。ばら撒かれたトマトが潰れたように、床は赤くなった。



おかしいよ。

みんな、どうしちゃったの?

あたしがおかしいの?

いや、

そんなこと、

ない....



「やめてよ!!!」



ミモザは全身から声を振り絞った。

そのまま拳を固く握りしめ、人混みを掻き分けて夢中で走り始めた。

気がつけば歓声はぴたりと止み、ミモザの体にはこれまでにないほどの視線を浴びていた。

ヤマアラシになったみたい。

そんな冗談など、とてもじゃないが言えなかった。

「何だ?ここで裏切り者が登場したぞ!?」

「え、そんな...」

ミモザはステージの上にいた。

逮捕されたかのように、鉄格子を両手で掴んでいた。同時に、ステージの周りからは悪魔の囁きが痛いほど聞こえてきていた。

「何だよつまんねーな!!」

「空気読めよ!!」

「こいつ、やっちまおうぜ!!」



.........



ミモザは固まった。

観客席からの冷たい目ヂカラを全身に浴びて、脳みそが掃除機で吸い取られたかのように、何も考えられなくなった。

時が止まるとこうなるんだ。

でも、老人の涙と荒い息遣いだけは、はっきりと目に映った。



「殺せ。」



誰かがミモザに向かって、そう言った。

「こーろーせー!」

「こーろーせー!!!」

観客席一丸となって、ミモザの死刑執行を促した。ミモザの両腕は何者かに掴まれ、ぐったりとした体は宙に浮いた。



殺される。



ミモザの本能は瞬間的に危機を察した。

そのとき。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「え?」


ミモザの体は宙に浮いた。

そして、ストンとその場に落ちた。

「あれ...」

ミモザは落ちたときと同じ体勢でしゃがみ込んだまま、キョロキョロと眼球だけを動かして辺りを見回した。



時が止まっているー....

二次元の世界にいた。否。

世界が二次元に変化した、と言った方が

正しいのかもしれない。



「あれ、あたし....あ」



足元は真っ赤に染まっていた。

あの時と同じ。数人の男が床にうつ伏せになって転がっていた。


丸太みたい。その光景は、ミモザにとってはすっかり見慣れたものになっていた。



「パチン。」



誰かが指を鳴らす音がした。


「わぁぁぁ!!」


会場がけたたましい悲鳴に包まれた。

ミモザは再び、辺りを見回す。自分の両サイドに、2人の男が倒れていた。そして、目の前には細身のスーツを来た男が立っていた。



「レイ...」


風に靡く男の黒髪を見て、ミモザは呟いた。



「何だか楽しそうですね。皆さん、殺し屋ですか?って、あれ?」

会場の観客達はレイを見た途端に、蜘蛛の子を散らすかのように叫び声をあげてその場から逃げ出した。

「ああああ!!ヤバイ!!あの日本人だ!!!殺される!!」

「ちょっと待てよ。」

レイはその場に突っ立ったまま、パチンと指を鳴らした。


「何これ...」

「お前」


レイは振り返り、両腕でミモザを担いで抱きかかえた。

「帰るぞ。」

「え、ちょっと、待って....」


ミモザはレイに抱きかかえられたまま、下を向いて倒れている老人を指差した。


「大丈夫。まだ生きてる。お前を牢屋にぶち込もうとしたやつと、棍棒のゴリラは死んだ。」

「....」


ミモザはレイの肩にゆっくり腕を回したまま、会場内の様子を目で追った。まるで人がマネキンのようだった。ビデオの一時停止のように、2人を除いてピタリと時は止まっていた。

駅前の時計の針も、空を飛ぶコウモリも、夜空を駆ける流れ星も、宙吊りにされたまま型にはめられたように固まっていた。


「あなた...もしかして...」


ミモザはレイの胸元に耳を押し当てたまま、掠れた声で呟いた。トクン、トクンと心臓の鼓動だけが、耳に響いた。



あたしと、レイだけ時間が流れてる....

まるでこの世で2人きりになったみたい。ミモザは、どことなく気恥ずかしく感じた。

レイの腕は骨張ってか細かった。でも温かい。ミモザは口をレイの胸元に押し付けて言葉を塞いだ。



「お前と同じ。エスパーだ。」



レイは夜空に向けて囁いた。

風すら吹かない。

まるで街は絵本の1ページのようだった。しばらくして、レイはようやく夜の街をゆっくりと歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ