表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺し屋稼業も楽じゃない。  作者: ヒラタカゲロウ
もうすこしがんばりましょう
110/147

そういうこともある。

「たでーまー。」

「おかえり。」


レイよりも先に、リビングでミモザが帰宅して洗濯物を取り込んでいた。

「ご飯、ちょっと待ってて。もうちょっと煮る。」

ミモザは畳んだ洗濯物を持って、すっとその場に立ち上がる。

「いいか?日本人の嫁はな、旦那さんが帰ってきたときに必ず言う決まり文句があんだぞ?」

レイはミモザの向かいに立って、何やら気持ち悪い笑顔を浮かべていた。どーせろくでもないことだろうと察したミモザは、ジロッとレイの不気味な顔を見た。

「何よ。」

レイはミモザを指差した。

「ご飯にする?お風呂にする?それともあた....」

「はーい!!仕舞ってきまーす!!」

ミモザは洗濯物を持って、スタスタとレイの前を通り過ぎて、家の奥に向かって行った。

「...」

レイはひとり、リビングでボーッと突っ立っていた。




「ねぇ、そろそろ、修業を再開しようよ。」

「あーん?」

ミモザはココナッツミルクを飲みながらつぶやいた。この日の風は、セノバに短い春の訪れを感じさせる匂いをのせていた。具体的にどんな匂いか?と言われたところでうまくは表現できないが、ほんのりと心が温かくなるような風である。ミモザの箸使いはというと、相変わらず下手くそだった。

「むーりー。」

「何で?」

ミモザはレイに尋ねた。しばらく修業は休みだ、とレイが宣言してから、もうすぐ一週間が経とうとしていた。

「ほれ。」

レイは皿の上にフォークを置いて、パチっと指を鳴らした。

「ん?」

ミモザはスプーンをくわえたまま、壁にかかる時計を見つめた。

「あれ、止まってない。」

「うんにゃ。力が使えない。これは不吉の前触れだ。」

本当にそう思っているの?とミモザはあっけらかんに答えたレイを、疑うような目つきで見た。レイもその歯がゆい視線に気がついた

「いや、まじで。過去2回、一週間ほどして身内が亡くなったもん。」

「やだ、怖いよ。」

何それ!?と言いたそうに、グラスを持ったまま、ミモザは目を見開いた。そんな忌まわしい予感など微塵も感じさせないかのように、大都会の夜は深みを増していった。

「あたしは使えるよ?」

ミモザはココナッツミルクの入ったグラスをテーブルに置いて、ぐっと拳を握った。ブワッと大きく風に触れたカーテンはそのまま急速冷凍されたように固まった。


「俺とお前が、全く同じ条件で力を使えるかと言われたら、そうじゃないからなー。」


レイは時が止まったダイニングルームを、黒飴のような眼球を転がしてぐるっと見回した。ダイニングテーブルに置いたパステルピンク色の花びらは、落ちかけたまま宙に浮いて留まっていた。ほんの僅かなことも、ミモザとならすべてが新鮮で、朝露に濡れるかのように光り輝いて見えた。


なんつーか。新鮮だな、こう見ると。


見慣れた景色が、どことなく愛おしく思えた。


「戻そうか?」

「いや。もうちょっと、ゆっくりさせてよ。」

「いいよ。」

ふふふ、とミモザは笑った。

「エスパーじゃないのもいいな。」

レイは試しに、パチっと指を鳴らした。


「あれ」

花びらは宙を舞い落ちた。カーテンは靡き、時計はチクタク時を刻んだ。

「えっ、戻ったじゃん!」

何だよ、とミモザは笑った。

「まじで?」

自分のことなのに1番信じられないレイは、擦らせて鳴らした右手の中指をパッと見つめた。

「もう一回やってみるか。」

パチンと乾いた音がダイニングルームに鳴り響く。またもや時計の針は失神した。

「戻ったな。完全に。」

レイがつぶやいて、もう一度指を鳴らした途端に、リビングのソファーに転がっていた携帯電話が鳴り響いた。



嫌な予感がする。

レイは察した。その嫌な予感は見事に的中することになる。レイがその事実を知るのに時間はかからなかった。

「もしもし」

レイは通話ボタンを押した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ