ただいま、ジェフ。
やっと着いた。
電車で行っても変わらなかったんじゃ...
ジェフに着いた頃にはもう、ミモザはヘトヘトだった。
「修業だ。テレポーテーションでジェフに行け。」
昨日のことをまだ根に持っているのか、今朝のレイは何だか機嫌が悪かった。
「何よ、昨日のこと、まだ怒っているの?」
「いや別に。」
レイは即答し、そしてすぐにガラスの容器に入ったパパイヤのサラダを口に運んだ。
嘘つき。ミモザにはすぐにわかった。
あまり口数は多くはないが、機嫌が悪くなると目つきが変わるレイの癖を、ミモザはすでに見抜いていた。
「自分の半分の年の女には手を出さないって言わなかった?」
「結婚したら話は別だ」
「したことも忘れた癖に」
「....」
レイは返事をする代わりに、ココナッツミルクをぐっと飲み干した。
「あー今日もいいお天気ですねー」
レイはミモザの視線地獄から逃れるため、白いカーテンの奥のオーシャンビューを指差した。
女ってやつぁ無駄に記憶力が良いよな、くそ。まだ睨んでやが....
「綺麗だね。」
「.....」
ミモザはレイの指差す方向を眺めていた。レイに繰り出していた、レーザービームの如く抉り出す視線はそこにはもう、なかった。
おもちゃ箱を開けた子どもみてーだな。その青い瞳には太陽の光が反射して、バリスの海のように深い青色を作り出していた。
いや、違う。海より綺麗だ。
「ねぇ、たまには海で修業しようよ。」
「....おぉ。」
急にこっちを向くなよ、心臓に悪いな。
レイはまち針でチクチクと、ミモザにノミのような毛深い心臓をつつかれた。
あれから1時間半後にミモザが到着したのは、ジェフの駅のそばの美容院だった。
「今日はどうするー?」
ミモザを担当するのは幼馴染のマリンだった。首に巻き付かれたジャラジャラしたネックレスでわかるように、オシャレで派手なのに気取っていないところがミモザは憧れていた。
「思い切ってイメチェンする。」
「お、任せて!」
マリンはミモザの首元にそっとタオルを当てた。
マリンも18歳。女2人の恋愛話ほど弾むものはない。
「今バリスにいるんだって?いいなー超羨ましい!」
マリンは赤いキャベツの千切りをハラハラと床に零した。
「まぁね。でも、ジェフの方がのどかで落ち着くかな、あたしは。」
「顔合わせ先?」
「そう。バリスの花屋。」
へぇー、うまくやっているんだね。良かった。ミモザまた痩せたよね?と女同士のおしゃべりは、コラゾンより花が咲いた。
マリンは終始笑顔だった。ミモザのサラサラした巻き髪はテンポ良く持ち主から離れていった。
「マスタングのおじさん、寂しいんじゃないの?あたしはさっさと嫁に行けって親がうるさいけどね。」
「ははは。マリンは1人でも生きていけるよ。」
ミモザは笑った。マリンは幼馴染の家に顔合わせで行ったが、あっという間に荷物を纏めて実家に帰ってしまった。
「あたしにゃ無理だったわ。」
「いいんじゃないの?美容師としてバリバリ働くの、マリンらしくて。」
「そうさせてもらうよ。」
マリンは大きな鏡を取り出して、ミモザの痩せた肩に置いた。
「どう?バッサリ行ったよ!」
「いいね。」
ミモザは筋張った首元が見えるほどの長さの髪を眺めた。
「もう一度軽く流すね。そうしたら、カラーやるよ。」
「ありがとう。」
ミモザは鏡越しにマリンに礼をした。