落とし物です。
「おい、大丈夫か?」
「う……」
急に倒れ込んだ風凛を担ぎ、とりあえず家へ入る。
「ばーちゃん! なんか天狗が……」
玄関でそう叫ぶと、慌てたばーちゃんが出てきた。
そしてその天狗が風凛だとわかると、どこかほっとしたように笑った。
「大丈夫だよ、ちょっと寝かしとけば。奥の部屋に布団敷いといてあげるから、その食材冷蔵庫にしまいな」
「うん」
ちなみにばーちゃんには『家庭科の宿題で料理を作らなければならない』ということで、今日一日台所を貸してもらった。
大きな荷物を抱えて台所へ行くと、赤織様がずんと立っていた。
「今日も来たの? 暇だよな、あんたも」
『まぁ、この歳になると色々やらなくてもいいことが増えてな。退屈しているんだ』
この歳って、あんた今何歳なの?
『トップシークレットだ』
……あ、そ。
それにしても、と彼は顎に指をかける。
それがまた絵になっていて憎たらしい。
『あの天狗、普段は山の上に住んでいてな。何故、今日はこんなところまで降りてきたのか……』
「あ、だからか、倒れたの」
涼しい山の上にいたから、降りてきた下の世界が暑過ぎてまいっちゃったのか。
あいつ、確か俺を見てばーちゃんの名前を呼んでたな……なんか用でもあったのか?
「水でも持ってってやるか」
コップに一杯、水を汲んで部屋に向かった。
『変なところに気が利くよな、お前』
赤織様が後ろからそう笑ったが、完全無視だ。
部屋には布団に横たわり、額に氷のうを置かれた風凛がいた。
冷たいものに触れていたら楽になったのか、茹で蛸のように赤くなっていた顔はもとの色だろう白色になっている。
「水持ってきたぞ、飲むか」
そう言うと、風凛は少しだけ目を開けて頷く。
生意気言ってたけど、寝てるだけならなかなか可愛いじゃんか。
水を渡してやると、一気にぐいっと中身を飲み干した。よっぽど喉が渇いていたらしい。
「よくなったかい、風凛」
ばーちゃんの問いに小さく頷き、起き上がった。
「まだ寝てていいんだよ」
『いや、もう平気。ありがと』
起き上がって布団を畳む。
そして、綺麗に三つ折りになった布団の上に正座した。丁度ばーちゃんと目線が同じになる高さだ。
『あの、』
「ああ、はいはい、ちょっと待ってね」
ばーちゃんは立ち上がり、何処かへ行ったと思ったら手に何かを持ってすぐに帰ってきた。
それは小さな布の巾着で、風凛はそれを見るとパッと顔を輝かせた。
『あった!』
あった? なくしてたってことか?
「もう落とさんように、気をつけて」
落とし物か。
風凛は巾着を受け取ると、にっこり笑って頷いた。