雪女です。
冷蔵庫の動いている音、クーラーの動いている音、そして俺のシャープペンシルがかりかりと紙を引っ掻く音。
そう、これだよ、これ。まさに宿題やってる! って感じがする。
余分なのは猫のいびきだ。鼻提灯を作って寝ている。
ばーちゃんは家へ帰って昼ご飯を作っている。香ってくるのは……チャーハンの匂いか?
「ぐあーっ、腰痛てぇ」
ずっと座ったままで筋肉が固まっているみたいだ。ぐっと伸びをすると、気持ちがいい。
一度集中力が途切れると、次に中々繋がらない。
俺は番台からぐるりと周りを見渡した。
やっぱり古い。そりゃそうだ、俺が幼稚園に行っていたときから立て直しもリフォームもしてない筈だ。
ふと壁の染みに目が止まる。黒っぽい……なんだ、あれ。染みはなんだかどんどん大きくなっていく。
え、何あれ。うわまだまだ広がってる。
手のひらよりも少し大きいくらいに広がった染みから、いきなりズボッと真っ白な手が出て来た。
「う、わあああ!」
驚いて番台の椅子から落ちる。そのものすごい音で猫が目を醒した。
『なぁに? みーやんほんと怖がりよねぇ』
「うるせぇよ! それよりなんだあれ!」
染みからにょきにょき出てくる腕は、もう肘くらいまである。
猫は短い足でごしごしと額の赤い模様を擦る。……毛繕いか?
『見てればわかるわよぉ』
「害はねえの?」
『ないわよ、そんなもの』
俺は椅子に座り直してじっと染みを見つめる。
……と、赤みが強い茶色が見えた。次いで肌色、大きな目、つやつやした唇。すらりと腰が細く、足も長い。……スタイルいいな。
とん、と床に足をつけ、ゆっくりと背筋を伸ばす。長い髪が邪魔して、顔がよく見えない。
『あれー? おばぁは?』
は? おばぁ? ばーちゃんのこと? つーか、こいつ誰?
『氷室、この子は丁子の孫よぉ。みーやんっていうの』
丁子とはばーちゃんの名前だ。
「みーやんじゃねぇ! 宮ノ佑だッ!」
『へぇ、孫。そう言えば似てるわね。って、宮ノ佑? だっさい名前ね』
そう言いつつ、髪をかきあげながら俺を見た顔は……ケバい。
なにこれ、目はばっさばっさだし、白い顔にチークが浮きすぎている。唇はプラスチックみたいに光っている。短めの着物から見える足は細いし長い。
なんか、頭悪い女子高生みたいな格好と顔だ。
『あたしは氷室。雪女よん』
ぱっちりとウインクされながら言われても……。俺が呆気にとられてばさばさ睫毛を見つめていると、氷室はぐるりと周りを見渡した。
『で、おばぁは?』
「ばーちゃんなら今昼飯作ってるよ」
『わぁ、チャーハンでしょ? あたしおばぁのチャーハン大好きなんだー』
妖怪ってチャーハン食うの?
というか、こいつばーちゃんのチャーハン食べたことあるんだ。
「何しに来たんだよ?」
『お昼をご馳走になりに』
「ふざけんな帰れ!」
飯食いに、なんで妖怪がうちに来んだよ!
思いっきり宿題のノートを投げつける。でもひょいと軽くかわされた。
『だってぇ、おばぁの料理美味しいんだもん。たまぁに食べたくなんのよ』
まぁ、わからんでもない。ばーちゃん料理上手いし。
「だからってウチに来んな!」
『気にしちゃ駄目よ、この子怖がりなツンデレだからぁ』
「誰が怖がりでツンデレだぁ!」
がらがらとドアを開ける音がしたと思ったら、ばーちゃんがひょいと顔を覗かせた。
「宮ノ佑、飯だよ……と、氷室も来てたのかい」
『やっほー』
『丁子、私もご馳走になっていいかしらぁ』
「もちろん、家にいるからね。宮ノ佑も早く来な」
ばーちゃん普通に会話してるし。
猫も氷室もついて行ってるし。
もうなんなんだ……?