腹立たしいけど…(by パール)
あれは、俺が十一歳の頃だ。
くそ親父と喧嘩してた真っ最中、いきなり屋敷(民には城って呼ばれてる)の中庭に現れた女が、開口一番に行った。
「魔境の魔物、退治するからあの森に住んでもいい?」
誰かも分からない薄汚れた格好の女(実は少女だと後で知った)に、親父が返した言葉に俺と大臣はあごが外れるかと思った。
「構いませんけど?」
あっさりしすぎだろ、親父!!
温和そうで常に敬語なくせに、腹黒くて何を考えているのか分からない親父だが、意外に短気だったりする。それを知っていたから、多分、喧嘩のテンションで返したんだろうなぁ、と冷静になってから思い至った。
翌日、にっこり笑った女―――サナカが、縛り上げた龍を連れてやって来た時は、夢かと思った。
その魔物は、入り込む人間をくらっていた。その為、いつしか魔境と呼ばれ、どんな傭兵も冒険者も歯が立たずに困りはてていたんだ。
あっさりと倒したサナカは、約束を守ることを親父に強要して、森に居座った。
最初は、誰もが半信半疑だった。
でも、サナカは周囲の心情を受け流して、薬や魔物の牙などを市場に流して、ゲンデルの経済に貢献してくれた。自分の取り分は最小限、ほとんどを税として渡していることも、態度の軟化につながったんだろう。
子供の好奇心で、訪れるようになったサナカの家(当時のは絶対に小屋だった)で、色々な話をした。
珍しい名前だから、色々聞いたけど、名前以外の何も教えてくれなかった。
不思議なことが多かった。
ものすごく強い魔法が使えるのに、隠れるようにして暮らしていることも。
そんなの関係ないと思えるくらいに、サナカは良い人間だった。
口ではどんなことを言っても、どれだけ薄情にふるまっても、優しい性格であることは分かった。
……いつの間にか、エステル(今の嫁)とも仲良くなってて、仲を取り持ってもらって(この時は片思い)、頭の上がらない状況になった。
いじられたり、からかわれたり、遊ばれたり、鍛えてもらったり、教えてもらったり……。
腹が立つぐらいに万能で、同時にとても不器用な人間だった。
ひねくれた性格に苛立って、同時に臆病な心を持っていた。
姉のような存在。
いつしか、賢者と呼ばれるようになった存在。
本人は、魔女と呼ばれることを望んでいたけど……。
八年前、親父が病死して、後を継いだ。
その時、知った。
絶対的な魔力で、その魔法で、このゲンデルを守ってくれていたことを。
外も中も、脅威から守ってくれていた。
そして、全部聞いたんだ。
グランドに召喚された異世界人で、グランドの思惑がどういったものなのか。
その時から、決めていたんだ。
エステルと一緒に。
相手がどれほどの大国だとしても、サナカを守り抜こう。
サナカが、守ってくれていたぶんを、ちゃんと返そう。
「たかがクソガキに、どうこう言われたくないなぁ……」
思わずこぼれた呟きに、グランドのバカ達の顔が歪んだのが、笑えるほど滑稽だった。
さぁ、バカどもを断罪してやろう。
人の姉を、恩人を侮辱した罪、思い知れ………。