面白いところじゃのぅ (…貴方には負けます by母)
エルフというのは大きく二種類に分かれる。
王族であるハイエルフとそれ以外のエルフだ。他、こまごまとあるがおおよそ必要ないので割愛。
通常のエルフでも他種族に比べて圧倒的に繁殖力が低い。ハイエルフはさらに低い。百年に一人も生まれない。
千年前、ミルドレッドを残して彼女の両親が亡くなり、ハイエルフはミルドレッドだけになった。
ハイエルフはエルフよりも強い力を持つ。その力によって他種族からの侵攻と暴虐を退けてきたと言っても過言ではない。だからこそ、誰もが焦燥した。
そんな折に、ミルドレッドはエディオスの王太子と恋に落ちた。
一族から反対されるのを理解していたから、逢瀬は隠れてしていた。しかし、隠しようのない事態が起こる。
ミルドレッドの懐妊だ。
エルフにとって、未婚での妊娠は特にどうということでもない。問題なのは、相手だ。
ミルドレッドは子が生まれるまで、相手が人間であることを言わなかった。
妊娠期間は人間と同じく十月十日。
そして、生まれたのはハイエルフの男児と女児の双子。
エルフには双子が多い。ハイエルフには珍しい。
新たなハイエルフの誕生に喜んでいた一族はミルドレッドの発言で凍りつく。
双子の父親が人間であること、これを気にエディオスと友誼を結び、他種族との結びつきを強固とすること。
大半が悲鳴と非難の声を上げたが、次の言葉に黙り込んだ。
否定し逃げるならば好きにすればいい。ならば、妾は自らと我が子を否定した者と袂を分かつこともいとわぬ。
それはある種の脅し。
絶対的な存在であるハイエルフを失うということを意味していたから。
…これが『説得』と歴史認識されていることに、当時を知る臣下(およそ三割以下)は恨めしげな視線をたまにミルドレッドへと注いでいる。
ミルドレッドは意に介していないが…。
「疑問、良いかな?」
なんじゃ、言うてみぃ。
「…いわゆる、混血でしょ? 種族として数は減っていくわよね?」
そんなことか。
子の種族は基本的に母親によって決まる。じゃから、妾の子供らは皆ハイエルフじゃ。
「あぁ、なるほど。…でも、カノンはどうみても人間なんだけど?」
それはちょいと話が長くなるんじゃが…。
「いいから話せ」
…素で良いと言ったが、少しは取り繕わんか? 小娘。
「まず、小娘呼びはやめなさいよ」
ならば名を教えるがよい。
「やだ」
…ならば、魔女殿と呼ばせてもらうかのぅ。
「良いわよ。で、説明」
そなた、自分勝手だといわれるじゃろう…。
「貴方に言われたくないわ」
じゃろうな。
まぁよい。
妾としては、そなたの娘であることを我が曾孫が望むのであるならば、特に問題はないのじゃ。
このままでもよいと思っておる。
じゃが、近年生まれたハイエルフはそなたの娘だけなのじゃ。
…あぁ、待て。確かに、そなたの娘は人間にしか見えぬ。
それは我が孫(つまり母親)がほぼ人間だったからじゃ。
妾には五人の子がおる。最初の子は男女の双子。
その後、息子が二人と娘が一人生まれた。
娘達は人との混血じゃ。種族としてはハイエルフじゃが。その為か、繁殖力が純血より強くての。
エルフの男と婚姻したがそれぞれに二人の子をもうけ、全てハイエルフじゃ。
じゃが、息子達は違う。繁殖力が強いのは同じじゃが、先に言ったようにこの種族は母親によって決まる。つまり、息子達の子はどうあってもハイエルフではあり得ぬ。
さらに、息子達が婚姻したのは人間じゃ。
エルフ族の社会は母系じゃからの。少々苦しく感じておったようじゃ。
妾の子に人間はおらぬからの。エディオスに跡継ぎがおらぬ。
それゆえ、わが夫の弟の娘…息子とは従兄妹にあたる娘と婚姻し、妾が統合した国の女王についた。
ゆくゆくは、その息子の子に譲ろうと考えておったが、尽く拒絶されてしもうての…。
ん? あぁ、すまぬ。話がそれた。
まぁ、そういうわけで、息子達の方は人間と婚姻した為、子は人間しかおらぬ。
じゃが、その中にもエルフに近い者がおっての。いわゆるハーフエルフじゃ。
見た目は人間でしかないが。老化や寿命、魔力がエルフに近いのじゃ。まぁ、純血の半分くらいじゃが、人間としては破格であろう。
…まぁ、わかるじゃろ?
ハーフエルフとして生まれた孫が、そなたの娘の母親じゃ。
そなたの娘が人間にしか見えぬ理由であり、成長も人間である理由じゃ。ある一定で停齢するじゃろうが。
…つまり、そなたの娘はハーフエルフなのじゃ。
「…カノンが人間にしか見えない理由は分かったけど、女王自らがやってくる理由がまだ分からないんだけど」
人間の国でも問題であろう?
「何が?」
自国の王族の血が、他国の市井にそうとは知らず紛れこむ、など。
「…あぁ、まぁ。でも、ハイエルフじゃないなら、問題ないでしょう?」
妾もそう思っておった。
孫がハーフエルフでも、妾自身が発端じゃ。気にはせん。
ハイエルフではないから王族として遇してやれぬが申し訳なかったが、本人達は気にしておらなんだ。
臣下も、エルフ達も。
じゃが、孫娘がエルフの男と婚姻し、子を産んで状況が一変したのじゃ。
「…なんか、嫌な予感がするんだけど」
そなたの娘、耳はとがっておらんか?
「ちょっととがってるわね」
エルフは一目で分かるほど耳が長くとがっておる。瞳孔は縦長い。
ハイエルフの目も瞳孔が縦長い。ハーフエルフは人間と同じじゃがな。
問題は耳の形じゃ。
ハイエルフの耳は人間と同じくらいの大きさで、とがっておるのじゃ。
「……………………」
…………何か反応せぬか。
「結論、言ってくれる?」
まぁ、察してはおるじゃろうが…。
つまり、ハーフエルフとエルフから生まれたそなたの娘は、ハイエルフという種族なのじゃ。
どういう原理なのかは分からぬ。
いわゆる隔世遺伝であろうとは思うのじゃ。
「状況が変わった理由と貴方がきた理由は分かった。でも、一つ、疑問がある」
何じゃ。
「どうして、カノンはこの森に捨てられていたの?」
…これよりは、そなたの娘には辛い話じゃ。
「伝えるかどうかは母である私が決める」
そうか…。
ハーフエルフは基本的に人間として過ごしておる。じゃから、考え方や適応性は人間に近い。
ゆえに、孫娘は自身の子には王族としての枷もなく自由に生きてほしいと考えた。
じゃが、夫であるエルフは違う。
時代を経て、人間に感化された部分も多かろうが、やはりハイエルフというのは特別という意識がエルフにはある。さらにまずいことに、現状、ハイエルフの女は妾と妾の娘、そして、そなたの娘だけなのじゃ。
結果、娘をハイエルフとして妾のもとに連れて行く、行かないという論争が夫婦の中で勃発したのじゃ。
…エルフとハーフエルフ。力ならば前者の方が上じゃ。じゃが、いくら対等な夫婦といえども、孫娘はハイエルフである妾の血を引いておる。ただのエルフが力づくでということは出来ぬ。
日々の論争と夫婦の間に発生した亀裂が、孫娘の精神を疲弊させた。さらに、夫の家族までも孫娘を非難した。そこで、孫娘は完全に参ってしまったのじゃ。
じゃから、けして手放したくはない一人娘を、手放すことに決めた。
孫娘は風の精霊を使役できた。ゆえに、精霊に頼んだのじゃ。
魔力の気配がそうやすやすと分からぬ場所に、安息を得られる場所に、連れていってほしい、と。
妾は、孫娘同様にハーフエルフが生まれたとしか聞いておらなんだ。
孫娘は何年も妾のみならず夫さえも欺いて子を守っておったのじゃ。それを咎める気はない。
自由に生きてほしいと願うのは当然じゃ。
…一言でも、妾に言うてくれれば追い詰められる前に願いをかなえてやれたのじゃが。
「…貴方の孫娘は、どうしたの?」
そなたに拾われて育てられていることを知ったのじゃろう。
数ヶ月後、責め続ける夫とその一族の前で……自害した。
「その夫達は?」
奴隷に叩き落してやったわ。
子の将来は子の物。それを勝手に決めて、妾の後継者にと差し出そうとしたのじゃ。
奴らの魂胆は見え透いておったからの。
次期女王の親族としてエルフでありながらハイエルフと同等に扱われたかったのじゃ。
…妾に先に話を通すのが当然であろうに…。あのバカ者どもが。
「確かにね…」
…妾は、けしてそなたの娘を連れて行こうというのではない。
元気な姿を一目見たかったのじゃ。
そなたらが真実親子であるのなら、それで良いと思っておった。
「…で、このままでもいいと判断した、と?」
そうじゃ。
…頼んでもよいかの? 魔女殿。
妾の子らも、孫らも、ひ孫らも、末っ子である孫娘の悲劇を憂いておる。一番遠くに嫁いだゆえ、何もできなかったことを悔いておる。
そんな末っ子の忘れ形見。幸せになってくれればよいと思っておるのじゃ。
「…頼まれましょう、女王陛下」
何じゃ、急に…。
「貴方は、先ほど、『連れて行く』とおっしゃった。『連れ戻す』、ではなく。つまり、貴方はここが、カノンの家であり帰る場所だとおもっていらっしゃる。私達にとっての当然を尊重してくださる方に、敬意を表すのは当然です」
………。
「どうかなさいましたか?」
いや…。
ここは、面白いところじゃのぅ…。
「…貴方には負けます」
それ以上に、良いところじゃ。
のぅ、魔女殿。
「はい?」
妾は西の代表としてきたのじゃ。
西には人間の国は少ない。山脈から西ならなおのこと。
そのまとめ役は、妾なのじゃ。その妾が一人で人間の国に行き、状況次第では妾と同じ王族が人間の国に滞在するのじゃ。
混乱を招きかねん。
西の王達の了承を得てきたのじゃよ。
「…何の了承ですか」
山脈を盾にして閉鎖的であった国を解放することじゃ。
つまり、友誼を結びたい。東との友好の中心となったこのゲンデル、もっと言えば、そなた自身と。
それは西の総意じゃ。
「…ゲンデルの代表は都市長です」
わかっておる。言ったじゃろう?
そなた自身とも友誼を結びたい。ひ孫のことも心配じゃからの。
調べて、ここにたどり着くのに何年もかかった挙句、バカの愚言を頼ってしまったのは腹立たしいが、心配は心配なのじゃ。
「私としては構いませんよ」
…感謝を。
その後、さっさとパールの所に行って一日で再び同盟締結…。
ハリスさんと言い、女王陛下と言い、長命種の王族は準備が良すぎるだろう。
というか、これで西一帯(山脈向こう)と東一帯と同盟を結んだわけで…。
あれ?
ゲンデルって、もしかして最強最大勢力…?
後日、ハイエルフの少年(実年齢は数百歳)、つまりは女王陛下の孫が国家交流で来ることが決まったとか…。
大陸中の有名どころの王族(キョウを含む)が集まるんじゃあるまいな……。
長い上にシリアス…。
ミルドレッド女王の建国理由は軽い。非常に軽い。
以下、エーデルパレスの設定。
エーデルパレス
ガラク同様に西を代表する国家。
エルフ族の国(小さい)と西にある唯一の人間国家エディオス(大きい)が統合してできた。
理由は本文にて。
ミルドレッドの旦那さんが亡くなるまでは、王と女王が並立していた。
国土は広く、様式としてはヨーロッパ的なイメージ。
臣下達の苦労が半端ない(理由は本文にて)。
西にあるのは、ドワーフや竜人などの外見的に人間とは違う異種族の国ばかり。
その中で唯一国として維持されてきたエディオスの人々はかなり許容範囲が広く、順応性が高いと思われる。
一応、山脈向こう(ゲンデルより西)の国との交流もあるが、旧エディオス人に丸投げしてる。
基本的に異種族は人間を信用してない。
ガラクほどではないが、迫害された歴史があるので。
ちなみに、グランド主張の魔王討伐の際、後方支援していたのはミルドレッド女王。