ファイトいっぱつガンバレ若者
「凄いな君」
「何がだよ」
やけになって昼飯の弁当を暴食する俺に、ケロビンが話し掛けてきた。
本名は小井沢・K・ロビンという。
母親がイギリス人で、金色の髪の毛は生まれつきの女学生だ。
「いやいや。今朝のことさ。一組の赤嶺さんに真っ向から告白するなんて驚きだよ。命知らず此処に極まるというか、君ってそんなに熱い男だったっけ」
「恋をして変わったのさ」
「ふうん」
気の無い返事だった。
確かに赤嶺さんは俺と同じ新入生だというのにその容姿は際立っていて、それとなく話題になる人だ。
中間テストの成績も非常に高いものだったらしい。
そしてなにより立ち振る舞いが優雅で、本当に同じ学年かと疑ってしまうほど大人びている。
俺では釣り合いが取れないことは自覚している。
そう、今の俺では。
「で、ケロビン。俺をからかいに来たってのなら無駄だぞ。俺はまだ失恋したなんておもっちゃいない」
「ケロビンって言うな。いやそれはともかく、誰の目からも君は失恋したと見えるんだけどそれはどういう意味?」
ドゥユミーン、とか妙にアメリカンな発音だった。
完全に俺をからかっている時の口調だ。
だが俺は、最大限の男らしさを発揮してそれに答えた。
「知れたことだ。俺は彼女に見合う男ではなかった。今まではな」
「今まではって」
「そう、俺は本日彼女に振られた瞬間から、ただの俺であることを止めたのだ。そして俺は一秒ごとに彼女に相応しい人間となるべく、男を磨くことにした!」
俺は宣言した。
もうなんというか新しく生まれ変わった俺、つまりニュー俺の迸るエナジーが体内を駆け巡るのを感じる。
やってやるぜ俺、みたいな。
「見ていろよケロビン。明日の俺は、今日の俺よりもごっつうなっているだろう。未来の俺の姿を見て、せいぜい驚愕するが良いさ」
「ごっつうなるってなんだよ。それとケロビン言うな」
俺の後頭部を軽く叩いて、奴は自分の弁当を広げた。
とりあえず、彼女に相応しい男になるのが目的だ。
さて、何をどうしたものだろうか。
赤嶺さんは、言うまでもなく高嶺の花だ。
だがそれは、追いつけないレベルではない筈。
俺が相応しい男になれば、彼女の愛を得る障害にはならない筈だ。
ならないといいな。
今の俺はまだ相応しくないのでちょっと弱気になってしまっているのだが、それもこの瞬間までのことだ。
そして今から、俺は弱気ではなくなった。
彼女に相応しい男に一歩近付いたわけだ。
なんかよくわからなくなってきた。
整理しよう。
ええと、彼女は物腰が優雅だ。
俺も紳士たるよう心がけよう。
彼女は成績優秀だ。
今日から、だらだらせずに勉強をしよう。
彼女の運動神経について詳しくは知らないが、相手である俺の運動神経は良いにこした事はないだろう。
今の俺は可もなく不可もないくらい。
今日から身体を鍛えよう。
彼女は美しい。
これは生まれ持った資質も大切だが、身嗜みを整えるという努力も必要なはず。
おしゃれというものも、考慮せねばならないかもしれない。
「うおお、やってやるぞお!」
「今日の君はうるさいなー」
「俺のやる気に水を指すなケロビン」
「無意味にうるさい男を好きになる人なんていないよねー」
「……ごめんなさい」
「わかったならよし。素直なのは良い事だね。で、具体的には何をやるの」
「手をつけられるところから始める。朝は早起きしてロードワークに出てそれからお洒落にも気を付けて、勉強は予習復習かかさずに。授業も真面目に受けよう。余裕があれば更に本も読む」
「……身体を壊さないようにね」
「壊れても治せばいいさ」
「ああそうかい」
「一日二日では結果が出ないだろうが、三日坊主になることなく毎日続ければ一年後の俺は凄いことになっているだろう」
「……本気なんだ」
「ああ。応援してくれてかまわないぞ」
「……そうだねー」
溜息をつくな。呆れたような顔をするんじゃない。俺は本当に本気なんだ。
(作者言 少女がもっとも美しいのは、恋をしている時だという。じゃあ男が恋してると格好いいのか? っていうと、まあなんだ、イエスともノーとも言えない)