第五話「食後の談話」
練兵場を後にして、三人で食事をとることにした。
すっかり日も暮れたので、ランスロットに案内された食堂はガラガラだった。
運動後の俺とランスロットは大盛りメニュー、アイリスは少なめで。
「傭兵生活は順調かな?活躍は時々耳にするけど」
食後の会話を楽しむ。ランスロットは多忙な立場だ。ただ、数ヶ月ぶりの再会だから、多少長引いても問題ないらしい。
「実は、非常にマズイ事態に陥った」
ランスロットが軽く驚く。
「やる気が出ない」
場の空気が一気に弛緩する。
なんでだ?冗談じゃなくて、マジなんだけど。
「あぁ。その辺はアイリスの報告書にも書いてあったね」
「この人は私が依頼を受けてこないと、いつまで経ってもやろうとしません。いくらランスロット様から生活費を便宜してもらってるからって。堕落しきってます」
「え?ちょっと厳しくないですか?アイリスさん」
目を吊り上げる姿が若干恐い。
「今日は本当に、久々に、いつ以来か思い出すのも億劫なほど、あなたの勇姿を見ました。普段のあなたはもう、グダグダダラダラ……」
「えー、だってさー、依頼とか簡単すぎるしさー、張合いねーし」
あまりな言われっぷりに、ちょっと言い訳したら、アリシアの眼差しが冷やかになっていく。
「ヒモのくせに、生意気な」
「まだヒモじゃ――すみませんでした!」
やべぇ。マジで怖い。魔物の群れに突撃する方が全然マシだ。絶対零度の眼光に、震え上がった。
「まぁまぁ、【レオ】の言うことも一理あるんだろう?君の報告書にもそう書いてあったし」
ランスロットの半笑いの言葉に、アイリスが渋々ながらも頷く。
「【レオ】もほしかった知識が得られなかったかもしれないけど、経験を積むってことは絶対に無駄にならないよ?」
今度は俺が渋々ながら頷く。
だが、言い返そうと思ったところで、こちらに近づく足音が聞こえてきた。
「あら!こんなとこにいたのね」
和やかな雰囲気が消し飛んだ。
声の主は誰か分かっている。分かっているからこそ、無視しようとしたのだが、相手は先回りするように正面に移った。
「お話し中失礼します。ランスロット様。そして、久しぶりね。【レオ】、アイリス」
俺の天敵がそこにいた。
「エレイン!お久しぶりですね」
天敵に遭遇して、俺はよほど嫌そうな顔になっていたのだろう。アイリスが笑いをこらえながら挨拶を交わす。
【サジタリアス】の一員、エレインだった。
確か同い年くらいだったと思う。
ショートカットの金髪、強気な性格を体現する碧眼の眼差し。【サジタリアス】の団服らしい、黒い戦闘服に身を包んでいる。戦闘服には傭兵の証である、赤いバッジが縫いこまれている。
俺と異なり、バッジの色が赤である理由は、傭兵としてのランクによる。
傭兵になりたての場合、初心者ということで白いバッジが与えられる。実績を積み上げると一般レベルの緑となり、一流として認められると赤色に変わる。
彼女は二十歳未満であるにもかかわらず、一流の傭兵として認められているわけである。
もっとも、リーダーであるライルや俺は最高位の証として、青色のバッジを手にしているので、彼女よりも俺の方が注目を集めてしまうのだが。
最高位の傭兵として二つ名がある。俺の場合は【レオ】。【サジタリアス】は本来、ライルの二つ名だったが、今では傭兵団としての名前も兼ねている。
俺はエレインのことをゴリラ女と評しているが、容姿は美人の部類に入る。
そういう評価をしている要因は、この女の魔術にある。
エレインのタイプは攻撃型であり、ランスロットと同じく近距離型に分類される。その能力は身体能力強化だ。端的に言えば、力が増し、速さが上がる。
強化した彼女の腕力は、成人男性二人分のそれに匹敵する。ゆえにゴリラ。分かりやすい。
「えーと、【サジタリアス】の方かな?」
ランスロットが口を開くと、彼女は背筋を伸ばす。
「お初にお目にかかります。【サジタリアス】団員のエレインです。ランスロット様のことは団長のライルより伺っております」
ランスロットも自己紹介する。
「なるほど。あなた方のお噂はかねがね。明日の会合はよろしく頼むよ」
エレインは俺たちの関係が気になるようで、
「ランスロット殿の武勇伝も聞き及んでおります。……失礼ですが、この男とお知り合いだと」
俺への態度と雲泥の差だ。半眼で見つめていると、ランスロットと目が合った。
「ああ。そうなんだよ。個人的な付き合いがあってね」
エレインはよく分からないが、ライバル心を刺激されたようだ。
「そうでしたか。ただ、【悪鬼】の討伐は、我ら【サジタリアス】が成し遂げます。この男の出る幕ではありませんので」
それは助かることで。
ランスロットは苦笑しながら、
「それは頼もしいね。一応言っておくけど、今回の正式な依頼は【サジタリアス】にしか出していない。【レオ】は俺の独断であり、保険のようなものだから、君たちの実力を疑っているわけではないよ」
エレインは満足そうにうなずく。俺を一瞥して勝ち誇ったように微笑む。
正直、カチンときたが、無視する。
すると、それが気に食わなかったのか、さらに言い募ってくる。
「先ほどのランスロット様との訓練は見ていたけど。魔術の腕は悪くないのに、身体能力がお話にならないわ。私とランスロット様は同タイプ。私とやり合っても、同じ結末になりそうね」
「青になってから出直してこい」
俺の捨て台詞に対して、相手を見下すような笑みを浮かべると身を翻す。そのまま立ち去って行った。
なんとなく気まずい雰囲気になりながら、俺たちも食堂を後にした。
そのままだらだら歩いていると、
「あれでよかったのですか?」
アイリスが刺を含む口調で口火を切る。やはりというべきか、終始微笑みを浮かべていたが、内心は穏やかではなかったみたいだな。
「私は【レオ】が不当な評価を下されるのが嫌です」
アイリスは普段から礼儀正しい。そんな常に俺を立てる彼女が自分の感情をさらけ出すのは珍しかった。今日は色々あったが、これのおかげで悪くない一日だったと思える。
ありがたいことに俺に関して。こんな美人からそんな風に言われて、内心は喝采の嵐だ。表情には出さないけど。
「まぁ、確かにね。さっきの闘いは俺が優勢って見えただろうけど、君が切り札を使ってたら、どうあがいても俺に勝ち目はないし」
ランスロットはさすがに大人な対応だが、アイリスの意見が正しいとフォローする。
「そうです。あの戦いだけでカル――【レオ】の実力を推し量れるわけがありません」
おお。感情的になりすぎてる。俺の名前を言いそうになってるじゃん。まぁ、周囲に人の気配はないから大丈夫か。
「ただまぁ、使わなくてよかったよ。あれは閣下の超広域防護結界と同じくらい規格外だから」
アイリスも追従する。
「そうですね。ばれたりしたら、有名人になるどころか命を狙われかねないです」
俺自身、素直にそう思う。
強大な力を見せつけられて、尊敬するほど人は純真ではない。その力を利用するために味方に引き込もうとする者、脅威に思って排除しようとする者。いろんな奴が出てくるだろう。
後先考えず、あえて切り札を見せつけようという気にはならない。俺だってそこそこ重い過去を背負っているのだから。
物思いにふけっていると、
「じゃあ、俺はこの辺で失礼するかな」
ランスロットが分かれ道で俺たちとは別のほうへ足を向ける。
「ああ、じゃあな」
「失礼します」
ランスロットと別れてからしばらく無言で歩き続ける。
「アイリス」
「なんですか?」
言葉を交わしながらも歩みは止まらない。
「さっきの不当な評価って話だけど、俺はその他大勢からどう思われても正直どうでもいい。お前とランスロット、それからあの人に理解してもらえたらそれでいい」
アイリスは沈黙を選んだようだ。
「けどな、ひょっとすると、そんなこと言ってられる状況じゃなくなるかもしれない」
「……どういうことですか?」
アイリスが怪訝な表情になる。俺は考えをまとめる。
「なんつーか、ランスロットが俺を呼び寄せたってのが、どうにも気にかかる。油断してると、取り返しがつかなくなる気がする」
「それは、確かに」
アイリスにも気がかりだったようだ。
傭兵になってからは、俺たちの方が顔見せに来ることはあっても、ランスロットから呼ばれたことは一度もなかった。
「どうします?」
「とりあえず警戒して。油断はしない。あとは情報共有は密にって感じだな」
アイリスが頷く。
「了解です」
「じゃ、部屋に戻ったら、訓練前のライルにされた忠告を話すかね」
前へ向いていたアイリスが、思わずといった様子でこちらに振り返る。
「お願いします」
俺はたちは借り受けた一室へ戻っていった。