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眠れる獅子  作者: HAL
第一章
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第二話「悪鬼の黒炎」

 アークレイ到着後、指定された宿屋まで案内してもらう。

 馬車を降りるて荷物を宿へ預け、アイリスと二人で散策している時だった。

「五か月ぶりくらいですね?」

 確かにそれくらい前に、とある難病の治療依頼があった以来だ。

「ああ。変わらず、ここは活気がすげーな」

 俺は周囲を見渡しながら応える。

 商店街の賑やかさはいつ来ても変わらない。一時期は大都市の枠組みから落とされそうだったが、今ではそんな過去など嘘のようだ。

 依頼人との会合は翌日だ。今日一日は露店で売られている食べ物でも頬張りながら、ゆっくりするつもりだったが、街中には似つかわしくない女性の悲鳴が聞こえた。

 瞬間、二人の表情が緊迫する。

「アイリス、行くぞ!」

「はい!」

 俺たちは悲鳴が起こった場所へ駈け出した。

 場所はすぐに分かった。人だかりができていたから。ただ、誰もが遠巻きに眺めているだけで、近寄ろうとしない。

 男性が仰向けに倒れていて、その隣には恋人らしき女性がすがりついていた。悲鳴の主は彼女だろう。その女性の後ろに、騎士っぽい男性がいた。

 その騎士には見覚えがあった。

「【レオ】。あの人……」

「ああ。何があったか知ってそうだな」

 アイリスには俺のことを「カルヴィス」ではなく、「【レオ】」と呼んでもらってる。俺の正体がちょっと特殊なので、出自を他人に知られると面倒だからだ。

 ちなみに、【レオ】は俺の傭兵としての二つ名だ。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。俺の思惑など関係なく、事態は進んでいく。

「いやっ!死なないで……一緒に暮らそうって言ってくれたじゃない!」

 男性にすがりつくが、反応が返ってこない。見たところ外傷はないが、ぐったりしている。かろうじて意識があるといった風だ。

「誰か!誰かこの人を助けてくださいっ」

 悲痛な叫びだったが、誰もが何も言えずに、視線を背ける。

「ランスロット様!」

 ランスロットと呼ばれた騎士っぽい男が沈痛そうに男性を見つめる。ついで、周囲に視線を走らせる。その目が俺を捉えた途端、ランスロットの瞳が強く輝いた。

「【レオ】!」

 白を基調とした鎧姿なのだが、一般騎士とは違うアレンジが加えられている。ただ、胸にはフローベル侯爵の紋章が刻まれていた。

 帯剣していないが、それは彼が扱う魔術が代わりとなるからだ。そのうち、見る機会もあるだろうが。

 兜は被らず、赤い髪を振り乱しながら、走り寄ってきた。

 俺よりも背が高い。百八十五センチメートルくらいだろうか。

 ランスロット・マルサス。

 今回の依頼人であり、個人的な知り合いでもある。ガキの頃から世話になっていたりする。

 普段は温和で優しいイケメンなのだが、今は緊急事態であるから険しい表情だ。

「アイリスも!ホントによかった。いいタイミングで来てくれたよ!」

 端正な顔に満面の笑みを浮かべた。

「お疲れ様です」

 俺が手を挙げて、アイリスは言葉で、それぞれ応えた。

 彼は、フローベル侯爵直属の部下で、副官という立場だ。護衛も務めている。平民出身でありながら、二十五歳という若さで副官まで昇りつめたのは、その圧倒的な実力ゆえである。

 アーサー・フローベルは侯爵位を継ぐと、革新的な政策を推し進めてきた。

 もっとも有名な政策が平民の起用である。

 前侯爵が眠り病に倒れ、アークレイの人口が減少していく中、人材発掘が急務となっていた。

 今ではその政策が実を結び、保守的な古株も認めざるを得なくなった。ランスロットの副官就任が成果の典型例でもあった。

「で、どうしたんだ?こいつ」

 問われたランスロットの表情に影が差す。やはりというべきか、よくない話らしいと察する。

「兵が【悪鬼】にやられた」

 さすがに、俺もアイリスも表情が引き締まる。

「そういうことか」

 黒炎の治療を頼みたいのだろう。

 俺は改めて被害者の容体を診る。

 被害者の表情が苦痛に歪んでいる。黒炎のせいなのだろうが……

(普通、これほどの火傷だと、そもそも無痛のはずだぞ?)

 知覚できないはずなのに、なぜこれほど苦しんでいるのか?

 無論、患者が演技をしていると思っていない。

 また、患者の指先が痙攣している。

「筋肉が麻痺してんのか?」

 火傷で麻痺などあるのだろうか?もしかすると、黒炎のせいで神経がイカれたのか?

「彼は、助かりますか?」

 被害者の手を握っていた若い女性が、藁にもすがるように問いかける。

 被害者の男性も、苦痛にゆがめた顔を向けてくる。

 対して、俺は肩をすくめる。

「必ず、助かるなんて無責任なことは言えないな。俺にも治せなかったケースはあるし」

 女性の表情が硬直する。次いで、今にも泣きだしそうになる。

「あれ?そんなの、ありました?」

 アイリスが小首をかしげる。

「被害者に引き合わされる前に、亡くなったとか。治療を終える前に、被害者が力尽きて亡くなったとか」

「じゃ、じゃあ!」

 女性の瞳に、希望の灯がともる。

「治療が終わる段階まで生きていれば、治せなかったことはないな」

 聴衆からもざわめきが生まれた。

「ただ、さすがに不治だからな。アイリス、手伝ってくれ」

「うん」

 アイリスが発動用の魔法円を展開した。

 彼女の能力は珍しい特殊型で、交信型と本人は謳っている。

 その名の通り、他者と遠く離れていても交信できる能力だ。実際、俺と何度も遠距離交信を行っている。

 彼女の能力がこれだけならば、手伝ってもらう必要はない。

 彼女の真価は別にある。それは、魔力操作。

 交信した相手の魔力に干渉することができる。つまり、相手の魔力を乱して魔術の発動を妨害することも、反対に相手の魔術処理を分担して構築速度を速めることもできる。

 交信を通して、彼女の魔力が自身の中に流れ込んでくるのを感じた。

 見物人は何をしているか分からないだろうが、何となく支援していることだけは察しただろう。

「じゃあ、始めるか」

 俺自身も魔法円を出現させた。

「あれが……ホワイトホール」

 見物人の一人が、彼の魔法円の二つ名をつぶやく。

 俺の魔法円は他の魔術師のそれと違い、純白で染められている。それゆえ、いつからかホワイトホールと呼称されるようになった。

 改めて黒炎の痕を注視すると、初見では気づかなかった違和感を覚える。ただ、違和感の正体が分からない。

 とりあえず、黒炎は火傷の類いなのだ。その治療を試みる。

 ホワイトホールから淡く白い光が黒炎へ放出される。

 何も起こらない。通常ならば、これで治療が進むのに。

 見物人の中から「やっぱり……」という声が漏れ、患者の瞳に諦念が宿る。

 その態度に苛立ちを覚える間もなく、考えを巡らせる。

 魔術は発動した。失敗してないし、妨害されてもいない。間違いなく成功したのに、治らない。

 確かに、噂の通りだ。これはただの魔術ではない。

「さて……どうしたもんか」

 俺はさらに考える。

 火傷の治療が成功しているのに、治る兆候すら生まれないということは、

 これは、火傷ではない?

 火傷に見えるが、火傷ではない。

 【悪鬼】の噂を思い返す。

 まるで、蜃気楼のごとく、いつの間にか姿を現し、そして消えていく。

 患者のちぐはぐな症状。

 そして、先ほど感じた違和感。

 違和感の正体は魔力ではないか?今までの経験から培われてきた感覚が、魔力を感知したのではないか?【悪鬼】の魔力を。

 違和感を覚える部分は、当然ながら黒炎の痕である。

 意識を集中する。害意を持った魔術に対して、俺の第六感は非常に鋭敏だ。

 果たして、魔力は感じられた。

 ただの火傷なら、魔力を感じるはずがねーよな。ってことは、これは魔術か!

 これまでの情報を組み合わせると、一つの仮説が浮かび上がる。

 この痕は、火傷に見せている?

 全てを理解した。

「そういうことか……」

 呟く俺に、視線が集中する。

「分かりました?」

 アイリスが質問する。

「ああ。【悪鬼】の黒炎が、不治って言われてる理由がよく分かった」

 周囲が息を呑む。ランスロットが代表して質問する。

「どういうこと?」

「まぁ、見てろ」

 俺は、病人にかけられた魔術を解除した。種が割れれば、対処は簡単だ。

 すると、何かが壊れるような亀裂音が響いたかと思うと、傷痕が一瞬で変化した。黒ずんでいた皮膚が、赤く腫れていた。皮下出血が起きているかもしれない。

 被害者にかけられた魔術、幻術の消失を確認すると、俺は本当の原因である毒への対処を始めた。

 周りの動揺がはっきりと伝わってくる。

「火傷は、幻術だった?」

「そういうことだな。こいつが食らったのは、黒炎じゃなくて、幻術で覆い隠した毒液ってとこじゃないか」

 ランスロットの驚愕の問いに、俺は推測も交えて応える。

「なるほどね。そりゃ、毒に対して、火傷の治療なんてやっても治るはずがないなぁ」

 先ほどの不治という理由が、ようやくランスロットたちにも理解できた。

「でも、何で毒を使えるのでしょう?魔人といっても、元は人間です。毒蛇とかじゃあるまいし」

 アイリスが首を傾げるが、俺はやや投げやりに、

「知らん。興味ねーし」

 アイリスがやれやれと首をふる。そこで、ランスロットが助け船を出す。

「もしかしたら、魔人化する前は、毒を専門に扱う薬師だったのかもしれないね。毒を飲むことによって耐性ができてきて、次第に毒を生成する特殊な身体になってしまったとか」

 治療を続けながら、考える。

 ないとは言い切れない可能性だ。

「そうだな。あるいは、生前は毒殺されそうになったとか。死にたくないから、魔人化して。で、その時に毒も身体の一部と解釈されてまとめて魔力化したとか?」

 興味なしと言ったものの、別の可能性を披露してしまった。が、構わず続ける。

「とりあえず、事実として言えるのは、【悪鬼】の魔力には毒が含まれている。物質としての毒じゃなく、魔力としての毒――魔毒とでも言うべきか?――だから、普通の解毒剤じゃ治せないってことだな」

「魔毒……」

 アイリスが繰り返す。

「症状としては、蛇の毒と同じだな。出血毒と神経毒。激痛を伴うのが出血毒。身体を麻痺させるのが神経毒」

「【レオ】、すまないけど、そのあたりに関しては、後で報告書にまとめてほしい」

 ランスロットの要請に面倒そうな顔を隠せないが、俺は了承し、説明を続ける。さすがに、命に関わる話なのだから、手を抜けないな。

「で、この魔毒は魔力に含まれているって言うよりは、魔力そのものが毒化しているって言った方がいいかもな?」

 ランスロットが少し慌てる。

「ちょっと待ってくれ!それはつまり、黒炎だけじゃなくて、他の幻術を食らっても毒されるってこと?」

 俺はあっさりと頷く。

「多分な。回復型としては、【悪鬼】とやり合った兵士には、毒性の確認をするべきだと思うぞ?」

 ランスロットはそばに控えていた医者に指示を出す。

 俺はそんなランスロットの姿を横目に、被害者の解毒術、治療術を続ける。終わりが見えてきた。患者の顔色も少し明るくなってきた。

「な、治るんですか!?」

 女性が勢い込んで尋ねてくる。

「ん?やめた方がいいか?」

 女性が首の骨を痛めそうな勢いで、首を横に振る。同時に、アイリスから脳天に手刀を叩き込まれた。

 ちょっと痛かった。

「終わったぞ?」

 アイリスも交信術を解除している。すべてが問題なく完了したことを彼女も感じ取れているのだ。

 女性は感極まったのか、患者に抱きつく。男性が震える手で抱きしめると、泣きだしてしまった。

「ありがとう……ございます」

 患者が感謝の言葉を口にする。

 患者が上体を起こそうとするので、やめさせた。

「あんたは病人だ。毒は取り除いたし治療もしたが、出血で失われた血は戻らない。しばらくは安静にしてろ」

「はい……」

 しばらくすると、俺が口を開く。

「あんたは【悪鬼】を目撃した貴重な生き証人だ。そのうち、ランスロットに報告しろよ?」

 患者は再び頷いた。

 しばらく様子を見ていると、背後から押し殺した声が投げられた。

 ちょうど指示を終えたランスロットが、改めて俺に向き直る。

「さすがたね。君に頼めば、なんとかなるって気になれるからいいよ亅

 しかし、俺は誇ることなく、会話を続ける。

「で、話を戻すぞ?今の理屈で言うと、【悪鬼】のタイプが特殊型の中の幻術型ってことになるけど?」

 ランスロットは真剣な表情でうなずく。

「うん。むしろ、それだとすると、奴が神出鬼没である理由も、説明できそうだからなぁ」

 幻術を使って自分の姿を見えなくしている。そんなところなのだろう。

「【悪鬼】の黒炎を治療できるだけじゃなく、その能力も見当がついた。いやー、君を呼んだのは、やっぱり正解だったよ」

「そのようだな」

 唐突に響いた重厚な声音に、俺もランスロットも誰もが振り向く。

「これは。閣下」

 振り向いた先にいたのは、アーサー・フローベルがいた。フローベル侯爵にして、この都市の最高責任者である。

 短めのライトブラウンの髪を逆立て、髭を蓄えている。強面という表現がしっくりくる風貌だ。

 白を基調とした鎧の上に、赤のマントを羽織っている。

「お久しぶりですね」

 俺は軽く一礼する。

先ほどまでの尊大ともいえる態度はなりを潜め、アーサーに対して明確な敬意をもって接している。

 その変わり身を見て、野次馬が驚愕していた。

「ああ。さすがだな。【悪鬼】の黒炎を看破するとは」

 侯爵が我がことのように誇らしげに微笑む姿に、度肝を抜かれる見物人が何人かいた。

 片やリベリナ王国の侯爵。片や最高位とはいえ一介の傭兵。なぜ、二人がこれほど親密な関係に至ったのか、ほとんどの人間が不思議でしょうがないのだろう。

「……いつもと違って、時間制限もないですからね」

 小声でつぶやくと、アーサーは一瞬だけ物憂げな表情を見せた。すぐに戻ったが。

 ともかくとして、俺はランスロットに視線を向ける。

「で、ランスロット。俺の役目はもう終わりか?」

「ああ。おかげで助かったよ」

 一つ頷くと、侯爵へ向き直る。

「では、これで失礼しようかと思います。閣下」

「ご苦労だった」

 俺とアイリスがその場を去ろうとすると、侯爵がさらに声をかけてきた。

「……よく来てくれた」

 立ち止まる。肩越しに侯爵を見つめ、

「あなたには大恩がある。要請ではなく、命令だったとしても来てますよ」

 野次馬が呆気にとられる様を、視界の片隅に留めながら、また歩き出した。

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