第十五話「変化の始まり」
俺は目を覚ます。
「あ、カル……」
起き上がると、アイリスが気がついた。
普通の睡眠だったが、起きるのが億劫になる。疲れをとるために休んだはずなのに、身体から疲れは全くとれない。
深いため息をついて重たい上半身を起こすと、彼女が何か言いたそうな表情をしていることに気づく。
「アイリス?どうした?」
彼女は意を決したように、
「眠り病についてばれました」
「は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。分かった直後から凍りつく。
そういえば、眠り病の魔法円が発動した時、思いっきり見られてたか。すっかり忘れていた。
アイリスは言いにくそうに続ける。俺が言われたくなかったことを。
「あなたがあなたが閣下の甥、カルヴィス・フローベルであることも」
思わず、頭を抱えた。
「誰に?」
「あのとき、あの場にいた者に。今では、アークレイの全住民に」
あのときとは俺がアーサーのもとへ駆け込んだときだろう。
しかし、アークレイ全域に噂が駆け巡ったということは、今回はいつも以上に長く寝ていたのか。いや、そんなことはどうでもいい。
「誰が?」
「ランスロット様が」
答えは想定内だった。知っているのは、倒れたアーサーを除けば、ランスロットとアイリスのみなのだから。
「なぜ?」
次々と質問は出てくるが、思考は停止状態だ。はっきり言って動揺していた。
ランスロットが自分を裏切るわけがない。なぜ、ばらすような真似をしたのか?考えがまったくまとまらない。
「ランスロット様を責めないで。あの方は、あなたのためにならないと分かりながらも、言わずにはいれなかった」
「……どういうこった?」
「あなたが昏睡状態に陥ってから、すぐさま緊急会議が開かれて。誰がトップに立つかと、【レオ】と【サジタリアス】の処遇が議論された」
アーサーの部下は野心にあふれる者が少なくない。純粋にアーサーを慕っているのはランスロットくらいだろう。
会議の間は、貴重な戦力を手放したくないために、アイリスも俺とともに軟禁状態だったらしい。それは、【サジタリアス】も同様だった。
ただ一人、ライルのみが会議に参加したようだが。
「ライルは当初、依頼人が死亡したため、契約は白紙となったと主張した。対して、アークレイ側は誰がトップに立つにせよ、契約の続行を迫った」
【サジタリアス】については、前向きに検討するという建前のもと、保留で了承されたらしい。
「ただ、あなたについては……」
アイリスが言い淀む。俺には彼女の言おうとしていることが何となく分かってきた。
「カルが最初から戦っていれば、閣下が倒れることもなかったと。明らかに怠慢だと……」
何も知らない者からすれば確かにそう思うだろう。格好の攻撃材料だったわけだ。非戦闘要員として雇われたといっても、あれだけ戦っちまえば大した意味は持たなくなるか。
活躍しすぎて不遇な結果になるなんて、人生で指折り皮肉になるな。苦々しさが込み上げてくる。
きっと俺を擁護する者はその場でいなかったのだろう。ただ一人を除いて。それが誰かは言うまでもない。
「ランスロット様はあなたが不当な理由で非難されることに耐えられなかった。あなたの部下であるべき人たちが、あなたを使い走りにしようとしてるのが許せなかった」
結果、俺の身分が明かされた。同時に、眠り病にかかっていることも。
「それに、市民の中にも、あなたのことを悪く言う人が出てきてた。あなたが今まで築き上げてきた名声が地に堕ちることを、ランスロット様は危惧した。あなたが故郷に戻れなくなる可能性を恐れた」
そこそこ市民と関わる機会はあったが、全市民と会うのは不可能だ。俺のことを知りもしない奴が好き勝手ぬかしたんだろうが。舌打ちしてしまった。
「クソ……」
「武官、文官。誰かがあなたの流言をばらまかせた可能性はあります。でも、後手に回ってしまい、確たる証拠も見つけられません」
【悪鬼】と戦うことはしないくせに、妙なところで活動するんだから始末に負えない。
それで、最後のカードを切った。切るしか道はなかったわけだ。
沈黙した。しばらくの間、言葉を発せなかった。
アイリスが弁護する気持ちも理解できた。ランスロットが真実を告げた理由が俺のためと、アイリスも悟っていたからだ。
俺としても、感謝こそすれ、責める気持ちなど起きない。
「ランスロット様のおかげで、カルの評判が失墜することは避けられました。何もかもばれてしまったけれど」
「なるほどな」
俺はようやく応えた。寝ている間に、随分と状況が変わってしまったんだな。
「まぁ、過ぎたことはしょうがねーか」
アイリスは意外そうに、
「あまり、驚かないのですね」
「一応……覚悟してたからな。それでも、伯父上の助けをすると決めたんだ」
ただ、できれば露見しないことを祈っていたが。
「カル――」
「大丈夫だ。アイリス」
アイリスが言いかけるのを制した。
「ランスロットを責めたりしない。ぶっちゃけアークレイすべてを敵に回してもいいが、俺はランスロットは絶対に敵に回さない。俺はあいつの味方だし、信頼はこの程度じゃ揺らがない」
アイリスがホッとした。
「私もずっとあなたの味方です。今までも、これからも」
「ありがとう」
さっきまでの張りつめた空気は雲散霧消した。和やかな雰囲気になった。と、思ったら、
「それでその……」
まだ続きがあるらしい。
「えー、もうお腹いっぱいなんですが?」
本心なので、嫌そうな口調を隠せない。
「アーサー・フローベルの後任はカルヴィス、あなたに決まりました」
片眉が上がる。
ある意味では当然だ。俺はアーサーと血のつながりがある。だが――
「よくその他大勢を説得できたな」
俺を使い捨てようと軟禁なんて真似をする奴らが、大人しく信じるのか?
その疑念を予測していたのだろう。アイリスが一つ頷き、
「もちろん、あなたの出自を疑う人は何人もいたみたいです。でも、ランスロット様は閣下からの手紙を公開しました」
その内容は、俺が正当な後継者であること。また俺を後任者にすることを明記していたとのことだ。
「さすがに伯父上だな。手回しがいい」
俺が覚悟していたように、アーサーも予見していたのだろう。あるいは、だからこそランスロットも決断したのか。
仮に俺の過去を探る輩が現れても、すでに対処はなされているのだろう。
改めて叔父の偉大さがよく分かった。
「なるほどな。状況はよくわかった」
もはや、これまで通りではいられない。これからは侯爵として、アークレイのトップとして行動しなければならない。
めんどいことになりそうだ。
だが、そんなことは二の次だ。まずは、【悪鬼】。あいつをどうにかしないと、俺は前へ進めなくなった。
「で、ランスロットは今どこだ?」
アイリスが顔を伏せて口ごもる。不審に思っていると、
「自宅で謹慎中」
「は?」
理由は端的に伝えられた。
「あなたを怠慢だと罵った奴を、ぶっ飛ばしたから」
呆気にとられた。




