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眠れる獅子  作者: HAL
第三章
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第十四話「休息」

 一日に二回もこの世界へ訪れたのは、今日が初めてだ。

 一度目と変わらず、湖のほとり。毎回、景色が変わっていたから、変わらずってのも初めてだな。

 今日は初めて尽くしだわ。

 そんなことをふと思ったが、よくよく考えると悪いことしかないが。

「よう戻ってきたのう」

 メデューサが水辺からこっちへ、ゆったりと歩み寄ってくる。

 視線を向けたけど、それだけだ。正直なところ言葉を交わす気力もない。

 そいや、強制送還された時は、俺と対等以上なのはお前しかいないとか、言ったっけな。

 自嘲する。

 結局、【悪鬼】にも妖刀にもいいようにあしらわれただけだ。

 俺はかけがえのない人を失い、あいつらは五体満足だ。

 いつの間にか、メデューサの顔が目の前にあった。

「カルヴィス。お主、大丈夫か?」

 俺はそんなにひどい顔をしているのか?メデューサの表情が曇っている。

「ダメだな」

 素直に吐き出された言葉に、メデューサは一瞬唖然とする。

 なぜ、そんな顔をするのか?

 ノロノロと思考を働かせて、ああと思い至る。

 今まで俺は、この魔女に対して弱音を吐いたことなんてなかった。

 戦闘において、どれほど形勢不利だろうと、虚勢を張ってでも弱みを見せなかった。

 なのに、その俺が至極あっさりと本音を漏らした。多分、初めてだ。

 痛ましそうに俺を見つめるメデューサ。でも、それ以上、何も聞いてこない。

 何もする気が起きなかったので、メデューサの顔を見つめる。

 段々とメデューサの顔が近付いてくる。

 真紅の唇がよく見える。

 俺のと重なった。

 やわらかい。

「よけないのう」

 嬉しさといたましさが同居したような、なんとも言えないような表情のメデューサ。

「ああ。そうだな」

「なれば、妾の好きなようにさせてもらうぞ」

 そう言うなり、キスの雨を降らす。

 最初は唇が触れるだけ。

 しかし、徐々に濃厚な口づけに変わっていった。

 それは蹂躙するようでも攻めるようでもない。

 この魔女にはありえないことに、慈愛に満ちていた。

 キスされたことにも驚いたが、それについても負けず劣らず驚いた。

 でも、襲うようなものでなかったら、抵抗しなかった。

 もう……疲れたからって理由もあるが。

 唇が離れ、メデューサがにっこりと笑う。

 頭の蛇が一斉に躍りあがる。

 あ?殺られる?

 一瞬、そう思ったけど、蛇はどれも俺を見ていない。

 なんだ?

 顔から視線を移す。

 蛇から普通の髪の毛に戻った。メデューサの身長よりも長い、艶やかな深緑の髪へ。

 今のメデューサは、もはや魔人ではなく、人間に見える。

「は?」

 すごく間抜けな声を出したと我ながら思う。

「どうしたのじゃ?見惚れておるようじゃが」

 メデューサが面白がるように問いかけてくる。

「いや、まぁ。確かにきれいだわ……」

 咄嗟に口から出てきた言葉は、今までのように肩肘張った返答ではなかった。

 魔女ともあろう者が挙動不審になった。称賛されるとは本気で思わなかったんだろう。顔がみるみる真っ赤になった。

「どうした?動揺してるみたいだけど」

「ふん!まぁよい。お主の唇は手に入れた。第一目標は達成じゃ」

 急ににんまりと邪悪な笑みを浮かべる。

「あー……第一って?」

 恐る恐る問いかけると、我が意を得たりとうなずく。

「うむ。当面の目標じゃ。ちなみに、第二の目標はお主の心を手に入れること。この段階で、妾なしでは生きられなくなるぞ?

 固まる俺。

「そして、第三にして最終目標がお主を魔人化させること。そうなれば、妾と未来永劫一緒じゃ」

「えーと、できんのか?そんなこと」

 本気で言ってるものの、強制する気はなさそうだ。本物の恐怖は感じないが、感じないのだが、対応に困る。

「妾に不可能はないっ!」

 堂々とした物言いだな……

「なんつーか、自意識過剰もそこまでいけば、立派だと思えてくるな」

 いっそ清々しささえ感じられてきた。

「うむ。ついに妾の虜となったか。よきかなよきかな」

 ため息が漏れる。まぁ、元気づけてくれてんだよな。目がマジっぽいけど。

「で、結局さ、その髪はどうしたんだよ?」

「聞いてくれるか!聞いてくれたのはお主が初めてじゃ……実はの、妾はある邪悪な魔術師によって、無理やり魔人にされてしまったのじゃ」

 メデューサが瞳を潤ませる。辛そうに語り始めた。見事な泣き真似だ。

「その際に呪いもかけられてしもうた。その呪いを解く唯一の方法が、真なる愛に目覚め、聖なる口づけを交わすことじゃった」

 絶望に打ちひしがれたような声で物語を紡ぐ。

「妾はどん底まで突き落とされた。じゃが、ついに巡り会えた。運命の人と」

 そうか。それはよかったな。

「お前、演技力はクソだな」

「むぅ。さすがに無理があったか……」

 メデューサが頬を膨らませる。

「誰のおかげで、俺が呪いに強くなったと思ってんだよ。目の前の相手が呪われてるかどうかなんて、一瞬で判断できるっての」

 ため息をついて、

「で、本当のとこは?」

「秘密じゃ。謎が多い女ですまんがの――」

 最後まで言い終わる前に、強引に口を塞いだ。唇を離すと、

「せ、積極的じゃな」

「よくよく考えたら、お前に遠慮する理由がねーしな」

 珍しく慌てるメデューサに、我ながら余裕をもって反論して覆いかぶさった。

 どれくらい時間が経ったのか?

 俺たちは抱き合って寝転がっていた。

「不思議なもんだな。こんなことになるとは夢にも思わなかった」

「そうじゃのう。長生きはしてみるものじゃな」

 メデューサの髪を撫でると、顔を俺の胸へ寄せてきた。

「後悔しておるか?魔人である妾とこんな関係になってしもうて」

「いや」

 俺はゆっくりと体を起こす。自然、メデューサも起きる。

「ありがとな。おかげで、少しは元気になったと思う」

 メデューサは微笑を浮かべた。

「じゃ、戻るわ。やらなきゃなんねーことがあるから」

 メデューサは何も聞かない。ただ、頷き、

「またの」

「ああ。また明日」


 現実界に戻ったが、俺はしばらくベッドの上にいた。

 上半身は起こし、背は壁に預けた。

 もう、あの戦いの事後処理は終わったのか?

 アーサーは帰らぬ人となった。

 その事実を改めて思い知る。

 また、気が重たくなってきた。否応なく現実を直視しなければならない。

 だが――

 俺の心は壊れているのかもしれない。

 アーサーが倒れたというのに、俺は冷静に、冷徹に、戦い続けた。

 俺は……叔父上を恨んでいたのか?死んでほしかったのか?

 自らが継ぐはずだった侯爵位を、アーサーにとられたことを密かに妬んでいたのか?

「そんなことはないですよ」

 我に返ると、アイリスに抱きしめられていることに気づく。

 アイリスが部屋の中に入ってきたことも、想いを口に出していたことにも気づかなかった。

「だって、ホントにそう望んでいたら、そんなに動揺したりしないです」

 アイリスが優しく背中をさする。

「こんなにも苦しんだりしない」

 声も出なかった。ただ、彼女の背中に手を回す。すがるように。

 彼女は抱きしめ返してくれた。強く強く。

 そのの温かさが身に染みた。

 アイリスを抱きしめながら思う。

 彼女に、どれだけ助けられただろう?その優しさに、どれだけ救われただろう?

 魔女に魅入られて、親は二度と目覚めぬ眠りに堕ちて。人生を諦めていた。

 周囲の人間を、どこか冷めた目で見ていた。

 目標を熱く語っている奴。幸せを噛みしめている奴。いろんなのがいたが、意識して視界から外すようにした。

 魔術書を調べ、依頼も漁り、でも成果は出ず。

 心の奥底では、眠り病を解くことを諦めていた。認めたくないけれど。

 そして、ランスロットから生活費を援助してもらっていくうちに、甘えが出てたんだな。

 それで、俺が死ぬなら自業自得なのに、代償を払うのは俺じゃなかった。

「アイリス、ありがとう……」

「ううん。気にしないでください。私はあなたのそばにいます。いつまでも」

 彼女は優しく微笑んだ。

「俺はいつ死ぬか分かんない。そんな無理しなくても――」

「私は命令されてここにいるのではありません!私の意志で、私自身がここにいたくているのです」

 普段は俺を立ててくれるのに、今日は語調が強い。

「あなたがいなくなったら、私が生きる意味もなくなります」

「そんな重たく考える必要はないぞ?第二の人生を歩んでくれても」

 俺は縛られて生きている。その辛さを知っているからこそ、俺に縛られて生きてほしくない。

「私も、父も母も、死ぬはずでした。すべてに見捨てられて。でも、あなたが救ってくれた。それでどんなに救われたか、今までのようにこれからも行動で示していきます。何を言われようと」

 実は、そういう答えを期待していたのかもしれない。目頭が熱くなった。

「控え目に言って、最高の女だな」

「ようやく気づいくれましたね」

 一転してうれしそうな顔になった。

 しばらく眺めていたいと思ったけど、不意に睡魔が襲ってきた。魂がもってかれる眠り病の方じゃなく、純粋な身体を休めるための睡眠だ。

「悪い……少し……寝るわ」

「ええ。おやすみなさい。カル」

 今は休む。

 起きたら、反撃を始めてやる。

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