表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠れる獅子  作者: HAL
第三章
14/31

第十一話「封印術」

 俺はベッドから飛び起きた。

「カル!嘘……」

 アイリスに呼ばれたことは気づいたが、反応する余裕がなかった。

 今しがた、俺はメデューサ―の夢幻界にいたのに、現実界へ強制的に引き戻された。

 戻った瞬間から、圧倒的なプレッシャーが我が身を襲う。気を抜けばそのまま押しつぶされてしまうと錯覚するほどの、強烈な圧迫感だった。

 まるで、心そのものを鷲掴みにされたかのようだった。

 今までただの一度として揺るがなかった強固な呪いが、あの魔女が創りだした奥義ともいうべき呪術が、実にあっさりと関わることを拒否する。

 その事実に、改めて戦慄する。

「カル。まさか……目が覚めたの?」

 信じられないものを見るようなアイリスの顔がすぐ近くにあった。彼女もプレッシャーに苛まれているのか、若干顔色が悪い。

 【悪鬼】ってのはこれほどなのか。メデューサ以来の恐怖が押し寄せてきた。思わず、悪寒に身震いする。

「ああ。今……何がどうなってる?」

「ガルムを引き連れた【悪鬼】の強襲」

「やっぱりか……」

 アイリスのその言葉だけで、何が原因か分かってしまった。

 予期していたかのような俺の言葉に、アイリスは怪訝な顔になるが続けてくれた。

「これほどの魔力ですから、閣下とランスロット様、私は気づきました。お二人とも迅速に騎士団と【サジタリアス】を招集し、戦闘準備を整えました」

 強襲といっても、迎撃態勢はできてたわけだ。

「ランスロット様がこちらにいらっしゃいましたが、その、カルが眠り病発動中だと知って、諦めてお戻りになりました」

 協力を仰ごうとしたんだな。きっと。

「そして、予期せぬ問題が発生しました。」

「何?」

 アイリスが震える声で、

「【悪鬼】の刀が超広域防護結界を消滅させました」

 アーサー・フローベルの結界が消された?それは初めての事態だ。

 思わず聞き返そうとしたが、こんな状況で冗談を言うわけない。

 それに、いい加減気づいた。

 さっきまでは【悪鬼】の強大な魔力にばかり気を取られていたが、本来アークレイを覆っているはずの結界の魔力が感じられない。それは、アイリスの言葉が紛れもなく事実であることを意味する。

 メデューサの眠り病、強制送還に続き……

 ったく。今まで順調すぎたかもしれねーけど、こうも次から次へと色々起きるのかよ。

 苛立ちが抑えがたいが、何とか落ち着こうと深呼吸する。もう戦況は動き出してるんだから。

「誰が戦っている?」

「ガルムには、騎士団と【サジタリアス】が。【悪鬼】には……ランスロット様と閣下が」

その時になってようやく、カルヴィスは彼女が魔術を発動していることに気付いた。

「交信相手は伯父上か?」

「はい。ちょっと待ってください」

 彼女が手の中の魔法円を操作する。すると、俺も交信対象に加わった。

『アイリス、どうしたのだ?黙り込んで』

 アーサーの声が届いてきた。

 彼女の交信術は使い勝手が非常にいい。複数の交信対象者が彼女を経由して交信することも、今では問題なくできるようになっていた。

 【悪鬼】と戦うのは厳しいと判断して、アイリスの魔力操作を要請したのか?どんな理由にせよ助かった。これで、状況の把握が迅速にできる。

『おはよう。伯父上』

『カ、カルヴィス!』

 顔を合わせていないが、アーサーが驚愕していることが手に取るように分かる。

『お前……大丈夫なのか?』

『寝てる場合じゃなかったですね。そこにいる化け物の魔力に当てられて、跳ね起きました』

 アーサーはしばらく黙りこんでいたが、

『なるほどな。実際手合わせしてみると、そうなってもおかしくないと思えてしまう』

 その言葉に、俺の緊迫感も増す。メデューサの眠り病が強制解除されたのは、人生初なんだ。それほどの異常事態を受け入れてしまうほど【悪鬼】は強大なのか?

『今、どんな感じですか?』

『何とか凌いではいるが、私一人ではどうにもならなかっただろうな』

 アーサーが率直に負けを認めている。俺は驚きを隠せない。ランスロットとアイリスもいるのに、膠着状態っていうのかよ。

『こいつは黒炎だけではない。疾風迅雷と思わされるほどのスピードを誇る。アイリスの魔力操作からの干渉によって、幻術は阻止できているが、肉弾戦だけでも殺されそうだ』

 俺は即座に立ち上がる。眠り病から生還した時に襲われる倦怠感はない。強制的に眠り病が解除されたせいか、あるいはプレッシャーで吹き飛んだか。

 前者はないかもしれないが、後者は絶対にあるな。

『とりあえず、そっちに行きます』

『……分かった。頼む』

 アーサーは迷いながらも受け入れる。

『魔人化が失敗したのか、こいつには理性がない。ただ、破壊衝動に突き動かされているだけ。だから、駆け引きなど通じない。おそらく、どちらかが死ぬまで終わらない』

 アーサーの交信に、了解の意を示す。

 アイリスへ向き直る。彼女は不安げだったが頷く。

「気をつけてください」

「ああ」

 今の話を聞く限り、【悪鬼】と戦ううえで彼女の力は不可欠だ。

 幻術を対処しつつ、高速戦闘をこなさなきゃならないんだから。

 俺は魔術なら驚異的なスピードを誇るが、戦いは不得意な方だ。眠り病のために身体を鍛える時間がとれないのだから仕方ない。言い訳かもしれないけど。

 装備を整え、早々に部屋を後にした。


『市民の避難が間に合いませんでした。なので、家や避難所から一歩も外へ出ないよう厳命が下っています』

 結界があるゆえに、誰もが油断してしまった結果だな。

 苦々しく舌打ちしながらも街へ出た。

 幸いなことに、市民と遭遇することはなかった。

 喊声が聞こえてくる方角へ向けて一直線に駆け抜ける。

 やがて、一つの戦場にたどり着く。

 【サジタリアス】とガルム三体。

 エレインと名前を知らない団員二名だ。一人一体相手にしてるが、捌ききれてない。

 ガルムが俺に気づいた。二体向かってくる。

『アイリス!ガルムが二体来たっ!封印術を使うぞ!』

『っ!分かりました』

 両手に魔法円、ホワイトホールを展開する。

 それを左右から襲いかかってきたガルムに向ける。左のガルムは大地を疾走して。右のは跳躍して。

 ホワイトホールから放たれる白き光がそれぞれのガルムを捉える。光と接触した途端、二体のガルムは硬直した。しかも、右のは空中で。

 【サジタリアス】が瞠目してる様を、視界の端で捉えた。

 数秒後、二体のガルムは跡形もなく消滅した。さっきまで存在していたことが嘘のように。

『助かった』

『いえ』

 今の魔術は、防御型の一つ、封印術。特殊型に匹敵するほどの希少な型だ。

 防護術はアーサーのそれを、白刃はランスロットの武器創造を参考にした。

 そして、封印術はアイリスの魔力操作を見て、閃いた。これは、解呪を発展させた魔術といってもいい。

 効果は、対象者の魔力と同調し、文字通り封印するものだ。

 解呪では、呪いの構成を見切った後に、その魔術を鎮静・停止させる。

 しかし、封印術においては、魔力そのものを停止させる。

 ただの人間であれば、魔術が使えなくなるだけだ。俺が解除するまで。あるいは、死ぬまで。

 エレインとの決闘においても、俺はこの魔術を使って、瞬間的に彼女の魔力を封じた。結果として身体能力強化の魔術は一度消失したのだった。

 人間相手ではその程度の効力しか発揮しないが、それが魔人や魔物であった場合、効果は絶大なまでに変わる。

 魔力そのものと化した魔人相手に、封印術を行使した場合、魔人は消滅する。

 【レオ】の称号をいただく原因となった魔人で、確認済みだ。

 本来なら、俺は封印術を発動するには、他の魔術は使えない。だが、アイリスの魔力操作に助けてもらえば、防護術や白刃を併用できる。今回のように、二つの封印術を同時発動なんてこともできる。

 さすがに驚いたのか、残ったガルムも動きを止めて警戒している。

 そのおかげで、周りを見渡す余裕ができた。

 エレイン以外の【サジタリアス】の団員は、男と女が一人ずつだ。エレインと女性団員は軽傷だったが、男性団員が腹部から出血している。手で押さえているが、浅くはない。ヘマをしたのか、女を庇ったのか。

「その男を治療してほしいなら、ガルムの相手はお前ら二人でやれ」

 封印術を二発もこなしたから、魔力をそこそこ消耗した。ガルムの相手より、治療術を使う方がまだ回復できる。

 二人の女が無言でガルムを牽制する。

 それを一瞥すると、気丈に立っている男性団員へ近づく。

 前回、見殺しにしたからか、治療されると思ってなかったんだろう。目を見張っている。

 眠り病だったからと弁解する気はない。俺は目も合わせずに、魔術を発動する。ホワイトホールを出現させて腹部に近づける、治癒の光を放射させた。

 数分後、負傷は完治した。

「すまない」

「俺は【悪鬼】のところに行かなきゃなんねー。あれの相手はお前らでやっとけ」

 ガルムの方へあごをしゃくると、男は頷き、二人の仲間のもとへ駆けつけた。

 エレインが口を開いたが、俺は構わずに走り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ