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眠れる獅子  作者: HAL
第二章
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第九話「過去の真実」

 侯爵が防護術を発動していた。

 この結界の中に、俺と侯爵の二人しかいない。

 その結界が張られている場所は、侯爵家の一室だった。それも、アーサー本人のリビング。

 テーブルの上には、料理と大量の酒。すでに酒は半分が空になっている。

 フローベル侯爵領において、最高位の人物と二人きりで食事を楽しんでいるなんて、他人には見せられない。

 なので、人払いを済ませ、念のために結界まで張っているのだった。

 決闘の翌日――といっても、決闘が終わった頃には日付が変わっていたので、その日の夜か――俺は、侯爵に呼び出された。

 呼び出されたといっても、尋問じゃない。見ての通り、食事に誘われたのだった。

 俺としてもそろそろ会いたいと思ってたから、ちょうどいい。

 しばらく料理と酒を楽しんでいると、彼の方から口が開かれた。

「スマン」

「何がですか?」

 内容は分かっていたが、あえて聞き返した。

「【サジタリアス】のやっかみだ」

「ああ、まぁ」

「よく、爆発もせずに耐えられたな」

 俺は苦笑いを浮かべる。情緒不安定。気が短い。そんな性格はさすがに自覚している。

「トップが叔父上だから」

 俺の本名は、カルヴィス・フローベル。前フローベル侯爵の子息であり、アーサーの甥だ。

「叔父上は俺のことを理解してくれる、数少ない人だから」

 アーサーは微笑んだ。

 いい感じに酔ってきた。傭兵になって以来、アイリス以外に本心を吐露したのは分と久しぶりな気がする。

「どうも【サジタリアス】は、事前に情報を入手していたらしい」

「【悪鬼】の居場所?」

 アーサーは頷く。

「ライルに話を聞いたところ、ライバルである【レオ】を出し抜きたいと思ったみたいだ」

「みたい?」

 ライルも知らなかったということだろうか?

「ああ。ライルへの報告もなかった。その団員が単独で功を焦った。結果、返り討ちにあったということが真相だな」

「間抜けだな」

 この場に【サジタリアス】がいれば、また決闘でも申し込まれそうな感想を漏らす。嘆息とともに。

「そうだな。で、命からがら戻ってきて、お前の治療をあてにしたが、待っている間に力尽きたというわけだ」

 眉をひそめる。起きている間なら治療してやるが、寝ているならどうにもならない。たたき起そうとしても、絶対に目覚めない理由があるんだから。

「それで、解呪しようともしなかった俺に激怒して、乗り込んできたわけですか。……見事な逆恨みだな」

「ああ。このままでは、流血沙汰になると思い、ライルは私へ報告した。前置きが、『どのような処罰も覚悟しております』だったな」

 ようやく全貌が理解できた。聞いた限りでは。

「ただ、妙な話も聞いた」

「妙?」

 俺は首を傾げる。アーサーは煮え切らない態度で、

「ああ。どうやら【悪鬼】は特殊な獲物を持ってるらしいのだが……」

「武器ってことですか?」

 俺の問いに、アーサーは頷く。

「見た目はお前の儀礼刀と同じく、刀らしい。ただし、刀身も柄もすべてが血のような深紅。問題はライルがその獲物をこう呼んでいる。武器破壊と」

 不吉を匂わせる嫌な言葉だ。ただの武器じゃないってことか。

 俺が以前に黒炎を治療した若い兵士からも同様の証言があったらしい。

「詳しくは話せません、と言われたから、それ以上突っ込むことはできなかったが」

 アーサーは腕を組んで背もたれに体を預ける。

「あいつら、何か知ってますよね」

「そのようだな」

 そもそもが【サジタリアス】は一流の傭兵団なのだ。今回のように逆恨みするようなことなど今まで聞いたこともない。

「【悪鬼】が絡むと、感情的になってる気がしますね」

「確かにな。【悪鬼】と過去に何かがあったのかもしれん。が、はっきり言うと今は調べるだけの余力がない」

 それはそうだろう。【悪鬼】対策としてやらなければならないことはいくらでもある。推測だけで、部下を使うわけにもいかないだろう。

「別にいいんじゃないですか。あいつらに何があったか知らないですけど、最終的に【悪鬼】を倒してくれれば問題はすべて解決するし」

「確かにな」

 アーサーは話題転換した。

「眠り病は変わらずか?」

「そうですね。会話で終わるか、戦い続けて終わるか」

 無論、メデューサについてだ。

 俺はメデューサに呪われていた。それはあの魔女の最高傑作、眠り病。

 あれは、八歳のときか。もう十年近く前の話だわ。

 アーサーは昔を懐かしむように宙を見上げる。

「兄上と義姉上、お前が眠り病にかかったときは衝撃で胸が詰まった。だが、三日後、お前だけが眠りから覚めた時はそれ以上の驚愕に襲われたな」

 起きてすぐ、俺は両親が目覚めることはないと叔父に語った。言葉に詰まりながらも。

「眠り病の真相はメデューサ。何もかもが理解の外だった。信じられなかった。というより、信じたくなかった」

 俺も当時を思い出す。

「だが、次の日もその次の日もお前は眠り病に侵され、一日の三分の二はベッドの上だった」

「……」

 それは今も変わらない。

 これが俺の事情。眠り病が発動中は何をされても目覚めない。なにせ魂が異世界に召喚されてるから。

 そんな時に治療や解呪を乞われてもやれるはずもない。はっきり言って、知ったことじゃない。

 目覚められた理由は、不完全ながらも解呪できたからだ。だから戻って来れた。

 だが、そのまま囚われることは避けられたものの、いまだに呪われている。

 結果、毎日毎日、眠り病に襲われる。まさに、悪夢だ。それ以外の何物でもない。

「大して魔術を使えなかった、興味もなかったお前が、解呪に関してはありえないほどの成長を見せつけてくれた」

 アーサーはため息を漏らす。

「信じないわけにはいかなくなった。というか、何も解決してないと思い知らされた」

 それから、俺とアーサーの生活は一変した。

 彼は眠り病を克服できておらず、いつ永遠の眠りにつくかも定かではなかった。それゆえ、死亡したことにして、主都アークレイから同じフローベル侯爵領の工業都市オールウッドへ移った。ひたすら魔術の研鑽を積んだ。毎日を生き抜くために、異常過ぎるほどの執念を見せたと思う。

 アーサーは侯爵としての公務を果たしながらも、魔術書の収集に励んだ。

 また、ランスロットは武術の訓練を担当した。眠り病に侵されてから、体力の低下が顕著だったためだ。寝てばかりだから、当たり前なのかもしれないけど。

 十五になるまでの七年間は修練の日々だった。その過程で、覚醒者となった。

 最後の方になると、実践の経験を幾度も積んでいた。ランスロットとともに魔物討伐に赴けば単独で戦えるようになり、治療や解呪の依頼があればほとんどを成功させられた。

「懐かしい日々を思い出しますね」

 懐かしむように目を細める。

 アーサーが覚醒者となり、超広域防護結界を完成させた。俺もアーサーの防護術を我が物とした。超広域防護結界のみ修得できなかったが。

 次にランスロットが超越者となる。それまでは刀剣のみ具現化できたが、あらゆる武具を創造できるようになった。その具現化を参考に、形態変化を利用した白刃を編み出した。

 最後に、アイリスが超越者となり、魔力操作を修得した。それこそが、対魔人の切り札となる防御型のきっかけになった。

 俺はこの三人のおかげで、努力が実り、めでたく万能型となったのだった。

 十五になってからは独り立ちして傭兵となった。付き人としてアイリスが選ばれた。本人の強い意向があったとか。

「お前が強大な力を手に入れるのに、どれほどの代償を支払ったか。弱い者は、それを深く考えずに、ただ嫉妬する」

 単純に、弱いという意味ではない。実力的に強くても精神的に弱ければ、その場合も弱いに含まれる。

「そもそも、力を得たかったわけではない。ただ、理不尽に巻き込まれて、力を得なければ、代償を支払わなければ、生きられなかっただけだというのに」

 説明できないことにもどかしさを覚えたのは、一度や二度ではなかった。

「お前が批判されているのに、私は何も言えない。言えば、お前の秘密を白日の下にさらすことになる」

 秘密が漏れれば、当然ながら俺に侯爵位の継承権があることもばれる。

 アーサーが不当に侯爵位を継いだと吹聴する輩が出てくるだろう。そうなれば、当人たちが望まないのに、支持者を自称する愚か者どもによって権力闘争が勃発する可能性だってある。

 そんなことは分かってるし、そもそもこの人には全幅の信頼を置いている。アーサーの苦悩を批判する気は全くない。

「ま、独善的な奴らにばれたくないから、別にいいですよ」

 俺はただ、と前置きする。

「俺は叔父上やランスロットに雇われている。それ以外には指図される覚えがないんだけどなぁ」

 言ってしまってから、愚痴だったと悟る。酒は強い方だと思ってるけど、酔わないわけじゃない。

 ぶっちゃけ、いい感じで酔っている。軽はずみな発言もバンバン出たりする。

 が、アーサーはそうだな、とうなずく。

 今度は、俺の方から話題転換する。

「叔父上からの、このアークレイに来てほしいという要請があった時は、正直驚きましたよ」

「ああ。手紙を送ることは最後の最後まで迷った。お前に、これ以上の重荷を背負わせたくなかった。ただ……」

 アーサーは続きを言うべきか迷っているようだった。促すと、

「あの【悪鬼】が襲来したとの一報があったとき、胸騒ぎがしたのだ」

 それが、どれほどの不安なのか、問うまでもなかった。表情だけでも十分に読み取れてしまった。

「気にしなくていいですよ?要請されなかったとしても、【悪鬼】の噂を聞きつけた時点で、勝手に来たと思うし」

 アーサーは微笑んだ。

「伯父上がパトロンとなってくれたおかげで、俺は【レオ】の称号を手に入れたし、魔人との戦闘経験も積めた。気にすることはないって」

 それからはしばらく他愛もない世間話をしながら、酒を十二分に楽しんだ。

 ただ、これ以降の記憶が全然なかったりする。

 翌朝、完全無欠な二日酔いになっちまった。

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