プロローグ
初投稿です。拙い文章ですが、精進しますのでよろしくお願いします。
世界には、人の生命を脅かすものがいくつもある。
天災。魔物。病気。
その病気の一種として、眠り病がある。
それは原因不明にして、不治の病である。
兆候は一切ない。昨日まで普通の生活を送っていた者が、ある日突然かかってしまう恐るべき病気である。
症状はまさに眠っているだけで、感染者は全くの健康体なのだ。心臓は動いている。呼吸もしている。
しかし、二度と目覚めることはない。家族など近しい者がいくら呼びかけようとも、医者がどんな処置を施そうとも、決して眠りから覚めることはない。
今まで多くの罪なき人々が感染している。
そして、リベリナ王国でも新たに発覚してしまう。フローベル侯爵とその夫人、さらにはその子息も犠牲者となったのだ。
侯爵の弟であるアーサー・フローベルと部下数名がその事実を確認した。
眠り続ける姿を見るに耐えないと火葬する家族も少なくないが、アーサーは死を看取るまで、葬儀は行わないことにした。どのみち、眠り病の感染者は食事を摂取できなくなるので、例外なく衰弱死するのだが、目覚めることを信じた。神に祈った。
それから、十年の月日が流れた。
眠り病は感染しない。しかし、理屈で分かっていても、感情はそう割り切れない。三人同時など滅多に聞かない事例だ。不吉なものを感じても仕方がない。
事実、フローベル侯爵領の主都であるアークレイの人口は、それから数年間落ち込んだものだ。廃都になる危険性こそなかったが、大都市という枠組みから外される可能性は十分にあった。
しかし、転換期が訪れた。
侯爵位を継いだアーサーが、超広域防護結界を会得したのだ。それは、アークレイを丸ごと覆えるほどの規模であり、しかも常時発動できる。名だたる魔術師がそろって愕然とした。
どんなに平和な時代でも、外敵に備えないことはない。
戦争こそないものの、盗賊や魔物が跋扈する現在ならなおさらだ。そんな時代の統治者にとって、超広域防護結界は喉から手が出るほどほしい代物だ。
また市民としても、それがある都市にいる方が圧倒的に安全だ。
そのような理由で、アークレイはあっという間に大都市へと返り咲いたのだった。アーサー・フローベルの名もアークレイ市民において知らぬ者はいなくなった。
アークレイにとってはまさに渡りに船だった。市民は誰もが喜びに湧いた。
当然のことながら、情報の開示を求める者もいた。弟子入りする者もいた。
しかし、アークレイは要求をすげなく断り、弟子をとることは一度としてなかった。ただただ、アークレイの繁栄に心血を注いだ。
今では、魔物の数は激減し、盗賊においては皆無だ。他の都市から流入してくる移民は王国の中で断トツだった。
アークレイ都市民の中での人気は絶頂を誇り、いつしか【アークレイの守護者】と讃えられるようになった。
その【守護者】と呼ばれる男は、執務室の窓口から眼下に広がる街の情景を眺めていた。彼が半生を費やして支えてきた城下町は、その甲斐あってか活気に満ちていた。
が、彼の表情は活気とは裏腹に険しい。
傍らに一人の男性が控えている。その名はランスロット。
千の武器を創造し、自在に操るため【武神】の異名を持つ。アーサーの護衛でもあり、右腕でもある。
今、この都市に脅威が迫っている。
アーサーはランスロットへ視線を向ける。
「ランスロット、奴が侯爵領に侵入したのは間違いないのだな?」
「はい。奴の黒炎を受けて死亡した兵が数名。ガルムに襲われた死亡者がその近辺で報告されています」
ガルムとは犬型の魔物であり、全身が血のように赤い。それをペットとして飼いならす恐るべき悪魔がこの地へ襲来してしまった。
すでに住民の間でも噂され始めている。
前侯爵の眠り病に続き、第二の悪夢が始まってしまった。
「閣下」
「なんだ?」
ランスロットは一拍の間を置き、思いきった表情で、
「彼を呼び戻す時が来たのではないでしょうか?」
「そう……かもしれんな」
アーサーはため息をつく。頭の中で一人の少年を思い浮かべる。
彼を巻き込みたくない。されど、脅威に立ち向かうためには彼の力が必要だ。
それでも、なかなか迷いを振り切れない。死の危険がこれ以上ないほど高まる気がする。
その躊躇を悟ったのだろう。ランスロットは、
「手筈は私が整えます。どの道、彼が噂を聞きつければ、間違いなく駆けつけます。彼はそういう少年ですよ」
アーサーは苦笑いを浮かべる。
「そうだったな。では、任せる」
ランスロットは敬礼すると、退室した。彼を呼び寄せる手続きを始めるのだろう。
アーサーは再び眼下の景色へ視線を戻す。
「兄上、義姉上。あなた方が亡くなられて十年経った。そして、今……またも未曽有の危機が迫っている。どうか天から見守っていてくれ」