5、「ずっと一緒に居られますように」
「本当にいいんじゃな?」
「はい」
「一年に一度しかないのじゃぞ?」
「はい」
ボクは今年はお願い事をしないことにした。
どうせ、姫ちゃんに会っても、すぐに「さよなら」しなきゃならないんだ。
「ボクは姫ちゃんと、お別れするのが嫌なんです」
「一日だけ会って、あとは離れ離れは耐えられんとな?」
「その通りです」
「織姫と彦星は、ずっとそれを繰り返しておるがの」
「ボクにはできません」
神様は天の川のほとりで、ボクを眺めながら座った。
「これは、秘密じゃからの。絶対に話してはならんのじゃ……」
神様は髭を触るふりをして口元を隠しながら話し始めた。
「願い事は双方の願いが重なり合うようにして叶うのじゃ」
ボクは思い返してみた。
過去4年間のお願いは、ちゃんと叶っていた。
そこには、いつも姫ちゃんがいた。
「姫ちゃんの願い事……」
神様はニカッと笑った。
「神様、ボクやっぱり!」
◇◇◇
ボクは公園に着いた。
ベンチに姫ちゃんが座っている。
「あの、ここに座ってもいいですか?」
「鮎くん!」
姫ちゃんが笑ってから泣いた。
「泣かないで。ボクも泣きそうだ」
「うん。そうだ、ねぇ、また一緒に七夕祭りに行かない?」
「この前の?」
「そう。私、大好きなんだ」
「行こう」
ボク達は並んで歩いた。
姫ちゃんは黄色いワンピースを着ている。
すごく似合っている。
「鮎くん、この辺に住んでるの?」
「いえ、ちょっと遠いです」
「だからなかなか会えなかったんだね」
「私、2年間、毎日ここに来てるんだよ」
「毎日……」
「鮎くんに、また会いたいなって思って」
胸が苦しくなった。
ボクだって、また会いたかったけど「また会えますように」ってお願いは駄目だ。
また会って、また別れて、また会って……織姫様と彦星様のようになってしまう。
七夕祭りというのは、いろんな色で溢れていた。
去年は、姫ちゃんに会えたことが嬉しくて、あんまりよく見てなかったみたいだ。
空にくっ付きそうなほど大きな木に、たくさんのヒラヒラの紙が括り付けられていた。
「鮎くん、もうお願いした?」
「うん。したよ」
「私も、昨日、書いて括り付けたんだ。後で見に行く?」
「うん。行こう」
飾られた木は風に揺れてとても綺麗だ。
「姫子!」
「姫ちゃん!」
大きな人間が小さな人間の手を引いて歩いてきた。
「おお!やっくん大きくなったね!」
姫ちゃんが小さい人間の頭を撫でた。
「おっ、まっ、えっ!鮎くんじゃん!」
急に呼ばれて驚いた。
「まーねー」
姫ちゃんが嬉しそうに笑っている。あ、いつもの……人間……
「姫子、よかったな!やったじゃねーか!」
「うん!また、会えたよ!」
「織姫と彦星じゃねーんだから!」
「縁起でも無いことを言わないでよ!また会えなくなっちゃうじゃん!」
「ごめん、ごめん、って。じゃ、俺たち行くな。さぁ、やっくん、あっちにパパが待ってるぞぉ」
いつもの人間は小さい人間を肩に乗せて行ってしまった。
「アツシっていうの。小さいときからの友達」
「友達、と、よく遊ぶの?」
「うん。よく遊ぶよ」
「いいの?一緒に行かなくて」
「なんで?嫌だよ。せっかく鮎くんと会えたのに」
そんなに真っすぐ見つめられたら、また、泣いてしまいそう。
「ねえ、ねえ、あっちに私の書いたお願いがあるよ」
一番大きな木の下に、姫ちゃんが手を引いてくれた。
「あれ?どこかな」
姫ちゃんがピョンピョン跳ねている。
その時、ボクの目の前に一枚の紙が写った。
なんかこれだけ……ぐちゃぐちゃみたいだ……
「あ、それ、私の」
姫ちゃん、真っ赤になってる。
なんて書いてあるんだろう。
「何度も書き直したから、こんななっちゃって」
恥ずかしそうに笑う姫ちゃんが、また泣いた。
「これならって思うのが見つかるまで、何度も、何度も、書いたから……」
「なんて書いたの?」
『ずっと、鮎くんと一緒にいられますように!』
◇◇◇
「神様、ボクやっぱり!」
『ずっと、姫ちゃんといられますように!』
お願いしないと言ったお願いを、今更、聞いてもらえるだろうか。
「それでいいんじゃな?」
「はい」
「叶うということは、ここにはもう戻って来れないぞ」
「はい!」
「それでは、鮎くん、達者でな」
◇◇◇
「姫ちゃん、こっちにも『鮎くん』って書いてある?」
「ん?」と言って、姫ちゃんが覗き込む。
「ほんとだ。『姫ちゃんと鮎くんがずっと一緒にいられますように』って書いてある……ママ……」
「こっちにも、こっちにも、同じことが書いてあるよ」
「え……パパ……淳……と、お姉ちゃんまで……」
姫ちゃんは「ありがとう、みんな、大好き」って言って泣いた。
ボクは大きな天の川を眺めながら、神様にこう話しかけた。
「神様、これだけ重なってしまえば、もうボクは泣いて戻ることはなさそうです。お願いを叶えてくれて、ありがとうございました。さようなら」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
どうか皆様の願い事も、叶いますように!
明日から『二十歳な私たちの三角関係について』という全11話のお話を連載します。
引き続き、お読みいただけますと幸いです。
あおあん