3、「人間とおしゃべりをしたい」
やった!待ちに待った、あの日が来る!
ボクには1年間考え続けた「完璧なお願い」がある。
「神様、今年のお願いは上手くいく気がします」
「そうか、それは何よりじゃ」
「人間とおしゃべりしたいです!」
神様は「ふふぅ~ん」と言って、髭を触った。
「よかろう」
コツン
◇◇◇
ボクは大きな人間になって、人間がたくさんいるところに座っていた。
良い匂いがするけど……みんな、黒いものが入った容器を口に運んでいる。
「泥水、すすってるのか?」
ボクの前にもあったから、一口飲んでみた。
「まっず!」
口に入れたけど、そのままそっと戻した。
人間の味覚は分からないな。
「ここ、座ってもいいですか?」
ボクの前を指さしながら人間が言った。
ひ、姫ちゃん!
「はい!」
「ブラックですか?」
「はい!」
「お砂糖、入れないんですか?」
「お砂糖、入れます!」
姫ちゃんが白いサラサラした粉を入れたので、ボクも真似をした。
これって、もしかして……一昨年、釣られたときに、体に振りかけられたアレかな……?
まあ、何でもいい。
姫ちゃんに会えて嬉しい。
「今日は一人なんですか?」
思い切って話しかけてみた。
「え、あ、うん。まあ」
「ボクも一人です。ここに来たのは初めてです」
「私はたまに友達と来るんだけど……あ、あの、名前なんて言うんですか?」
「名前……アユ……です」
「アユ君、どう書くんですか?」
「どうって……ボクは……魚だから……」
「あぁ!魚編に占うの?」
「はい」
「私は、姫子」
「はい」
姫ちゃんは、ボクのことを正面からじっと見た。
可愛いな。緊張するな。
甘いんだか苦いんだか分からない、この泥水が美味しく感じるようになってきた。
ずっとこの日を夢見てきたのに、何をしゃべったらいいのかな……
「あの、鮎くん、携帯交換しない?」
「ケータイ?」
「番号教えて」
「ばんごう」
姫ちゃんは四角い箱をボクの前に出した。
「ごめんね。持ってないんだ」
「そっか……」
「あ、あの、交換してあげられなくてごめんなさい」
姫ちゃんはすごく残念そうな顔をした。
「そんな顔しないで、く、ださい」
ボクは教えてあげられないし、交換してもあげられない。
情けなくて、下を向いていたら、泣いてしまった。
すぐに手で顔をこすった。
「おい!姫子、なに言ったんだよ!」
あ、いつもの人だ。
「今日は一人じゃなかったの?」
ボクは姫ちゃんに聞いた。
姫ちゃんは急にボクの手を握って、走り出した。
「足、早いね」
息が切れた。
「ごめんね、嘘、ついてしまった、へへへ」
「どうして?」
「鮎くんをお店で見かけて、カッコよかったから、声かけてみようかなって、えへっ」
「お友達、置いて来ちゃっていいの?」
「いーの、いーの。邪魔しないで、って言ってあったのに……」
「ボクが泣いたから、だよね」
ボクと姫ちゃんは、噴水のある公園に座った。
さっきのお店よりずっといいや。
「ねえ、また会える?」
「ボクも会いたいけど……」
「どうやって連絡したらいい?」
なんて答えればいいんだろう。
「姫子!」
いつもの人が追って来た。
◇◇◇
「走ってくことないだろ?!紹介しろよ!あれ?あいつは?」
「え?あれ?鮎くん!鮎くーん!」
いなくなった。
初めてのナンパ失敗か。
好みの男の子だったのにな。
「連絡先聞けたんだろ?」
「教えてもらえなかった」
「マジかよ?!」
もともと、地元の七夕祭りに行く途中だった。
コーヒー飲みたいって、淳が言い出して、立ち寄った店で鮎くんを見かけた。
「一目惚れだったのにな」
「お前でも玉砕することあんのな」
「私はまだ砕け散ってなどいません」
「でた!姫子、ハート、強ぇよな」
祭りに行く途中もたくさんの笹が、カラフルな短冊をたくさんぶら下げている。
みんなの願いが、たくさん吊るされている……
「姫子はもうお願い書いたの?」
「うん。『かっこいい人と知り合えますように』って書いて来た」
「叶ったな」
淳が言ったけど、正直、失敗したって思ってる。
「連絡先を交換できますようにって書けばよかった」
「だなぁ!」
◇◇◇
「浮かない顔をしておるの」
「はい。お願いを叶えてもらう度に、ボクはお願いが増えてしまいます」
毎年、神様はボクのお願いを叶えてくれる。
最初は「やったー」って嬉しいのに、すぐに「これじゃ違う」って思う。
「神様、ボクは本当のお願いが叶う前に、諦めてしまうかもしれません」
「そんなことはよくあることじゃ」
「そうなんですか?」
「同じお願いをずっとする人間は非常に少ない。だから、自分だけが変わっていると心配することはないぞ」
神様は、ボクが他の魚たちからからかわれないように、小さな声でそっと話してくれた。
「だけど、ボクはすごく欲張りみたいです。もっと、もっとって……」
「欲張りは悪いことじゃないがの」
「え?」
ビックリして、小さな星を飲んじゃった。
「本当ですか?」
「本当じゃ。ところで、お前さんは、欲張りの何がよくないと思うんじゃ?」
「だって、自分勝手、だからです」
「誰だって、自分が一番かわいい。自分勝手を言っては行けない理由は?」
ボクは固まってしまった。だって、そんなの分かんないや。