2、「人間になってみたい」
また、あの時期が来た。
「今年の織姫様と彦星様はどんな会話をなさるんでしょうね」
近くの魚はそんな話ばっかりだが、ボクは違う。
年に一回、織姫様と彦星様、そして人間の願いを神様が叶えるなら……ボクのだって!
「神様、神様、今年のお願いを決めました」
「なんじゃ?」
「人間になってみたいです!」
「また地球に行きたいと言うのか?」
「そうです」
天の川に住む、他の魚たちは驚いていた。
「お前、去年、食べられたんだろう?」
「よく、そんな恐ろしいところ、また行きたいなんて思えるな」
「変わった奴だよ」
神様がボクに近付いてきた。
「本人の希望なのだから、周りがとやかく言う事ではあるまい」
頭をコツンと叩いてもらった。
◇◇◇
目を開けたら、ボクは仰向けに寝ていた。
「おんぎゃー、おんぎゃー」
うるさいな。
そう言おうと思ったら、変な声が出てきた。
「ふえ~ん」
あれ?
「ふえ~ん」
なんだこりゃ。
手足が生えているけど、寝そべったまま動けない。
なんだよ。背中が床にくっ付いてしまったじゃないか。
そこに白い服を着た人間がやって来て、ボクを隣の部屋に連れて行った。
服を脱がされて、冷たいお皿に乗せられた……泳いで逃げることも出来ない。
まさか、また、食べられるのか?
嫌だ!嫌だ!
ボクは泣き叫んで暴れたけど、この人間とは大きさが違い過ぎる。
どんなに泣いても無視されて、元気を使い果たして眠くなってしまった。
そしたら、また服を着せてくれて、さっきの柔らかい床に寝かせてくれた。
危なかった。食べられなくて、よかった。
「何時間かかったんですか?」
「んーと、10時間くらい」
「マジかよ?!」
「初めての出産はそれくらいが普通だって」
人間たちがやってきた。三匹いる。
「ここだよ」
「きゃー!可愛くなぁーい?」
「だよね、だよね。めっちゃ可愛いよね!」
「そうか?みんな同じに見えないか?」
「ちょっと抱っこしてみる?」
隣に寝そべってた、小さい人間が持って行かれた。
「えっ!かる!ちっさ!」
「私も抱っこしたい!」
「待てって。今、俺が抱っこしてるから」
おい……その小さいの泣いてるよ?やめてあげてくれない?
「ねぇ、ねぇ、隣の子もちょーかわいーよー」
ボクの顔を覗き込んだ、あっ!姫ちゃんだ!
「なんか、目がきらきらしてるよ」
「そうか?」
「抱っこしたいな」
「よそんちの子は駄目だろ」
姫ちゃんが、ボクの前に指を出した。
ボクだよ。ボク、分かる?君に食べられちゃった魚だよ!
「あ、掴んだ。ちっちゃい手」
姫ちゃんの手はでかい。
「きゃん、かわいー。ほらほら」
ほっぺを突っつかれた。
「ひゃぁ、指舐められたぁ」
つい……口が勝手に……
「看護師さん、睨んでる。あっちに行けってさ」
「そうだね。ここで騒いじゃいけないね」
「静かにしてるから、私、ここに居ていい?」
「いーよー。俺と姉ちゃんはあっちにいるね」
姫ちゃん、ボクね。
「ふえ~ん」
去年も会ったんだよ。
「ふえ~ん」
覚えてる?
「ふえ~ん」
ちぇっ。
ちっとも伝わらないじゃないか!
「どうしたの?そっか、そっか」
姫ちゃん、ボクの言ってること分かるの?
「ふえ~ん」
「そうか、そうか、お腹が空いてるんだね」
違うよ!
「ふえ~ん」
「あ、おむつ変えてほしいのかな?」
違うってば!
「ふえ~ん」
「かわいいね、声もかわいい」
姫ちゃんこそ、可愛いよ。
「ふえ~ん」
「抱っこしたいなぁ」
抱っこされたいよ。
「ふえ~ん」
白い服を着た人間が戻ってきた。
姫ちゃん、その人間には気を付けて!危ないよ!
「ふえ~ん!ふえ~ん!」
「あー、はいはい。そだねー」
「ご家族の方ですか?」
「はい」
「抱っこするなら、あちらでお願いしますね」
「はーい」
ボクは姫ちゃんに抱っこしてもらった。
さっきの白い服の人間とは大違いだ。
姫ちゃんは、柔らかくて、ふわふわしてて、良い匂いがする。
「おい、姫子、それはまずくないか?」
去年、姫ちゃんと一緒にボクを釣った男が、小さな声で言った。
「どれも同じに見えるんだから、間違えることだってあるんじゃない?」
姫ちゃんはニコニコしながらボクを覗き込む。
「あはは。姫ちゃんってそういうとこあるよね」
「どういうとこですか?」
「強引」
「あー、ありますねー」
強引な姫ちゃん、大好き。
「ふえ~ん」
「大丈夫だよ。ちゃんと帰すからね」
もっと一緒にいたいよ。
「ふえ~ん」
何か言おうとすればするほど、出てくる声が「ふえ~ん」だけで、ボクは悲しくなってきてしまった。喉の奥から、やっと別の声がやって来たけど……それは「ふんっぎゃ~」だった。
「おい、姫子、めちゃくちゃ泣き出したじゃん、返して来いよ!」
「そだね。姫ちゃん、怒られるといけないから、戻しておいで」
「えー!もっと抱っこしてたーい!」
そう言いながら、姫ちゃんは、ボクを元の部屋に連れてきてしまった。
泣き止むことなんて出来ない。だって、せっかく、今年のお願い……一年に一度のお願いが叶ったばかりなのに。短すぎるよ。もっと抱っこしてて欲しいよ。
地球の小さい人間にはもうなりたくないと思った。
大きい人間たちは、ボクら小さな人間たちを置いて行ってしまった。
「そう言えばさ、今日って七夕じゃん。7月7日生まれか、なんかこの子たち縁起良さそうじゃね?」
「ねぇ~、覚えやすくていいでしょう?姫ちゃんは、今年も何かお願いごとしたの?」
「あ、今年は『可愛い赤ちゃんを抱っこできますように』って書きました」
◇◇◇
「どうじゃったかの?二度目の地球は」
「楽しかったけど……」
「けど?」
「いまいちでした」
「そうか。どこが良くなかったんじゃ?」
「ボクは小さい人間になってしまって、本当は大きい人間になりたかったです」
「ほう」
神様は遠くを見つめて髭を触っていた。
「ら、来年も、ボクのお願いを聞いてくれますか?」
「ああ、構わんよ。ただ、思ってた通りになるかは、私にも分からんのじゃ」
「はい」
「じゃが……諦めない心は、いつか本当の願いを叶えてくれる。覚えておくと良い」
「はい!」