異世界殺し屋〜現実に背を向けた人をあの世に送るのがオレの仕事。
みんな知ってるかい?
人は死ぬと天国か地獄に行くと思ってるだろうが、実は3つ目の行き先があるんだぜ。
それが異世界さ。
どうしたら異世界に行けるかって?
「簡単さ」
まず家に引きこもって世間と断絶してぼっちになる、次にコンビニに買い物に出かける、できれば夜間に。そしてその道すがら困ってる人を助けるなどの"いいこと"を一つすればいい。
オレはその小さな善行を見逃さない。つまりオレに目をつけられれば確実に第3のあの世行きってわけだ。
さあて、そこのあんたは転移がいいかい?それとも転生がいいかい?
日が暮れて夜の帷が降りてからがオレの勤務時間だ。まずは情報収集から始める。今日はあそこのコンビニだ。
この仕事を始めてから全国各地のコンビニに顔見知りができた。夜勤のスタッフは昼勤よりも犯罪防止に神経を擦り減らしているから客の顔や動向を良く見ているんだ。だから彼らと仲良くなっておくとその近所に住む現実に背を向けている人の情報が掴みやすい。
「いらっしゃいませ、あ、こんばんは。」
出入り口のドアが開くと店員は条件反射で挨拶するが、今夜はオレの顔を見た途端目つきが変わった。
「どうも」
オレが手を軽くあげて挨拶をすると、レジカウンターの向こうにいるスタッフが目でオレに合図した。雑誌コーナーにいる小太りの冴えない男を見るように促している。無精髭を生やし、眼鏡をかけている。いかにもって奴だ。
オレはそっとその男に近づく。この仕事を始めてどのくらい経ったか。最近はターゲットの背後に立つだけで"におい"を嗅ぎ取ることができるようになった。
くさい。ぷんぷん臭っている。
「こいつで間違いない」
今夜のターゲットを確認した。さて、どうやって送ってやろうか。送り方はオレに一任されている。転移だけでなく、あらゆるものへの転生。
「こいつはどうしてやろうか」
男のうしろを通り過ぎながら考えた。
向こうの世界でどうなるかはオレの殺し方一つにかかっている。ほぼ無傷で命を奪えば転移。死体がまあきれいな方ならヒューマンへの転生。内臓破裂などは亜人、手足がちぎれるのはモンスター、ぐちゃぐちゃで原型を留めないのは魔物になるって寸法だ。
この男のにおい、相当心が死んでいる。グラビア雑誌を手に取って表情のビキニ女子をじっと眺めている男の横に並び、目当ての雑誌を探すふりをして男の顔をチラ見した。
目が死んでる。まるで解凍してパック詰めされた魚の目だ。かわい子ちゃんの水着姿を見てる男の目じゃない。
「よしっ!武士の情けだ、こいつはヒューマンに転生させてやろう」
オレがそう思った時男が鼻をほじってその実を表紙の女の子の水着のブラになすりつけた。
「なんてことしやがる。前言撤回こいつはモンスターでいい。ゴブリンにでもなっちまえ」
男がコンビニを出た。オレは駐車場に停めてあったトラックに乗り静かにあとをつける。
「あとはあの男が善行をするのを見届けたらアクセルを踏み込んで撥ねるだけだ。しかしあいつは(善行は)しそうにないな」
善行をしていないのに殺すと単に天国か地獄に送ることになる。それではオレのプライドが許さない。オレの仕事はあくまでも異世界に送り込むことだ。ただの人殺しではない。オレが殺した奴はどこか違う世界で姿を変えて生き続ける(転移は除く)のだ。新たな”生”を生きる。オレはいつも「今度は本気で生きろよ!」と願いながら手にかける。それがオレのプライドだ。
男はのっそりと歩いていく。すると塀の向こうから野良猫が一匹飛び出してきた。男はチラ見して通り過ぎる。そんな男のあとを野良猫がにゃあにゃあ鳴きながら付いていく。
「日を改めるか?」
オレが出直すためハンドルを切ろうとした時、男があたりをキョロキョロ見回して物陰にスッと入っていった。野良猫も一緒だ。不審に思ったオレは少し離れたところにトラックを止めて男の様子を伺った。
男は人目につかない物陰でコンビニ袋から猫缶を取り出して野良猫にあげていた。野良は一心不乱に頬張っている。
「なるほどそれであの猫は男のあとをついていったのか」
男はコンビニに出かけた時はいつも猫缶を買って野良猫にあげていたようだ。野良はよく懐いている。
よく見ると男の目がさっきまでとは違う。水着の女の子を見ていたときは死んだ魚の目だったのが、美味しそうに猫缶を食べている野良を見る目には優しさが浮かんでいる。オレは男のこれまでの人生を垣間見た気がした。『やっぱりヒューマンにしてやるか』
「あんたね!いつも猫に餌やってんのは!」
目の前の家から口うるさいおばさんが出てきて男に詰め寄った。
「あんたのせいで、その猫がここらに居着いて困ってんのよ!」
男は狼狽しておばさんから逃げようとしている。
『よし、今がチャンスだ!』
オレは男が足をもつれさせて転がる瞬間にタイミングを合わせるようにアクセルを踏み込んだ。一応急ブレーキを踏んであたかも不幸な事故に見せかける。
男の体が宙に舞う。内臓破裂などしないようちゃんとアクセルワークは加減している。男の体は地面に叩きつけられて転がる。仰向けに倒れた男が夜空に瞬く星を見つめながら、その目に小さく涙を浮かべて息絶えた。
『今度こそお前が生き生きとした人生を送るんだぜ』
口うるさいおばさんが青い顔をして家の中に逃げていく。
任務完了。今夜もいい仕事をした。
「ん?」警察を呼ばれるんじゃないかって?
もちろんだ。遺体がある以上殺し方を問わず警察は出張ってくる。しかしそこはそれ、「蛇の道は蛇」と言うだろう。ガイシャの遺体を見れば警察にはオレの仕業と分かる仕組みになっている。そうなれば一切お咎め無しだ。なんせ被害者は別の世界で生きているんだから。ちゃんと今までの記憶と人格を併せ持ちながら。
と、こ、ろ、が!
あの男が異世界から戻ってきた!
オレは上機嫌で帰路につこうとした時タイムリープに巻き込まれた。男を撥ねる5分前に戻っている。
ごく稀に何かしらの理由でせっかく送り込んだ異世界から戻ってくるヤツがいる。
男は目の前に餌付けしていた野良猫がいるのを目にして驚いている。そして立ち上がり周りを見回して自分のいる場所が現実世界だということを確認しているようだ。
口うるさいおばさんが目の前の家から出てきて男に詰め寄ってきた。男はおばさんに頭を下げ、野良猫を抱きかかえると歩き出した。
オレは男のあとをつけた。男は帰宅した、猫と一緒に。
男の目が生き生きとしている。向こうで何があったのだろうか。
異世界から戻ってくるヤツは必ずオレが殺す直前の場に現れる。そしてそこからそれまでとは違う行動をするのだ。オレが体験するタイムリープはほんの数分の出来事だが、戻ってきたヤツは皆向こうの世界で数日から数十年過ごしているようだ。
戻ってきたヤツはどいつもこいつも皆すがすがしい表情をしている。オレが殺す前はあれだけ現実世界に背を向けていたというのに、戻ってきたときは顔を上げて前を向いている。
男は自分の部屋で猫のエサやりの続きを始めた。美味しそうに頬張る猫の頭を優しく撫でている。オレは気取られぬよう男の部屋のドアの前に忍び寄り鼻を利かせた。コンビニでかいだ臭さが全くない。
『それがお前の出した答えか』
オレはそっと男の自宅をあとにした。
現実に背を向けるヤツを異世界に送るというオレの今夜の仕事は失敗した。しかしオレの心にも清々しい風が吹いている。
「ま、たまにはこんなのもいいかもな」
オレは気を取り直して次のターゲットを探すため別のコンビニへ足を向けた。