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【ざまぁ系・復讐系】短編

婚約破棄されたけど投資で逆転! 破産寸前のあの人を横目に、私は今日も大勝ちです

作者: ぱる子

 わたくしの名前はエリセ・フォルクス。自他ともに認める「数字の魔術師」――と言えば聞こえは華やかだけれど、実際はただのお金に目がない貴族令嬢である。幼いころから商会の決算書を見るのが好きで、一族の誰よりも早く「投資」という言葉を覚えていた。それなのに、わたくしが婚約していた相手、アルバート・ベルナール侯爵家の嫡男は「女性が金銭を扱うなどありえない」と、まるで戯言でも聞かされたように鼻で笑った。まったく、いつの時代の話をしているのだろう。


 出会いは貴族の子女同士の顔合わせの場。最初はそこそこ好印象だった。けれど、わたくしが株式や投資の話をするたびに、アルバートはまるで軽蔑するような目つきを向ける。見かけだけは悪くないし、社交的ではあるのだけれど、「女性はつつましく家にこもっていればいい」「娘は嫁ぎ先の家名を高めるための飾り」などと失言が多い。わたくしがやることは、彼にとっては「仕方なく許してやっている遊び」くらいの認識だったらしい。いつかは考えを改めるかもしれない、と淡い期待を抱いていた自分がバカみたいだ。


 それでも、侯爵家の嫡男との縁組は家にとっても悪い話ではないから、周囲はなんとかうまく収めようとした。ところがある日、アルバートがわたくしに面と向かってこう言ってのけたのだ。


「君の行動を黙って見過ごすのも今日までだ。お金を扱うのは男の役目であって、女性が首を突っ込むものではない。そもそも恥ずべき行為だ。そんな勘違いをするようでは、君はベルナール侯爵家の花嫁にはふさわしくない」


 しかも、ここから先が傑作だ。彼はわたくしをちらりと値踏みするように見下ろし、呆れた声で続けた。


「婚約は破棄だ。もう時間の無駄だし、これ以上『変わった趣味』を持つ女性と付き合っていると俺まで恥をかく。俺はもっと、貞淑で奥ゆかしい女性を妻に迎えるつもりだ。残念だが仕方ない。ああ、最後に言っておこう。投資? 株? まがい物に騙されて泣きを見るのは目に見えてる。笑いものにならないよう気をつけるんだな」


 このときのわたくしの感情は、激怒を通り越して呆気と寒気に近かった。あれほどの決めつけは、もはや芸術の域だ。これでいったい、何を根拠に女を見下せるのだろう? アルバートの背後に控えていた従者たちも、唖然としていたではないか。なぜなら、わたくしの家――フォルクス侯爵家は伝統的に金融や貿易と深い関わりを持ち、王国の財政にも一定の影響力をもっている。女だろうが男だろうが、家を支えるために有能な人間は幾らでも歓迎される風土だ。わたくしも自分が積み上げてきた実績には誇りを持っていた。にもかかわらず、ああも無知をさらされたのだから、もう言葉が出ない。


 まあ、よろしい。ならば「それならこちらからも願い下げですわ」と言って放り出せばいいだけの話だったのだが、あのアルバートの嘲笑は忘れられない。そのうえわたくしのプライドを踏みにじるような捨て台詞。許せるはずがない。あれは最悪の侮辱だ。――ともなれば、わたくしとしてはやるべきことはひとつ。


「ふふ、破棄ですって? 面白いじゃない。ならば徹底的に思い知らせてあげるわ。わたくしがただの女ではない、ということを」


 こうして、わたくしは静かに仕返しの準備を始めた。



 仕返しと言っても、直接的に彼の身に危害を加えたいわけではない。わたくしはただ「女は金に触るべきでない」などという世迷い言を抜かした男に思い切り痛い目を見せてやりたいだけ。それならば、もっとも得意とする「お金」を使うのが一番手っ取り早い。相手はベルナール侯爵家――資産家であると同時に、最近は色々な事業に手を出している。しかも、一族の特色として意外なほど守りより攻めの姿勢を好むところがある。投機的な儲け話に飛びつく習性があって、多少のリスクには目をつぶるらしい。


 アルバート自身が「女性は投資なんて理解できない」と馬鹿にしてきたけれど、どうやら彼らの家も投資活動に熱心らしいではないか。これは好都合だ。わたくしが狙ったのはベルナール侯爵家が手を出したがっている新鉱山の権益である。あれは確かに宝の山かもしれないが、その実、鉱石の純度が不安定で、得られる利益の予測がしづらい。しかも開発コストが莫大だ。この時点で「怪しい匂い」がプンプンする。だが、ギャンブル好きのベルナール家としては当たればでかい案件に大喜びで飛びついてくる可能性が高い。まさに落とし穴に誘導するにはもってこいではないか。


 わたくしはそっと自分の資金の一部を、まず別名義でその新鉱山開発プロジェクトに投じる。ベルナール家に悟られないよう、カムフラージュの商会を数件挟んで、わたくしが出資しているとは絶対にわからない形にした。段階的に出資を増やし、時折それをちらつかせることで「これは長期的に大きな利益が見込めるのでは」と相手を錯覚させる。するとベルナール家側は「もしエリセ――いや、わたくしの仮名義――がこのまま大口投資を続け、将来的に莫大な利益を得るなら、今こそ資金を投じるべきでは」と躍起になり、ますます高額の資金を注ぎ込むのだ。


 わたくしは状況の変化を逐一監視し、投資が膨れ上がるようわざと(あお)る。さらに別ルートで「輸送経路の整備に巨額の費用がかかるらしい」とか「先日発見された別の鉱床はここの埋蔵量と競合する」といった不安要素の噂を流しつつ、「でもあの投資家がまだ資金を引き上げていないから、相当根拠があるらしい」という噂も同時に拡散。これが絶妙に効いた。ベルナール家はリスク情報があってもなお投資家が引かない理由を推測し、「これは今撤退したら大きな機会を逃す」と益々思い込んでしまったのだ。


 アルバートもノリノリである。「俺の目に狂いはない。あの怪しい噂は競合他社の罠に違いない。ここで退けば損しかしない」と息巻いているらしい。ふん、そうやって強気で突っ走ってくれればいい。わたくしは綿密に計算している。もしもの時に備えて、わたくし自身の出資をどう引き上げるか、タイミングをどこに定めるかをすべて逆算済みだ。彼らが完全にのめり込み、もう後戻りできない水準になったところで、わたくしはこっそり手を引く。膨大な投資を抱えたまま、ベルナール家が身動きできない状態にしておいて、あとは市場の変動を待つだけ。鉱山の相場は一旦盛り上がり、こぞって資金が集まるが、ふとしたきっかけで暴落の可能性がある、とわたくしは判断していた。


 そして、その「ふとしたきっかけ」を起こさせる手段も万端だった。実はわたくし、別の商会で「最新技術を使った新素材」の生産ラインにも先回って投資している。新素材が認知されれば、それまでの一般的な鉱石の需要がぐっと下がる、という未来図が見えていたのだ。市場にはまだそれが広く知れ渡ってはいないが、いずれ明らかになったとき、鉱山関連株の価格は大幅に下落するだろう。そして賢い投資家たちは一斉に撤退を図る。ベルナール家は莫大な額を投入したあとでは、もう簡単に引くこともできない。残るのは借金の山――というシナリオである。


 人をお金で追い詰めるなんて、性格が悪いかもしれない。だけどアルバートのあの傲慢な態度を思い出すと、申し訳なさや良心の呵責(かしゃく)も吹き飛んでしまう。むしろこれは一種の「教育」だ。「女性だからって侮ると痛い目に遭いますわよ」という教訓を、骨の髄まで刻ませるためのね。万事順調に準備が進み、あとは布石を回収するだけという段階で、わたくしは密かにほくそ笑むのだった。



 後日、世間を賑わせる大ニュースが飛び込んだ。「革新的な新素材が開発され、旧来の資源への需要が激減する可能性」という内容である。わたくしはそれを知った人々が「こんなことがあるなんて」「投資先を見直さなくては」と大慌てする姿を、冷静に観察していた。もちろん、これはわたくしが以前から注目し、出資していた分野だ。世間より一足早く準備を整えていたので、材料が公表された瞬間に株価は急上昇し、わたくしの資産はあっという間に跳ね上がる。逆に、競合する鉱山関連は暴落。買い手がつかなくなり、値崩れが止まらない。


 今こそ「勝利の合図」が鳴ったときだ。わたくしが暗躍していた新鉱山の株を、実質的には既にほとんど手放している以上、痛手はない。それどころか今までの値上がりで売却益も得られたから、笑いが止まらないほどの儲けだ。膨大な損失を抱えてしまったのは、後戻り不能なほど資金を投じてしまったベルナール家のほうである。彼らは最後まで「もう一度上がる」と踏んでいたが、無情にも相場は回復するどころか底なしの下降を続けている。


 ここにきて必死で売り抜けようとするも、誰もそんな危うい鉱山の権益など買いたがらない。最初に「儲かる」とベルナール家が宣伝して回った手前、体面もあって切り捨てるタイミングを失ってしまったのだろう。アルバートの姿を想像するだけで、ちょっと滑稽に思えてくる――あれだけ女性のわたくしをバカにしていたのに、自分が踊らされる立場になるとは夢にも思っていなかっただろう。


 さらに追い打ちをかけるように、わたくしは表向き関わりがないはずの別名義の商会経由で、値下がりした鉱山権益を二束三文で買い叩く交渉を小出しに提案してみた。実際に買う必要はない。ベルナール家が見限って売却しようとしても、不当に安い値段をつけられるだけで、巨額の借金は返せない。やがて侯爵家の財務は傾き始め、その噂は貴族社会に駆け巡った。「ベルナール侯爵家が資金繰りに大失敗し、破産寸前」「どうも投資先の損失が原因らしい」と。かつての栄華がまるで蜃気楼のごとく消え去るのは時間の問題だ。


 するとここで、わたくしの予想どおりの展開がやってくる。彼らが「貸してほしい」と頼ってくるのではないか、と内心見越していたのだ。そして、やはりそうなった。



 ある日、フォルクス侯爵家の正門に見慣れた顔が姿を現す。アルバート本人と、その父母であるベルナール侯爵夫妻だ。眉間に深い皺を寄せ、疲れ果てた顔つきで門番に面会を懇願していた。使用人がわたくしに伝えに来る。


「お嬢様、ベルナール侯爵ご一家が……。門の前で必死に面会を求めておりますが、いかがいたしましょう?」


 わたくしはソファに優雅に腰掛け、ティーカップを手に笑みを浮かべた。そばには当主――わたくしの父もいる。父は苦笑しつつ「娘に任せる」と言ってくれた。どうせわたくしの手腕を知っている父は、わたくしの裁量を尊重してくれるのだ。そこでわたくしはすっくと立ち上がり、きっぱりと答えた。


「応接室に通して差し上げて。わたくしが直々にお話を伺うわ」


 数分後、フォルクス侯爵家の応接間で、わたくしと向かい合うベルナール家の三人は何とも言えない居心地の悪そうな顔をしていた。特にアルバートは以前の尊大な態度が嘘のように、顔色を失っている。わたくしがにこやかに声をかけると、彼の肩がビクリと震えた。


「まあ、これはご無沙汰しております。先日は一方的に婚約を破棄されましたが、その後はご活躍のご様子……とはいかないみたいですわね」


 わざと含みのある言い方をしてやると、ベルナール侯爵夫妻は申し訳なさそうに視線を落とした。アルバートは視線をさまよわせながら、ぎこちなく口を開く。


「その……あのときは、大変失礼なことを言ってしまった。まさか、あんな事態になるとは想像もしなかった。どうか、助けてくれないだろうか。君の家は金融にも強いと聞く。資金を貸してもらえれば、必ず立て直せると……」


 やれやれ、よくも言うわ。必ず立て直せる? 本当にそれを信じているのだろうか。しかも「女性が金を扱うなんて」と言って散々バカにした当の相手に頭を下げるなんて、皮肉にもほどがある。


 わたくしは同情するどころか、ますます呆れながら、愛想笑いを浮かべる。


「わたくしどもフォルクス家には、確かに動かせる資金はたっぷりございます。なにしろ、投資で大きく資産を増やしましたので。でも……そうですね」


 ここでわざと少し間を置いてから、わたくしはゆっくり続けた。


「残念ながら、お貸しするつもりはございません。どれほど大きな額を用意できるかと尋ねられても、わたくしの答えは変わりませんわ」


 ベルナール侯爵夫妻は顔を真っ青にし、アルバートは絶望の表情を浮かべた。けれどわたくしは容赦しない。あのときの無礼を思えば、この程度の態度は当然だろう。何より、もしわたくしが善意で貸したところで、彼らはまた同じ失敗を繰り返すかもしれない。アルバートのような性格を見れば、そう容易に改心するとも思えないし、それに「女には金を扱う資格がない」という信念が根底にある輩に一方的に都合を合わせる義理は、わたくしにはない。


「どうかそこをなんとか……わたくしたちも、あのような発言をしていたのは浅はかでした。あなたがどれほど優秀か知らず、失礼を重ねてしまって……」


 侯爵夫人は今にも泣きそうな顔。わたくしは軽くため息をつき、口調を変える。


「ですから、助ける義理などありません。もちろんお父様の立場としては考えるところもあるでしょうが、ベルナール家の借金を肩代わりする価値があるとは思えませんの。あなたたちが好きなように軽視していた女性にお金のことで頭を下げている姿は、それは滑稽(こっけい)ではありますけれど、わたくしの気分は全く晴れません。むしろ……正直、ここに来る前にもう少しお早く気づいていただきたかったですわね」


 言葉の奥にこめた意図を、彼らが理解したかどうかは知らない。だが、これ以上は何を言っても無駄だろう。時機を逃せば、どんなに恨めしくても取り戻しようがない、という現実を、彼らには身をもって味わってもらいたい。アルバートも拳を握りしめ、うなだれている。あの高慢ちきな青年が、「貞淑な花嫁」うんぬんと言っていた男が、こんな情けない姿になるとは。


「では、失礼いたしますわ。今日は取り込み中ですので、これで失礼させてくださいまし。お引き取りください」


 わたくしはそう告げて立ち上がる。しばし呆然と立ち尽くしていた彼らは、結局うなだれたまま扉のほうへ向かった。背中にはどこか影が差していて、かつて栄華を誇っていた様子は微塵(みじん)もない。その姿を見て、胸がすっとする。……自分でも嫌な性格だと思うけれど、仕方がないわね。彼らの言葉がわたくしに与えた傷を思えば、わたくしは決して慈悲深い聖女ではいられないのだ。



 アルバートたちが帰ったあと、父がわたくしのもとへやってきた。


「エリセ、あれほど冷たく突き放してよかったのか? ベルナール侯爵家はもう、かなり経営が危ういようだが……」

「ええ、充分によく考えました。融資しても、あの家が本当に再建できる保証などありませんし、第一、恩義を仇で返すタイプかもしれません。あの一族はリスク管理を怠りすぎました。貸したところで、取り返せる保証がないのですから、商売としても成立いたしませんわ」

「なるほどな。……まあ、おまえの判断に任せよう。おまえの目は確かだからな」


 父はそう言って、少し寂しそうに笑った。彼自身は、人付き合いを大切にするやり方をしてきた人間だ。だからこそ、昔から「エリセはもう少し情に厚くなったほうがいい」とアドバイスされたこともあった。でも今回は完全にあちらに落ち度がある。「わたくしを見くびった結果ですから、当然の報いですわ」と一言返すと、父は苦笑いで肩をすくめた。


「……なんとも手厳しい娘を持ったものだ」


 そう呟いたが、彼は決して否定しない。わたくしが投資で何度も実績を重ねてきたこと、そして今もフォルクス家を経済的に底支えしていることを知っているからだ。わたくしの行動は容赦がないが、「理屈は通っている」と見なしている。実際、今のわたくしには他にもやるべきことがあるのだ。――そう、膨らんだ投資利益を次の大きなプロジェクトにつなげていくのだから。



 それからしばらくして、王都では「新素材関連ビジネス」が大きく成長し、一部の商人たちが巨万の富を築いたという話題が持ちきりになった。その中でも大きく注目されているのが、フォルクス家とも縁のある商会だと言われている。わたくしがあらかじめ出資していた当該商会は、流通ルートの確保も万全にしていたので、順風満帆で利益が雪だるま式に増えていく。数々の貴族や大商人が新素材に注目するようになり、フォルクス家の名声はますます高まった。


 逆にベルナール侯爵家はというと、資金繰りに失敗し、あの新鉱山権益のせいで莫大な損害を被ったまま立て直しの目処が立たず、侯爵家としての体面を保つのがやっとだという。アルバートは必死で親戚筋を当たっているようだけれど、そちらもおいそれと多額の金を貸すわけがなく、せいぜい屋敷や領地の一部を売り払って細々と繋いでいるらしい。以前は貴族の間でも華やかな存在だったベルナール家が、今やその影も形もない。人の噂というのは残酷なもので、「ベルナール侯爵家は相場を読み違えて大損をした」という話は瞬く間に広まり、その尊厳も地に落ちてしまった。


 こういう結果を迎えて、わたくしは少しは胸がすく思いを感じた。同時に、次にどんなビジネスチャンスがあるかと、常にアンテナを張っている。あのアルバートの件で人は思い知ったはずだ――わたくしはただの「飾りの令嬢」ではなく、きちんと頭で計算し、世の中の流れを読むことができる投資家である、と。そうやって立ち上がり、結果を出すことが、わたくしにとって最大の反撃であり、人生の喜びでもあるのだ。アルバートの一件は、わたくしにとってはほんの序章。今後ももっと多様な事業へ投資し、大きな収益を得ていくつもりでいる。世間にお披露目されていないプロジェクトも色々と動いているので、次はどんな仕掛けで周囲を驚かせられるか、楽しみで仕方ない。



 ところで、ここだけの話。実はあの新鉱山開発が失敗するよりも前、裏で噂を流していた商会の一つには、わたくしの従兄弟が関わっていた。彼は外交の仕事で多くの情報を得られる立場にあるから、わたくしの計画に協力してくれたのだ。最初に「新素材の技術開発が進んでいる」という話をちらっと広め、ベルナール家が動揺しない範囲でじわじわと真偽不明の情報を拡散させ、それでも彼らが強気で投資を続ける方向に誘導する――この一連の仕掛けは、わたくしが一人でできるものではない。従兄弟の存在があったからこそスムーズに運んだのだ。こうして無数の伏線を張り巡らせた結果、見事に花開いたわけである。


 そして、この一件の面白いところは、まさにこの「噂作戦」。中途半端に不安を煽りながらも、最終的には「でも大口投資家が手放さないから大丈夫」という希望を持たせ続ける。人間の心理というものは複雑で、完全に危ないと分かるほど大々的に負の噂が広がれば、誰だって警戒する。だけど、ちょっとした不安がある程度だと「今こそ買い時かもしれない」「まだ間に合う」とポジティブに解釈するのだ。ベルナール家はまんまとその心理トリックに引っかかり、深追いをしてしまった。そして気づいたときには手遅れ――とでも言おうか、そのまま引き返せなくなったのだ。


 あの家は、かつて自ら誇っていた大胆な投資力を結局自分で制御できなかった。アルバートの「女性を見下す発言」も含め、リスクを正しく理解できないまま意地を張ってしまったことが最大の敗因だろう。今ごろは領地経営の整理に追われて大変だろうが、それもすべて自業自得。あれだけ他者を軽視して、まともな情報収集を怠っていたのだから当然だ。



 さて、わたくしはというと、相変わらず毎日が忙しい。新素材関連の他にも、革新的な農業技術や遠方との貿易路の開拓など、魅力的な案件が目白押しだ。ここ最近は王都でも開放的な空気が漂っていて、新しいものに挑戦する企業家が増えている。わたくしはそこで一歩先んじて出資を行い、将来の大きな利益を見込んで動いている。実はそのために、以前から内密にしていた各地の交易路データや物流管理のノウハウをこっそりと集めていた。あれはベルナール家の顛末を見て学んだ投資家が多くなるだろうから、今後さらに面白い展開になるはず。


 もちろん、これ以上直接的に復讐に走るつもりはない。既にわたくしの目的は十分果たされたからだ。アルバートの「女性は家の飾り」などという発言は、今となっては誰の耳にも馬鹿馬鹿しく映る。王都の貴族社会でも、わたくしのように投資で活躍する女性がいるという事実が認知され、以前よりはるかに“女性が財を扱う”ことへの偏見が弱まっているように思える。世の中が少しずつ進歩しているのだと信じたい。


 この先、アルバートがどんな人生を歩むかはわたくしの知ったことではない。彼はきっと、わたくしを訪ねてきたあの日に散々打ちのめされた経験を忘れられないだろう。もし彼が心を入れ替えて、今後本当にリスク管理を学び、誠実に事業に取り組むなら、それはそれでいい。わたくしとしても、彼が変わるならば新たにビジネスパートナーとして……などという可能性も、わずかにないとは言わない。けれどそんなことを考えるのは、彼が再出発を果たしてからの話だ。今のところは、彼ら自身が引き起こした負債を処理するのに手一杯だろうし、わたくしのほうから手を差し伸べる気もさらさらない。



 とはいえ、今回の件で得た利益は途方もない額にのぼる。わたくしはその一部を新たな投資に回し、余剰分で家の使用人たちにボーナスを支給したり、領地のインフラを整備したりもしている。末端まで潤えば住民も喜び、その輪がさらなる豊かさをもたらす。お金を動かすのは、単に個人的な贅沢のためだけではなく、多くの人の幸せに繋げるためでもあるからこそ、面白いのだとわたくしは思っている。


 そう考えると、アルバートにあそこまで言われたのはある意味、わたくしが一歩踏み出すための後押しになったのかもしれない。……とは言っても、感謝の気持ちはまったくないのだけれど。あのときの彼の侮蔑(ぶべつ)の眼差しを思い出すたびに、やはり腹の底から悔しさが沸き上がってくる。だからこそ、こうしてはねのけるように結果を示してやったわけだ。


「ふふっ、女性だろうが関係ないわ。実力のある人間が勝つ。ただそれだけのこと」


 わたくしは書斎の窓辺から王都を一望しながら、そっとつぶやく。大通りでは様々な商人が行き交い、馬車や荷車が絶え間なく走っている。これから先、この国はますます発展していくはず。わたくしはさらに先を読んで、儲かる案件をしっかり見極めていくだろう。誰になんと言われようと、お金は正直に成果を返してくれるし、世の中も少しずつ変化していく。それでこそ生きている甲斐があるというものだ。


 あの日、わたくしを見下して婚約を破棄した男は、今頃何を思っているのか知らないが――少なくとも、彼にはもうこちらの財力を当てにすることは叶わない。もし仮に、「やっぱりきみはすごい人だった。もう一度やり直そう」なんて言いに来ようものなら、「今さら何を言うの?」と笑い飛ばすだけだ。時機というのは取り返しのつかないもの。侮った代償の重さを、その身でしっかり学ぶがいい。


 外には爽やかな風が吹き抜け、窓のカーテンを揺らしている。新たなステージに立ったわたくしは、心地よい風を受けながら、その先の大いなる展望に胸を膨らませるのだった。仕返しは完璧に果たした。あとはもっと面白いことをして、まだ誰も見たことのない領域へと踏み込もう。女性だからと言って侮る時代は、とうに終わったという証を、この国に――そしてこの世界に刻むために。


 これはただのざれ言や復讐劇などではない。わたくし自身の生き方を示す物語。そう胸を張りながら、今日もわたくしは笑みを浮かべて仕事へと向かう。どこまでも広がる可能性を信じて――


(完)

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