最終話 これからも
教会に用意されるカレンの部屋は、セリーナが以前使用していた部屋になるという。
カレンにとっては気まずいのだが、筆頭聖女は代々同じ部屋を使うものらしい。今はカレンの為に部屋の模様替えをしているところで、まだしばらくの間部屋は使えない。その為カレンは未だに騎士団の館で暮らしている。
カレンはある夜、こっそりと屋根裏部屋に向かった。今夜は先客がいることを知っている。階段を上って屋根裏部屋に入ると、待っていたのはブラッドだった。
「カレン」
待ちきれない様子で、ブラッドはカレンを抱きしめた。二人はこっそり、屋根裏部屋で会おうと約束していた。お互いの部屋は同じフロアにある為、部屋を訪ねるのは簡単だ。だがカレンが屋根裏部屋で会いたいと提案したのだ。
この部屋は、カレンにとって思い出深い場所だ。教会に部屋を移した後は、騎士団の館に来ることも少なくなる。今のうちに二人で過ごしておきたかった。
「部屋の模様替えは進んでる?」
「うん。あの池は潰してもらったの。なんか……部屋に池がある意味が分からないし」
見つめ合いながら話す二人。ブラッドは「アハハ」と声を上げて笑う。
「確かに、あの池はただの飾りだからな。でもあそこをどう利用する? そのままにしておくのもな……」
「小石を敷き詰めて、岩とかを置いて庭みたいにしようかなって。どっちにしろ飾りなんだけど……荷物置き場にしようとしたら、それは駄目だってコートニーさんに怒られちゃったから」
セリーナの侍女だったコートニーは、今後はカレンの侍女となり引き続き筆頭聖女の世話をすることになっている。
「さすがに荷物置き場はね。でもこれからカレンの好きなように変えて行けばいいよ。それよりカレン、俺から贈り物があるんだ」
ブラッドは目を輝かせてカレンを見つめる。
「贈り物?」
「ああ。カレンの部屋に置く家具だよ。色々必要だろ? 模様替えに合わせて届くように注文しておいたから」
カレンはポカンとしていた。オズウィン司教には「部屋の用意はこちらでしておきますので、カレン様がご用意いただくものはありませんよ」と言われていたので任せていたのだ。
「私……本当に馬鹿だな……家具のことをすっかり忘れてた」
「元々君に用意させる気はなかったよ。俺からオズウィン司教に伝えておいたんだ。家具は全て俺が用意すると」
「……いいの?」
「もちろん」
ブラッドは当然、といった顔で頷く。
「あ……ありがとう。嬉しいけど、何もかもやってもらって……」
「何言ってるんだ。カレンが快適に教会で過ごしてもらう為だよ。ああでも、家具のデザインが気に入らないとかの苦情はやめてくれよ? 急だったから一から作る時間がなくてさ」
「ううん! いいの。私は部屋で寝られれば何でも」
カレンは慌てて首を振る。
「俺が選んだ家具で過ごして欲しいんだ。こういうのって……やり過ぎかな? でもいつも一緒にいられないから、せめて家具だけでもと思って」
ブラッドは少し心配そうに眉を下げた。カレンは微笑みながらブラッドを見つめ、頬をそっと撫でる。
「ありがとう、ブラッド。いつも私を見ていてくれて、守ってくれた。あなたがいてくれるから、私は頑張れる」
ブラッドはカレンを愛おしそうに見つめ、キスをした後、緊張気味に口を開く。
「……あのさ、カレンが結婚に消極的なことは知ってる。だけど、カレンとずっと一緒にいられる方法は一つしかないんだ……俺と、結婚して欲しい」
カレンは突然ブラッドが結婚の話をしたことに驚いたが、彼女の答えは決まっていた。
「……もちろん。ブラッドとなら、家族になりたい」
ブラッドはホッとしたように微笑み、カレンを強く抱きしめた。
♢♢♢
今日は騎士団の館に劇団がやってくる日だ。
ブラッドがカレンの為に、町の劇団を呼んだのだ。普段訓練に使う訓練場が、今日だけは仮設の劇場となった。芝居の規模としては大きなものではないが、ステージが組まれ座席が用意され、着々と公演に向けての準備が進んでいる。
聖女は自由に外を歩き回ることができない。聖なる炎を持つカレンは尚更のことで、外に出られないカレンを楽しませようとブラッドが企画したこの公演は、他の聖女達も喜ばせることとなった。
今日だけは聖女達も町の女達と同じように、芝居を楽しんで過ごす。みんなどこか浮かれた表情で、芝居を見に続々と聖女達が集まった。精一杯のオシャレをしている聖女達を、若い騎士達が落ち着きのない表情で見ている。
もちろん騎士達も彼女らと一緒に芝居を楽しむ。訓練場にびっしりと並べられた椅子は、既に満員近く埋まっている。後ろで立ち見をしている騎士達も多い。
最前列に座るのは、ブルーグレーの聖女服に身を包んだカレンと、騎士の正装をしているブラッドだ。
「こんなに本格的なんて思わなかった……! ありがとう、ブラッド」
カレンは目の前のステージに目を輝かせる。
「豪華な劇場ってわけにはいかないけど、こういうのも悪くないな。こんなに観客が集まると思わなかったし……」
周囲に視線を移したブラッドの目に、笑顔でこちらに向かってくるエリックの姿が写った。
「エリック! 戻ったのか。間に合わないかと思ったよ」
ブラッドは慌てて立ちあがる。エリックは笑顔で二人の前にやって来た。
「やあ、久しぶり」
「エリック様、王都から無事に戻ってこられて良かったです」
カレンも立ち上がり、笑顔でエリックに挨拶をした。
「どうしても今日の公演に間に合わせたくてさ、急いだんだよ」
「エリックなら王都でいくらでも大きな劇場に行けるだろ?」
「分かってないね、ブラッドは。みんなと一緒に芝居を観るのがいいんじゃないか。ね? カレン」
エリックはカレンに軽くウインクした。
「さあ、隣を開けておいたから座ってくれ。公演はもうすぐ始まるはずだ」
「ありがとう、ブラッド。僕は愛し合う二人の隣で、一人寂しく芝居を観るわけだ」
「エリック」
ブラッドが睨むと、エリックはアハハと大きな笑い声を上げた。
「ごめん、ごめん。ブラッドとカレンは僕にとって二人とも大切な人なんだ。一緒に芝居を観られて嬉しいよ」
エリックは相変わらず、どこまで本気か分からないようなことを言う男だ。だがカレンもブラッドも、彼の今の言葉に嘘はないと感じていた。
しばらくして始まった公演は、カレンにとって素晴らしい思い出となった。聖女エリザベータが、初めて聖なる炎を自分の中に見つける所から話は始まる。何しろ千年以上前の伝説なので、だいぶ誇張されているストーリーのようだが、カレンは真剣な表情で芝居を観ていた。
エリザベータが、聖なる炎を王国各地の教会に分け与える為に旅立つ話で、途中で何故かエリザベータが剣と盾を持って戦ったり、何人もの男と恋に落ちたりと突っ込みどころも多かったが、観客達も皆楽しんでいるようだ。
カレンの聖なる炎は、いずれ王国中に存在が知られることになる。カレンは筆頭聖女としてアウリスに残らなければならない為、この後王国中から聖なる炎を分け与えてもらおうと訪問者が増えるだろう。
これからの人生がどうなるのか、カレンに不安がないわけではない。カレンは隣のブラッドにちらりと目をやる。ブラッドはカレンの視線に気づいてこちらを見た。
何があっても自分を守ってくれる。ブラッドはそういう男だ。カレンはこのアウリスでブラッドと生きていくと決めた。日本に送られ、一人で生きてきたカレンは、アウリスに戻り本当に大切な人に出会ったのだ。
カレンはブラッドに微笑み、ブラッドはカレンの手をそっと握った。
これで最終話となります。ここまで読んでいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。
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また近いうちに新作を投稿する予定ですので、今後もよろしくお願いいたします。




