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異変・2

 異変はもう一つあった。

 明日教会に戻ってくるはずのセリーナだったが、明日を待たずに彼女の屋敷から教会に訪問者がやってきたのだ。


 訪問者はセリーナの実家で執事を務める中年の男だった。オズウィン司教は、執事を自分の執務室に招き入れた。


「……実は……明日、セリーナ様はこちらには来ません」

「おや……やはりまだ体調がすぐれないのですか? それならば手紙で知らせていただければ……わざわざ執事殿に来ていただかなくても」


 オズウィンはセリーナが来られないと聞いてもあまり驚かなかった。そもそも彼女が早く戻ってこられるとも思っていないので、遅れようと困ることはない。


「それが……大変申し上げにくいのですが……セリーナ様は、屋敷を出ていってしまわれたのです」

「……出て行った、とは?」

 オズウィンはポカンとしている。


「置き手紙を残し、ひっそりとお一人で屋敷を出ていかれ……我々も方々探しているのですが、見つかりません。セリーナ様がいなくなり、もう三日が経ちます」


 オズウィンの顔色が変わった。


「何ですって? セリーナ様が行方不明ということですか? どこへ行ったか心当たりは?」

 執事は力なく首を振る。

「……いいえ。セリーナ様は家に戻られてから、穏やかに過ごしていらっしゃいました。町から商人を呼び、アクセサリーや香油など様々なものを買い、楽しそうにしておられました。調子が良いようなので旦那様とも相談し、教会に戻る日を決めて手紙を出したのですが……」

「ええ、その手紙は確かに受け取っていますが」


「ですがある時からセリーナ様は急に具合が悪いと言い、部屋に閉じこもるようになり……三日前の朝、メイドが起こしに行くと、部屋はもぬけの殻でした。机の上には『少し一人になりたい、心配しないで』と置き手紙が……」


「なんと……」

 オズウィンはぐらりとよろけ、思わず近くの椅子に掴まる。


「セリーナ様は……恐らくですが、魔女になってしまわれたのではないかと」


 執事の言葉を、オズウィンは信じられないと言いたげな顔で聞いていた。

「セリーナ様が魔女……!? ありえません。あの方はアウリス・ルミエール教会の筆頭聖女様ですよ?」


「……うちのメイドが見たのです。行方不明になる前の晩、セリーナ様のあの美しいプラチナブロンドの髪が、真っ黒に変わっていたと。私は見間違いだろうとメイドに言ったのですが……メイドが話したことは真実だったのでしょう」


 オズウィンは執事の言葉を聞き、苦しそうな顔で目を閉じた。魔女になる者は外見に変化が訪れると言われている。彼女達は髪がカラスのように真っ黒に変わり、瞳や爪なども同様に真っ黒になる。魔女達はフードや帽子で外見を隠す。そして町から遠く離れた場所で、人目を避けて生活をしていると言われている。


「……セリーナ様は、魔女になり姿を消したと……?」

 執事は静かに頷いた。

「少なくとも私はそう考えております。旦那様も奥様も、未だお認めになりませんが、心の底では理解しているでしょう」


 オズウィンはその場に呆然と立ち尽くした。執事の話は彼にとって信じがたいものだった。教会を出る時、セリーナは少し顔色が悪かったがオズウィンに「すぐに戻って参ります」と微笑んだ。オズウィンも、セリーナはすぐに元気を取り戻して教会に戻ってくるものだと信じていた。

 とにかく急いでこの問題に対応しなければならない。執事を帰した後、オズウィンは司祭に頼んで人を集めた。



♢♢♢



 オズウィン司教に呼び出され彼の執務室に集まったのは、騎士団からサイラス団長とフロスガー副団長、そしてブラッド副団長とエリックの四人。聖女カレンもこの場に呼び出された。


 彼らはオズウィンからセリーナの話を聞いた。そしてブラッドとエリックは、侍女コートニーから聞いた毒薬「魔女の涙」のことを話した。


「私に毒薬を飲まそうとしてたんですか? セリーナ様」

 カレンはショックを隠せない顔をしていた。

「カレン」

 ブラッドはカレンを気遣うように見つめる。カレンはブラッドの視線に気づき「大丈夫です」と微笑むが、その顔には元気がない。


(私、そこまで恨まれてたの……?)


 サイラス団長とフロスガー副団長は、腕組みしながら話している。

「セリーナ様は『魔女の涙』をどこで手に入れたんだ? あれは簡単に手に入るものではないぞ」

「前に噂で聞いたことがあるんだ。香油を扱う商人が魔女の涙をこっそり仕入れているとか……セリーナ様は商人から魔女の涙を買ったのかもしれないね」

「確かに香油商人がよく教会に来ていた。セリーナ様とも付き合いがあったのは知っているが……しかし」

 サイラスは複雑な顔をしていた。元婚約者が魔女になったかもしれないと言われたのだから、動揺するのも仕方がない。


 エリックは部屋の角に置いてある椅子に腰かけた。

「どうするの? 筆頭聖女が魔女になったなんて知られたら、アウリスは大騒ぎになるよ」

「まだ、そうと決まったわけではありません。セリーナ様はただの家出かもしれませんし」

 オズウィンは、この短時間であっという間に老け込んでしまっている。

「あのセリーナ様が家出なんてすると思う? 一人でお茶も淹れられない人だよ?」

 フンと鼻で笑い、エリックは馬鹿にしたように言った。


「オズウィン司教、すぐにセリーナ様の捜索をするべきでは」

 ブラッドの提案に、オズウィンはオロオロしながら頷く。

「そ…そうですね。セリーナ様のご家族も探しているようですが、未だ発見には至っていない様子ですから、ここは是非騎士団のお力をお借りしたいところです」


「探せって言ったって、どこを探すのさ。手がかりがなさすぎるよ」

 エリックは憮然としながら腕組みをする。

「確かに、闇雲に探しても見つかる可能性は低いと思うよ。仮にアウリス領を出てしまったとすれば、もう俺達の手には負えないからね」

 フロスガーも捜索には消極的だ。


 サイラスの眉間の皺もますます深い。

「それにもうすぐ次の魔物討伐の時期だ。あまり人手は割けないぞ」

「しかし団長、セリーナ様が心配ではないんですか?」

「ブラッド。私だって心配している。だがセリーナ様がどこにいるのか手がかりがない以上、我々は動けないということだ」

 サイラスはブラッドを睨みつける。


「……確かに、そうですね……では、領内で任務をしている騎士に情報を募るしかないですね」

 ブラッドも顎に手を当てながら唸った。

「今はそれしかないだろうな。お前の弟君にも協力を頼むといい」

「分かりました。すぐに『使い鳥』を出します」

 ブラッドはサイラスに頷いた。


 カレンはずっと彼らの話を、どこか遠くで聞いているような気持ちだった。


 セリーナはカレンがこの世界に来た時、追い出されようとしていた所を助けてくれた女性だ。いつも優しく、気高く、聖女として尊敬できる人だったのだ。ブラッドとのことがあったとはいえ、カレンはセリーナをどうしても嫌いにはなれなかった。


(信じられない。本当に、セリーナ様は魔女になっちゃったの……?)


 闇に囚われた聖女はいずれ魔女になるという。セリーナはカレンを殺す為の薬を侍女コートニーに送った。聖女である彼女が、カレンを殺そうと考えた。セリーナは闇に囚われてしまったのか。


 カレンはずっとぼんやりと考え込んでいた。

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