二人きりの夕食
翌日、教会から戻ったカレンは一人で騎士団の館の外に出た。館の外には訓練場や馬小屋などがある。訓練場からは騎士らが訓練に励む声が聞こえるので、カレンは訓練場に近づいてみた。彼らは他に用事がない限り、常にここで体を動かしたり剣の稽古に励んでいる。
カレンは普段あまり騎士に近づかない生活をしていたので、騎士が訓練をしている姿を間近でみるのは初めてだ。
剣と盾を持ち、真剣な顔で稽古を受けている従騎士アルドの姿が見える。アルドに稽古をつけているのは勿論、ブラッドだ。アルドは必死にブラッドに向かっているが、ブラッドは軽々とアルドの剣を捌いている。素人のカレンから見ても、背が高く鍛え上げられた体のブラッドと、ブラッドより小さく痩せているアルドとの実力には大きな差があるように見えた。
ふらふらになったアルドはとうとう膝をつき、ブラッドがアルドに駆け寄る。
「今日はここまでだ。少し休め」
「……はい、ブラッド様」
悔しそうな顔で立ち上がるアルドの顔は、幼くてもやはり騎士の卵なのだとカレンは思う。
訓練場の端の方でポツンと立っていたカレンの姿を見つけたブラッドは、慌てたようにカレンの元に駆け寄って来た。
「カレン! 来ていたのか。気づかなかったよ」
「ごめんなさい、勝手に見学してました」
ブラッドは笑顔で首を振る。
「いいや、好きに見ていいよ。ただ、カレンが見ても面白いことはないと思うけどな」
「面白いですよ、こういうのあまり見たことがないから」
カレンの視線の先に、苦しそうな声を上げながら、人の体ほどある丸太にロープをかけて引きずっている騎士の姿がある。ああいう体作りはどこの世界も一緒なのだと思い、思わず笑みがこぼれる。
「ただの訓練だけどな……そうだカレン、今夜の夕食は一緒に食べられるんだろ?」
「はい、大丈夫です」
「良かった」
ブラッドは嬉しそうにカレンを見つめる。
少し間を置き、ブラッドは口を開く。
「……本当はカレンと町に行って食事したり、一緒に芝居でも見に行きたいところなんだが、聖女を町に連れ出すことができないんだ。悪いな」
カレンは笑顔で首を振った。
「私は全然平気ですよ」
「この国の都合にカレンを巻き込んでしまって、すまない。でもいつか、二人でどこかに出かけよう。アルドや他の騎士に協力してもらって……」
「ありがとう、ブラッド様。でも私はブラッド様と一緒なら、ここでも十分楽しいですよ」
「気を使わなくていい。でも、カレンにそう言ってもらえて嬉しいよ」
ブラッドは照れたように微笑んだ。
♢♢♢
その日の夕食は、カレンはブラッドと二人で夕食を取った。ブラッドは副団長室にわざわざテーブルを持ち込み、食事を用意していた。ブラッドと二人きりの食事は、リラックスできて楽しいものだった。
ブラッドはずっとカレンを眩しそうに見つめる。カレンが美味しいと言うと嬉しそうに笑い、カレンがワインを飲む仕草を愛おしそうに見ていた。
「これからは、ここで夕食を食べる時はできるだけ二人で食べよう」
「嬉しいですけど、いいんですか? 仲間と食べなくて」
「一日中あいつらと顔を突き合わせてるんだ。少しくらい離れたいよ」
ブラッドは笑いながらワインを口に運ぶ。ブラッドと気持ちが通じ合ってから、カレンは彼の新たな姿を発見していた。いつも冷静で固い印象のある彼だが、二人の時はくだけた雰囲気になり、よく喋り、よく笑う男だった。
(私に心を許してくれているのかな)
カレンはブラッドの姿を新鮮に感じていた。
「……ここで言うことじゃないかもしれないが、一応カレンに伝えておきたいことがある」
食事も終わろうかという頃、ブラッドは言いにくそうに話を切り出した。
「何ですか?」
「……セリーナ様のことだ。彼女はしばらく実家に帰ることになって、今日教会を出て行ったよ」
「セリーナ様が実家に帰った?」
カレンは驚いてブラッドに聞き返す。
「ああ。今朝早く出て行ったよ。馬車が教会に来ていたはずだが、見なかったか?」
「あ……そう言えば、正門の近くに大きな馬車があったような……」
カレンが今朝教会に行った時、正門のそばに見慣れない立派な馬車があった。訪問者が来るのは珍しいことではないので、カレンは全く気にも留めていなかった。
「セリーナ様には一旦、家でゆっくり過ごしてもらって、元気を取り戻したらまた教会に戻ってきてもらうことにしたよ。だからしばらく筆頭聖女の座は空席ということなる。カレンには次回の討伐にも出てもらうことになると思う……君に負担をかけることになって悪いが」
「負担だなんて。私は全然平気です」
カレンは笑顔を浮かべながら首を振った。その表情を見て、ブラッドは安堵のため息を漏らす。
「……良かった。次回の討伐は俺の隊が担当だから、ずっとカレンのそばにいてやれる。前回の討伐では君のおかげで浄化も完璧だったそうだ。次回はもう少し楽になると思うよ」
「ブラッド様がいてくれるなら、安心です」
ワインを一口飲み、テーブルにカップを置いたカレンの手に、ブラッドの手が伸びて重なる。
「二人の時は、ブラッドって呼んで」
カレンは照れたように微笑み「……はい」と答える。
「俺は、カレンがいてくれるから戦える。カレンのことは必ず守るから。護衛騎士としてだけじゃなく、恋人として」
ブラッドの大きな手がカレンの華奢な手を強く握りしめた。
次回から最終話に向けていよいよ佳境に入ります。あと少しだけ、おつきあいください。




