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幸せ

 朝、教会に向かう為に部屋を出たカレンを待っていたのは、エリックの笑顔だった。


「おはよう、カレン。教会に行こうか」

「おはようございます、エリック様」

 護衛騎士として、エリックはカレンに付き添う。


「今日のパン、なんだか固くなかった?」

「そうですか? いつも通りだったような」

 いつものように世間話をしながら廊下を歩き、館の外に出たところで急に立ち止まったエリックを、カレンは怪訝な顔で見た。


「どうしたんですか? エリック様」

 エリックは眉を下げて微笑む。

「ブラッドとのこと、聞いたよ」

 カレンは一瞬で顔が熱くなった。


「えーと、誰に聞いたんですか?」

「当然、ブラッドだよ。カレンは俺の女だから手を出すなってさ」

「ほんとにそんなこと、ブラッド様が言ったんですか?」

 疑う表情でエリックを睨むカレンに、エリックは平然と微笑んでいる。

「ちょっと大げさだったかな。でもブラッドの気持ちを代弁したら、大体そんな感じだよ」

 この人は相変わらずだなあ、とカレンは苦笑いをした。するとエリックは急に真面目な顔になり、カレンに向き直った。

 


「それでブラッドと話し合ったんだけど……君の護衛騎士はブラッドに交代してもらうことにしたよ」

「あ……」

 なんと返していいかカレンは戸惑う。


「そんな顔しないでよ。護衛騎士を降りると僕が言ったんだ。ブラッドの方が適任だし、僕も何かと忙しいからね」

 エリックは穏やかな表情だった。


「……分かりました。エリック様、王都から私を帰してくれたり、他にも沢山守ってくれたり、色々とありがとうございました」


 カレンは深々と日本人風のお辞儀をした。エリックはカレンの姿を不思議そうに見た後、すっと背筋を伸ばし、騎士の敬礼をした。


「カレン。僕は君に命を助けられたことを、生涯忘れないからね」


 エリックとカレンは見つめ合い、お互いに笑顔に戻った。




「……でさあ。今朝のパンだけど……やっぱりパン職人が変わったんじゃないかな」

「私はいつものパンと同じだと思いますけどね……エリック様って細かい味の違いによく気がつきますよね」

「そうかな? 普通じゃない?」


 他愛ないお喋りをしながら、エリックとカレンは教会に向かった。



♢♢♢



 教会での祈りが終わり、騎士団の館に戻ったカレンは、調理場に顔を出した。中では使用人達が昼食の後片付けをしているようだが、エマの姿はない。


(お茶もらおうかと思ったけど、エマいないし、後でいいか)


 部屋に戻ろうとした時、調理場の裏口からエマが入ってくるのが見えた。エマは調理場の中をジロジロ見ているカレンに気づき、慌てて駆け寄って来た。


「カレン! どうしたの? お茶か何か?」

「あ、エマ。お願いしようかなと思ったけど、忙しいなら後でもいいよ」

 カレンは忙しく歩き回っている他の使用人達に目をやる。

「全然平気よ。すぐに部屋に持って行くわね。先に戻って待ってて!」

 エマは早速お茶の用意をしに行った。




 カレンは部屋の中でエマが来るのを待つ。彼女にお茶を頼んだ理由は別にあった。


 エマはすぐにお茶を持ってカレンの部屋に来た。カレンは使用人服に着替え、椅子に座って神妙な顔をしている。


「どうしたの? 真面目な顔して」

 エマは笑いながらテーブルの上に紅茶をセットする。

「エマ、ここに座ってくれる?」

「どうして? 私、今からレオンの所に行こうかと思ってるんだけど……」

「エマに話したいことがあるんだ。長くはかからないから」


 エマは不思議そうな顔でカレンの向かいに座り、二人はテーブルを挟んで向き合った。

「あのね、エマ。ブラッド様の事なんだけど……」

「何かあったの?」

 エマの表情がさっと変わる。

「……ブラッド様、セリーナ様とは何でもなかったの。それで、その……」

 もじもじしているカレンを見ていたエマは、やがて気づいたのか目を大きく見開いた。


「もしかして、カレン。ブラッド様と……!?」

「……うん。気持ちを伝えてもらえた」


「キャー!!」

 エマは両手を頬に当てながら、ガタンと音を立てて立ち上がった。


「そういうわけだから、ブラッド様が私に会いに来ることがあると思うけど……」

「良かったわね! ずっと心配してたのよ……あら? ということは、セリーナ様とのことは結局誤解だったってことなの?」

「そうみたい。セリーナ様がブラッド様に求婚したみたいで、ブラッド様はそれを断ったの」

「そうだったの……」

 エマは大きく頷きながら、椅子に座り直した。


「エマ、色々心配させてごめんね。エマにはちゃんと話しておこうと思って」

「ううん、ブラッド様が誠実な方で良かったわ。それにしても、セリーナ様は大丈夫なのかしら? ただでさえ体調が悪いみたいなのに、ブラッド様にふられたわけでしょう?」


 エマの言葉にカレンの表情が曇る。愛されていると思い込んでいた相手から断られるというのは、どれだけ辛いことだろう。


「そこなんだよね……セリーナ様のことはオズウィン司教にお願いするってブラッド様が言ってたけど……」

「心配だけど、これはセリーナ様の問題だものね……でもセリーナ様はしっかりした方だもの。意外とすっきりして元気を取り戻すかもしれないわね」

「そうだといいんだけど……」

 カレンを元気づけようとするエマに、カレンは微妙な笑顔で応えた。




 エマはこの後、恋人の鍛冶職人レオンに会いに行くと言うので、カレンは途中までエマを見送った。その後廊下で寝そべっていた猫騎士ライリーにちょっかいをかけたりして時間を潰した後、部屋に戻ろうと立ち上がる。


「カレン!」

 その時、カレンは後ろから自分を呼ぶ声がして振り返った。そこにはブラッドが立っていて、カレンの元に駆け寄ってくる。


「良かった、カレンのことを探してたんだ」

 ブラッドは少し息を切らせ、優しい眼差しでカレンを見つめる。カレンはブラッドが嬉しそうに自分を見る目に、なんだか恥ずかしいような照れくさい気持ちだ。


「何かあったんですか?」

「俺は今から町の工房に行ってくる。夕食までに帰れそうにないから、伝えておこうと思って」

「町の工房ですか?」

「ああ。討伐用の新しいブーツを頼んでるんだが、試作品が出来上がったみたいだから行ってくる。騎士団の工房は小さいから、大量に作る時は町の工房に頼むんだ」

「分かりました。お気をつけて」


 ブラッドは夕食に間に合わないことを、わざわざカレンに伝えに来た。ブラッドの気遣いが嬉しいと思うカレンである。


「できるだけ早く戻るよ。それじゃ……」

 ブラッドは外に向かおうとしたところで、向きを変えてカレンのそばに来ると素早くカレンの唇にキスをした。


「……じゃあ、後で。明日は二人で夕食を食べよう、必ず」

「はい……行ってらっしゃい」

 ブラッドは照れながらカレンに告げると、足早に去って行った。カレンは唇に指をそっと当て、彼が去って行く後ろ姿をじっと見送った。

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