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エリックの心

 セリーナと決別した日の夜、エリックの寝室にブラッドが訪ねてきた。


「珍しいね、ブラッドが僕の部屋に来るなんてさ」

「悪いな、もう寝る所だったか?」

「いや、大丈夫だよ」


 エリックは笑顔でブラッドを部屋の中に招いた。部屋の広さはブラッドの部屋とあまり変わらないが、ベッドや机などの家具はブラッドのものよりも高級なものだと一目で分かる。


 ブラッドはテーブルの椅子を引き、そこに腰かけた。エリックは棚を開け、中からブランデーを取り出そうとする。

「酒はいいよ。少し話があるんだ」

「そう?」

 エリックは扉を閉め、ブラッドの向かいに座った。


「エリックにはちゃんと話そうと思ったんだ。カレンのことで」


 エリックは足を組み、腕組みをしてブラッドをじっと見た。

「カレンのことね。なるほど、彼女と想いが通じ合ったって所かな」

「何で分かった……?」

 エリックの言葉に驚いたブラッドは、ポカンと口を開けている。


「お前がわざわざ夜中に僕の部屋にやってきて、酒もいらないから話がしたいってことは、相当大事な話なんだろうと思ってさ」

「その……すまない。お前がカレンに求婚したことは知ってる……」

 気まずそうにブラッドが話し出すと、エリックはフッと笑みを漏らした。


「そうだよ、あっさり断られたけどね。カレンがお前に惚れてたのは知ってたんだ。でもお前にはセリーナ様がいるだろ? だから僕はカレンに求婚したんだよ」

「そのことだが、誤解だ。俺はセリーナ様とは何でもない。今日、彼女にはっきり言って来た」


「あらら、セリーナ様は何て言ってた?」

 エリックは驚き、組んでいた腕を外した。

「まだちゃんと話せる状態じゃない。時間をかけて分かってもらおうと思う」


「セリーナ様はショックだろうねえ。お前の儀礼服を作らせていたんだって? 結婚準備をしているんだとみんな思ってたよ」

「俺は承諾してない。彼女が勝手に作らせたんだ」

 ブラッドはムッとして言い返す。


「勝手にか……セリーナ様がそんなに思い込みが激しい人だったとは驚きだね。なんとか立ち直ってくれるといいけど。前回の討伐は大変だったからなあ」

「そうだな……お前も死にかけた。フロスガー副団長は責任を感じていたよ、自分がついていながらエリックを危うく死なせる所だったと」

「フロスガーにも言ったけど、あれは僕の油断だよ。数が多くて、死角から襲われたんだ。今更ながら、セリーナ様がどれだけアウリスの為に働いてくれていたのか実感したよ。彼女一人がいなくなっただけで、あれだけ魔物が増えるんだからね」


 ブラッドはテーブルの上で拳を握り、頷いた。

「だから俺はセリーナ様に、早く元に戻ってもらいたかったんだ。だが彼女を説得できるのは俺じゃない。オズウィン司教に頼んで、セリーナ様を実家に戻してもらおうと思ってる。少し家で休めば元に戻るかもしれないからな」

「家に帰すか……仕方がないね。でもブラッド、セリーナ様がここまで酷くなる前に、僕にも相談して欲しかったよ」


 ブラッドはエリックを見つめ、俯くと「……すまん」と呟いた。

「ブラッドは何でも自分で抱えすぎるからなあ。少しは人を頼った方がいいよ。アウリスの危機は、お前にも原因があると言われても仕方ないよ」

「本当に、すまない」

 エリックにピシャリと言われ、ブラッドはうなだれるばかりだ。


「それで、セリーナ様をふってカレンを選んだってこと?」

「そういう言い方は……でもまあ、そうだ」

 エリックはため息をつき、足を組みかえた。


「言っておくけど僕に謝るとかしないでね。カレンが選んだことなんだ。こればっかりは仕方がないよ」

 明らかにイライラしているエリックを、ブラッドは気まずそうに見つめている。大柄なブラッドが肩を縮めて小さくなっている姿を見たエリックは、ふっと頬を緩めた。


「……父上から、カレンを妻にしろと言われて、僕は嬉しかったんだ」

 エリックはどこか遠くを見ながら、ポツリと呟いた。


「結婚は僕にとって、ただの契約だって分かってはいるんだ。でもさ、もしも僕が好きになった女性が僕の妻になるなら……こんな奇跡ってないだろう?」


 エリックは第三王子だ。父である国王から「アウリスの聖女」を妻にするよう命じられている。これまで勝手気ままに生きて、国王を怒らせてばかりいるエリックだった。どの聖女を紹介されても首を縦に振らず、エリックは独身を貫くつもりではと噂が立つほどだった。だがカレンと出会い、彼女が聖女として目覚めたのを見たエリックの中で、何かが変わった。


「エリック……まさか本当に、カレンのことが?」

 ブラッドは驚いたように言い、遠くを見つめたままのエリックの横顔を見た。


「……父上にあれこれ言われてうんざりしてたけど、カレンが聖女として目覚めた時、僕にも奇跡が起こったと思ったんだ。僕の妻がカレンになるなら、悪くない人生だってね。でも、つくづく実感したよ。きっと僕は報いを受けたんだ」

「報い? どういうことだ?」

 ブラッドは首をひねる。


「僕は愛なんてものを信じちゃいない。だから今まで、ただ一人の女性を大切にせず、洋服みたいに取り替えてきた。その日、その時が楽しければそれでいいと思っていたんだ。だから聖女エリザベータ様は、ただ一人の女性から愛される資格を僕から取り上げた。これはきっと、僕がしてきたことへの報いだよ」


 寂しそうに微笑むエリックに、ブラッドは何も言えなくなってしまった。

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