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 翌日、聖女セリーナの部屋を訪ねてきたブラッドを、セリーナはいつものように出迎えた。


「ブラッド、今日はいつもより遅かったわね」

「すみません。ちょっとオズウィン司教と話していたもので」




 部屋の奥に見える池には、もう水は張られていない。水を入れ替えてもまた濁ってしまうので、池に水を張らないことにしたのだ。

 セリーナの部屋にある池は、彼女の癒しの力のおかげで、常に綺麗な澄んだ水で満たされていた。水の上にはセリーナの好きな花を浮かべ、その光景をソファに腰かけて眺めるのが彼女の楽しみでもあった。

 だが突然、水が濁り花が腐った。セリーナが部屋に閉じこもる間も池はずっと美しい姿のままだったが、とうとう彼女の癒しの力が届かなくなったのだ。




「ねえブラッド、今夜は私と一緒に夕食をどうかしら? 教会の食事は、男性のあなたには物足りないかもしれないけれど」

「セリーナ様」

 セリーナの言葉を遮るようにブラッドは口を開く。


「どうしたの? 何だか怖い顔ね……」

 いつもと違うブラッドの様子に、セリーナは怪訝な表情を浮かべている。


「セリーナ様にお話があります。とても大切な話です」

 セリーナは何か嫌な予感を感じ取ったように首を振った。

「……聞きたくない」


「聞いてください。俺がここに来るのは、今日限りです。セリーナ様の護衛騎士を辞めることになりました。オズウィン司教にも許可はもらっています」

「……え? どうして……?」

「セリーナ様には、今まで良くしていただきました。感謝しています」


「……何故なの?」

 セリーナはすっと真顔になり、ブラッドが今まで聞いたことがないような低い声を出した。


「俺は、カレンを愛しています。あなたと一緒にはなれません。このまま俺が護衛騎士を務めていても、お互いに気まずいだけです。俺が辞めるのが一番……」


「勝手に決めないで。護衛騎士を選ぶのは、この私よ。あなたじゃないわ」

 ますます低い声のセリーナに、ブラッドは少し怯んだ。


「……セリーナ様には申し訳ないと思ってます。あなたに期待させたのなら、それは俺の責任です」

「どうして? あなたは私のことを愛していたはずでしょう? あんなに私に尽くしてくれたのに、私を裏切るの?」


 ブラッドはぐっと唇を噛んだ。

「申し訳ありません。それは……昔の話です」

「ひどい!」

 セリーナは顔を歪めて叫んだ。


「あなたはちょっとよそ見をしているだけなの。異国から来た珍しい女が現れたから……だけど、あなたと私の絆はそんなことでは揺らがないわ。いつも私のそばにいてくれたでしょう? 私が微笑むと、あなたはいつも照れたような顔をして……」

「セリーナ様。あなたは少し外の空気を吸って、気分を変えた方がいい。オズウィン司教があなたの実家に一時帰宅できるよう、手紙を書いてくれるそうです」


「嫌よ」

 セリーナは震える声で言い、一歩後ろに下がった。

「お願いします。セリーナ様には元気になってもらいたいんです」


「私を、教会から追い出すの……? 筆頭聖女として相応しくないから……? カレンを筆頭聖女にするつもりなのね。私の居場所を奪って」

「違います」

 ブラッドはため息をつき、セリーナに近づこうと一歩前に出た。セリーナは更に一歩下がる。


「あなたは私から、新しい筆頭聖女に乗り換えるのね。私が役に立たない聖女だから……」


「違う。俺はカレンが使用人の頃から好きでした。彼女が聖女だから好きになったんじゃない。カレンが聖女かどうかなんて、俺にはどうでもいいんです」


 セリーナは更に後ろに下がり、ぐっと拳を握りしめた。

「……分かったわ。もう行って」

 そう言うとセリーナはぷいと背中を向けた。


 まだ何か言おうとしていたブラッドは、思い直して「……失礼します」と言い残し、部屋を出て行った。


 扉が閉まる音がして、セリーナは振り返る。ブラッドが去った後の扉を、セリーナは呆然と見つめていた。

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