通じ合う気持ち・1
野営地から教会に戻るまでの間、カレンは気絶したように眠り続けていた。
魔物は無事に倒され、裂け目は塞がれ、大地は元通りになった。さすがのカレンも疲労困憊で、馬車に乗り込んだ所で意識を失った。
カレンだけでなく、他の聖女達もみんな弱っていた。今回の討伐はいつになく厳しいものだったようだ。カレンの働きがなければ、もっと厳しい状況になっていたかもしれないと、騎士達は口々に話した。
カレンは教会に到着したところでようやく目を覚ました。騎士団は教会で穢れを祓う儀式を受けた後、騎士団の館に戻った。彼らは風呂に入って身を綺麗にした後、食堂に集まって宴が始まる。聖女達はクタクタでもう休んでいる時間だが、騎士は元気いっぱいで酒を酌み交わしながら盛り上がっていた。
カレンは騎士団の館にある自分の部屋に戻り、再び眠っていた。とにかく寝ても寝ても眠いのだ。放っておけば一生眠り続けられるんじゃないかと思うほどの眠気だ。カレンは「聖なる炎」を身体の中に持っているせいなのか、普段はあまり疲れを感じない。疲れてもすぐに回復してしまう。そんなカレンが疲労困憊になるほどの戦いだった。
とても疲れたが、エリックの命を救うことができたし、悪意の塊にも打ち勝てた。カレンは聖女としての成長を肌で感じながら、心地よい眠りについていた。
♢♢♢
無事に魔物討伐が終わり、数日が経ったある夜のこと。
すっかり体調も回復したカレンは、もう寝る時間なのにまだ起きていた。何日も眠っていたのでちっとも眠くないのだ。ずっとベッドでもぞもぞしていたカレンはとうとう起き上がり、カーテンをめくって窓の外を眺めた。カレンの部屋は裏庭を向いているので、そこにあるのは畑や家畜小屋だ。所々に見えるかがり火の灯りの他は、真っ暗で何も見えない。ただの暗闇が広がっているだけである。
方角的には巨大な塀の向こう側に「アイラース山」があるはずだ。頭上には三日月が浮かび、頼りなく光っている。
ふと思い立ち、カレンはガウンを羽織ってランタンを手に持った。就寝の鐘はとっくに鳴った後で、この時間はみんな眠りについているはずだ。一人で勝手に出歩かないようエリックには言われているが、少し館内を散歩するくらいなら構わないだろう。
カレンが向かったのは、屋根裏部屋だった。ブラッドからアイラース山のことを教えてもらい、カレンがこっそりお気に入りの場所にしていた。王都から帰ってからは、一度も屋根裏部屋に行っていなかった。今の時間に行っても山は見えないだろうが、あの部屋に行ってみようと思ったのだ。
真っ暗な階段をそろそろとゆっくり上る。足元が暗いので慎重に歩かないと転んでしまいそうだ。いつもより時間をかけて階段を上り、屋根裏部屋に入ったカレンはそこに人影があるのを見て、驚いて立ち止まる。
窓際に置いてあった小さな丸テーブルと椅子が一脚。そこに誰かが座っている。
気配に気づいて振り返ったその人物は、ブラッドだった。
「ブラッド様……!?」
ブラッドがいることに驚いたカレンは目を丸くしている。
「カレン?」
驚いているのはブラッドも一緒だ。足元にランタンを置き、テーブルの上にはワインボトルとカップが一つある。どうやらブラッドは一人でここに来て酒を飲んでいたようだ。
「眠れないので、ちょっとここに来てみようかと……ブラッド様がいるとは思わなくて」
カレンはブラッドに近づき、床にランタンを置いた。ブラッドは慌てて椅子から立ち上がる。
「すまない、お前の居場所に勝手に来たりして」
「それはいいんですけど……ブラッド様、ここで一人で飲んでたんですか?」
カレンがテーブルの上のワインに目をやると、ブラッドは少し恥ずかしそうに笑った。
「……時々、ここに来て飲んでたんだ」
カレンは頬を緩め、ブラッドの隣に立って窓の外を見る。
「山、見えないですね」
ブラッドも窓の外に目をやる。
「夜だしな」
「見えないのに、ここに来てワインを飲んでたんですか?」
「別に外を見たかったわけじゃない」
口元に笑みを浮かべながら、ブラッドは首を振る。
「じゃあ、どうしてここに?」
「……時々、ここに来ていた。お前が王都に行ってから……色々考えていた」
カレンは思わずブラッドを見る。ブラッドは窓の外を見たまま、話を続けた。
「カレン、お前にずっと聞きたかったことがある」
「何ですか?」
ブラッドはカレンに視線を向け、二人は見つめ合う形になった。
「あの時、どうして俺に黙って王都に行ったんだ?」
「……それは……」
カレンは言い淀む。
「俺は、お前にふられたと思って悲しかったぞ」
ブラッドは無理矢理笑顔を作る。
カレンはブラッドの笑顔を見て胸が詰まる思いがした。
「……ふられたって、そんな……ブラッド様にはセリーナ様がいるじゃないですか」
「え?」
ブラッドが怪訝な顔をした。
「あの日……セリーナ様に聞いたんです。サイラス団長と婚約解消したって……ブラッド様の気持ちに応えるつもりだって……だから私」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺がセリーナ様の気持ちに応える?」
ブラッドは焦った顔でカレンの両腕を掴んだ。
「違うんですか? ……みんなブラッド様とセリーナ様は結婚するって言ってますけど……」
「違う! 俺とセリーナ様の間には何もない」
「……え? どういうことですか?」
今度はカレンがきょとんとする番だ。
「そうか……あの日、セリーナ様はお前にそんなことを言ったのか……ようやく分かった……」
ブラッドはカレンを掴んだまま、ぶつぶつと独り言を言っている。
「あのー……?」
「カレン、お前にはちゃんと話しておきたい。セリーナ様と俺のことだ。聞いてくれるか?」
ブラッドの真剣な顔に、カレンはただ頷くしかなかった。




