私がすべきこと
今回の野営地は、前回アウリスの討伐に行った時とは別の場所になる。二回目ということもあり、カレンはだいぶ落ち着いていた。
野営地で夜を明かし、翌日の「新月の夜」を待つ。
現地で監視をしていた騎士からは気になる報告があった。瘴気がいつもよりも大きいとのことである。やはりセリーナがいない影響が出ているようだ。
フロスガー副団長は、ブラッドとはまた違うタイプの上官だった。物腰柔らかで楽観的な彼は、瘴気が大きいと聞いて不安がる騎士達を笑って励ましていた。
「フロスガー副団長はいつもああなんだ。でも怒る時はブラッドよりも怖いって話だよ」
エリックはそんなことをカレンに話した。
♢♢♢
翌日になり日が落ちた頃、一行は魔物が現れる地面の裂け目近くに移動した。彼らは慣れた動きで討伐の準備を進めている。聖女達が祈りを捧げ、騎士の剣がそれに呼応して光り出し、辺りを照らした。カレンは前回と同じように青い炎を彼らの頭上に持って行き、星のように散らして見せた。
「おお……!」
フロスガー達はカレンが見せた幻想的な光景に喜んでいるが、サイラス団長の表情は厳しいままだ。
「瘴気の大きさはここ最近見たこともないほどだ。気を引き締めてかかるぞ」
サイラスの一言で、騎士達の表情が変わった。
地面の揺れが収まり、裂け目から現れた魔物達は一斉に騎士に襲い掛かる。魔物の数は明らかに前回よりも多い。
カレンの青い炎は魔物を少し弱体化させているはずだ。だが魔物の数が多く、騎士はどうしても攻撃を受けやすくなる。彼らは次々と傷を負い、聖女の所へ運び込まれてくる。
カレンも急いで彼らの傷を治した。痛々しい傷痕があっという間に塞がっていくことに、当の騎士が驚いていた。
「信じられない……こんなに早く傷が塞がるとは。これならすぐに前線に復帰できます」
「良かった。無理はしないでください」
カレンは喜ぶ騎士にホッと頬を緩める。周囲を見回すと怪我人だらけだ。前回の討伐とは明らかに違う。
「カレン様、エリックが……!」
その時、カレンを呼ぶ声にハッと振り返ると、仲間の騎士に抱えられぐったりとしたエリックの姿があった。
カレンの心臓がどくんとなる。
「早く寝かせて!」
慌てて騎士はエリックを地面に寝かせた。エリックの顔と首のあたりに大きな傷があり、出血が酷い。エリックは意識がない状態で、何の反応もなかった。
「すぐに助けます、エリック様」
無我夢中でカレンは傷痕に手をかざした。
(駄目駄目、まだ逝っちゃ駄目だよエリック様!)
エリックの首の辺りから青白い光が現れ、その光はどんどん強くなった。やがて出血が止まり、恐ろしい早さで傷が塞がっていく。
――もしも私に特別な力が与えられたのだとしたら、それは誰かを助ける為に使うべきなんでしょ? エリセア様――
エリックはゆっくりと目を開けた。そして視線を動かし、その青い瞳はカレンを見つけて止まった。
「……カレン、信じてたよ」
エリックの傷痕はすっかり塞がっていた。カレンは涙を浮かべながら、ハンカチを取り出してエリックの顔についた血を拭った。
「エリック様の綺麗な顔が台無し」
エリックはカレンをじっと見ると、アハハと声を上げて笑った。
♢♢♢
ようやく魔物は地面の裂け目から出てこなくなった。魔物は撤退したと判断し、後は裂け目を塞いで大地の浄化の作業に入る。
今回の戦いはいつもより激しかったようで、時間がかかった。聖女達は皆へとへとだ。だが彼女達の仕事はここからが本番である。早く裂け目を塞がなければ、再び魔物が現れる。
カレンは緊張しながら裂け目の近くへ行った。ばっくりと開いた地面の裂け目からは、何やら蠢く気配がする。
「何か感じますか? あの裂け目から」
隣の聖女にカレンは尋ねる。
「いいえ? もう魔物は地の底に撤退したのですから、ここは安全ですよ」
「そうですよね……あはは」
首を傾げる聖女に笑ってごまかしたカレンは、再び裂け目に目をやる。
(何か聞こえる)
人がざわめくような声がする。カレンはオズウィン司教の言葉を思い出した。この「悪意の塊」はまだ形になっていない。カレンが気をしっかり持てば、何も恐れることはないはずだ。
ざわめきはどんどん大きくなる。怒り、悲しみ、嫉妬、恥、欲望、人間の負の感情が塊のようになって裂け目からカレンに向かってきた。
――来るなら来い! 私はあんた達の悪意を全て受け止めてあげる!――
真っ黒な塊はカレンの体を覆いつくした。
「分かるよ、あんた達の気持ち」
カレンは不敵に微笑む。彼女の体を包むように青い炎が現れ、カレンの瞳は青い瞳と同じ色に輝いていた。青い炎はゆっくりと、彼女を覆った悪意の塊を焼き尽くしていく。
カレンを覆う真っ黒な塊は完全に消えた。そして青い炎はそのままカレンの体を離れ、裂け目の中に真っすぐ飛んで行く。
その炎は激しい光を周囲に放った。こうして裂け目は完全に閉じられたのだった。




