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再び討伐へ・2

 次回の魔物討伐には、護衛騎士としてエリックも同行することになっている。


 今回はブラッドの姿はない。カレンはもう一人の副団長であるフロスガーと一緒に行くことになった。ブラッドは残り、教会と騎士団の館を警護する役目だ。


 カレンはフロスガーと話したことがない。騎士団には二人の副団長がいて、一人はブラッド、もう一人がフロスガーだ。それぞれの副団長には部下の騎士がいて、月に一度の魔物討伐には副団長が率いる隊が交代で向かう。お互い仲が悪いわけではないが、なんとなく「別々の部隊」といった雰囲気だ。


 初めて話す騎士も多いことに少しの緊張はあるものの、ようやく教会や騎士団の役に立てるのだ。カレンは身の引き締まる思いがした。



♢♢♢



 そして日は過ぎ、出発の時が来た。


 出発前の祈りの儀式には、騎士団長サイラスと副団長フロスガー、そしてカレンの護衛騎士であるエリックが並ぶ。カレンの世話役のエマも当然そこにいる。

 今回もやはり、セリーナは姿を見せない。騎士団も教会も、セリーナのことは半ば諦め気味である。彼らが期待しているのはカレンだ。祈りの儀式の前にカレンは聖なる炎に力を与える。勢いよく立ち上がる青い炎を、彼らは目を輝かせて見つめた。彼らの顔には「セリーナ様がいなくても、カレン様がいるのだから問題ない」と書いてある。


 カレンになんとなく冷たかったサイラス団長でさえも、カレンの実力を認めざるを得なかった。彼も聖なる炎を満足気に見つめていた。

 祈りの儀式が終わった後、サイラスは早速彼のお気に入りの聖女の元へ行き、こそこそと何か話しかけていた。新たなお気に入りの聖女はまだ若く、あどけない笑顔を浮かべる可愛らしい女だ。

 エリックは二人を馬鹿にしたような顔で見た後、カレンの元に向かう。


「カレン、今回の奇跡も素晴らしかったね。なんだかいつもより力が湧く気がするよ」

「大げさですよ」

 カレンは笑いながら、どこか落ち着かない様子で辺りをキョロキョロしている。


「ブラッドなら外に見送りに来るはずだよ」

「別にブラッド様を探してるわけじゃ……」

 カレンは焦って否定した。

「ブラッドがいなくても僕がいるから、安心して欲しいんだけどなあ」

「エリック様のことは信頼してます。ブラッド様もなんですけど、セリーナ様もいないので……」

「ああ……」

 エリックもカレンと同じように周囲を見回した。


「セリーナ様は見送りにも来ないんだよ。昔は必ず来ていたけどね」

「そうですか……」

 やはりセリーナの復活は難しいのだろうか、と考えていたカレンの所に副団長フロスガーがやってきた。


「カレン様。今回の討伐よろしく頼みます」

「あ、はい! こちらこそよろしくお願いします」


 カレンは思わず背筋を伸ばした。フロスガーはサイラスよりも年上だが、面長ですっきりとした顔立ちのせいか、髭面のサイラスよりも若く見える男だ。


「噂の『聖なる炎』を拝見しましたが、あれはまさに奇跡! いやあ、素晴らしいですね。カレン様がいれば、我が騎士団も安心して背中を預けられますよ」

「はい……頑張ります」

 あまりに期待されすぎて、カレンの顔が引きつる。


「ここだけの話ですが、セリーナ様はもう駄目でしょう。これからの教会はあなたに背負ってもらいたい。それじゃカレン様、また後で。エリック、ちょっと来てくれるかい?」

「ああ、分かった」

 フロスガーはそう言い残して、エリックを連れてカレンから離れて行った。




 儀式が終わり、いよいよ出発となった。カレンは最後尾の馬車に乗り込む。馬車には世話役のエマも一緒に乗ることになったので、道中も退屈しなさそうだ。

 ブラッドはどこにいるのだろうと、カレンは窓から外を必死に眺める。教会側の敷地には見当たらないので、騎士団の館から見送りに出ているのだろうか。


 いよいよ出発というその時、教会から一人駆け出してくるブラッドの姿をカレンは見つけた。


(ブラッド様、セリーナ様の所にいたんだ)


 彼が教会から出てくる理由はそれしかなかった。慌てて走ったのか、ブラッドは肩で大きく息をしていた。そして人をかき分け、前に出ようとしている。

 カレンは窓からブラッドを見ていた。彼がこちらに気づくことはないだろうと思っていたのだが、前に出てきたブラッドとカレンは一瞬、窓越しに目が合った。


 慌ててカレンは後ろの窓に張り付き、遠ざかるブラッドを見つめた。

 ブラッドは騎士の敬礼をしていた。もう顔が見えないほど遠ざかっていたが、カレンはずっと彼が立っている姿を見ていた。




「……カレン、ブラッド様を見ていたの?」

 後ろからエマの声がして、カレンは肩をびくりとさせて振り返る。

「えっと……教会から出てくるのが見えたから……」

 エマにカレンの気持ちを話したことはない。カレンは笑ってごまかし、椅子に座り直した。


「カレン、私はあなたの世話役を命じられているけど、あなたの友達でもあると思ってるの」

 エマは真面目な顔でカレンを真っすぐに見ている。

「エマ……」


「だから、カレンが何か悩んでるなら、私に相談して」


 カレンは顔をくしゃっとさせて笑った。

「エマ、ありがとう。私ね、ブラッド様が好きみたい」

 エマはふっと表情を緩め「やっぱり」と呟いた。


「ブラッド様とセリーナ様は結婚するって噂があるわ。それでも、カレンはブラッド様が好きなの?」

 カレンはぐっと唇を噛んだ。


「ねえカレン、友達として言うわね。ブラッド様は素敵な人だけど、セリーナ様と結婚する人なんだから、このままだとカレンが傷つくだけよ」

「うん。私もみすみす傷つきたくないよ。だから大丈夫だよ、エマ。心配かけてごめんね」

 カレンはエマに笑って見せた。


「本当に平気? カレン」

「大丈夫大丈夫! あ! 見てエマ、あんなところに鹿がいるよ!」

 カレンはごまかすように、窓の外を指さした。エマはカレンの横顔を心配そうに見つめていた。



♢♢♢



 時間は少し遡る。


 カレン達が祈りの儀式を行っている頃、セリーナの部屋を訪ねたブラッドは、部屋に入った瞬間顔をしかめた。


(何だ? この臭い)


 セリーナはまだ隣の寝室にいるようで、広い部屋には侍女が一人だけいた。侍女は部屋の中にある池の所で何か作業をしている。


 ブラッドが池に近づくと、臭いはますます強くなる。侍女は池に浮かべた花を拾い、バケツに入れていた。


「臭いの原因はこれか」

 ブラッドはしゃがみ、花を一つ手に取った。花びらはしおれ、嫌な臭いが鼻をつく。


「今朝、急に花がしおれてしまったようで……申し訳ありません。すぐに取り替えますので……」

 侍女はびしょ濡れになりながら、池に浮かぶ花を集めていた。

「俺も手伝おう」

 ブラッドは上着を脱ぎ、中のシャツを腕まくりした。


「騎士様に手伝っていただくわけには……」

「気にするな」

 靴を脱いで靴下も脱ぎ捨て、ズボンを膝の辺りまでまくり上げると、ブラッドは池の中に足を入れた。


「……!?」

 足元が滑り、転びそうになるのを必死にこらえる。池の底がぬるぬるしていて、水全体もなんだか嫌な臭いがした。


「水も腐ってるな。全て取り替えて掃除した方がいい」

「まあ……すぐに人を呼んで参ります。ブラッド様、池から出てください。タオルをお持ちしますね」

「ああ、頼む」

 侍女が慌ててタオルを取りに行く間、ブラッドは池のふちに腰かけてじっと池を見つめた。


「この池は決して濁らないと聞いていたが……何があったんだ?」




 侍女が持ってきたタオルで足を拭き、服を直したブラッドの後ろからセリーナの声がした。


「ブラッド、見送りに行かなくていいの?」


 振り返ると、そこには笑みを浮かべたセリーナが立っていた。顔色は少し悪いものの、いつもと同じ美しい姿だ。

「おはようございます。今から見送りに行く所ですよ。セリーナ様もご一緒にいかがですか?」

 セリーナはふっと目を逸らした。

「……見送りにはあなた一人で行きなさい。私は行かないわ」

「セリーナ様」

 ブラッドはため息をつく。


「早く、カレンの見送りに行きたいでしょう? コートニーが教えてくれたわ。教会では新しい筆頭聖女をカレンに、という声が大きくなっているようね。聖なる炎を持つ聖女なんだもの、当然のことだわ」

「そんな噂、俺は知りませんよ」

 ブラッドは困ったような顔をしている。


「私はもう必要ないのよ。私はこうやって、みんなから忘れられていくんだわ」

「セリーナ様、カレンはアウリスを守るために魔物討伐に行くんです。あなたが討伐に行くことができないから、彼女が代わりに働くんです。アウリス教会の筆頭聖女はこれまでも、これからもセリーナ様ですよ」

 ブラッドの声には怒りが混じっていた。


「私に、お説教をするの? あなたは」

 セリーナは震える声で言った。

「説教じゃありません。俺はあなたに立ち直って欲しいだけです。このままだといずれアウリスは立ち行かなくなる。セリーナ様の力が必要なんです」


「あなただけは私のことを分かってくれていると思っていたのに……」

 セリーナは瞳からポロポロと大粒の涙をこぼした。こうなるとブラッドはもう怒れなくなる。


「セリーナ様、申し訳ありません」

「……誰も私の気持ちなんて、分かってくれないのよ……」


 戸惑うブラッドの胸に、セリーナは頭を預けた。そのままブラッドの胸で泣き続けるセリーナを、ブラッドは抱きしめることもなく、かといって突き放すこともなく、ただ彼女の好きにさせていた。


 セリーナはただの幼い少女のようだった。だだをこね、癇癪を起こし、部屋に閉じこもり、ブラッドに甘えていた。

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