再び討伐へ・1
翌朝、いつものように教会に行こうと部屋を出たカレンは、部屋の前で待っていたエリックの姿に戸惑った。
「おはよう、カレン。さあ、教会まで行こうか」
「お……おはようございます」
エリックはいつもの笑顔だ。まるで昨日のことなど何もなかったように、二人は教会に向かって歩く。
教会の手前まで来たところで、エリックがふと立ち止まった。
「カレン、昨日はごめんね」
「いえ! 私の方こそ失礼なことを言っちゃって……」
カレンは慌てて首を振る。
「急すぎる話だから、カレンを驚かせちゃったよね。僕達のことはもっとゆっくり時間をかけて話し合うべきだったよ」
(……ん?)
「カレンの人生を決める大事な話だから、無理強いはさせたくないんだ。だからこの話は一旦忘れてね」
「は……はい」
頭の上に疑問符が浮かんでいるカレンをよそに、エリックはにっこりと微笑んでいる。
「良かった。じゃあお昼の後に迎えに来るよ」
エリックはカレンと気まずくならないように気を使ったのだろうか、それとも異常にポジティブなのだろうか。よく分からなくなるカレンだった。
♢♢♢
朝のお祈りを済ませた後、司祭がカレンを迎えに礼拝堂までやって来た。オズウィン司教がカレンに話があるのだという。
オズウィン司教の執務室に入ると、オズウィンが笑顔でカレンを出迎えた。
「おはようございます、カレン様。急にお呼びして申し訳ありません」
「おはようございます」
何の用だろうと身構えながら、カレンはオズウィンに挨拶をする。
「実は、魔物討伐のことでお話がありまして……セリーナ様がしばらく討伐に参加できていない話は、カレン様もご存知かと思いますが」
「はい。セリーナ様、体調が悪いみたいですね」
セリーナは三か月以上部屋に籠っている。魔物討伐に行かないだけでなく、討伐の間教会で祈りを捧げる役目すら放棄しているとの話である。
「実は周囲には隠していることなのですが、カレン様にはお話しします……セリーナ様がいない間、討伐は問題なく行われているとお伝えしておりました。ですが、本当は聖女様にかなりの負担がかかっておりまして……実際は限界に近い状態なのです」
カレンはやっぱり、と思った。セリーナの癒しの力はずば抜けていて、彼女のおかげでアウリスに現れる魔物の力が衰えていると言われていたほどだ。他の聖女でフォローはできても、そう長くはもたないのではないかと考えていたのだ。
「なんとなく、そうじゃないかと思ってました」
オズウィンは気まずそうに目を伏せる。
「申し訳ありません。騎士団に心配をかけたくなかったものですから……それに、セリーナ様の症状は一時的なものだと考えていたのです。すぐに復帰していただけると思っていたのですが、事態は深刻です。セリーナ様の代わりに働く聖女達は疲労が大きく、次回の討伐が近づいているにも関わらず、未だ回復しきっていない聖女様もいるのです」
「そんなに……?」
カレンにはあまり自覚がないが、癒しの力で傷を癒し、魔物の穢れを浄化までするのは体への負担が大きい。その為ひと月ごとに聖女を交代させ、彼女らに無理をさせないようにしているのである。
「そこでカレン様。申し訳ないのですが、次回の魔物討伐にぜひ同行していただきたいのです。できれば『聖なる炎』を持つカレン様にはあまり出歩いてほしくないのですが……こんな事情ですので」
「行きます。私で力になれるならなんでもやります。王都では外に出してもらえなかったので、この通り体力も有り余ってますし」
右腕を持ち上げ、力こぶしをつくる仕草をして見せるカレンに、オズウィンは一瞬不思議そうな顔をした後、ホッとしたように目尻を下げた。
「おお、有難い……! セリーナ様の次の筆頭聖女に該当する方もなかなか見つからず、困っていた所ですよ」
カレンは気になっていたことをオズウィンに聞いてみた。
「あの……セリーナ様が元に戻る見込みはあるんですか?」
再びオズウィンの元気がなくなった。
「どうでしょう……セリーナ様は私と会うことを拒否しているのです。他の聖女に出会わないように礼拝堂へ行っているようですし。私にはあの方が何を考えているのか、分からなくなりました……」
筆頭聖女のセリーナが病に倒れ、他の聖女も力不足となれば、カレンが頑張るしかなさそうだ。
「それともう一つ、カレン様に大事なお話があります……以前カレン様がおっしゃっていた『裂け目からおかしな声が聞こえた』出来事についてなのですが」
「何か分かったんですか?」
カレンが初めて魔物が去った後の浄化をした時、魔物がやってきた裂け目の中から、悪意の塊のようなものに襲われる感覚を味わった。それは他の聖女には分からないもので、カレンだけが感じられたものだった。
「様々な文献を調べたり、領主様の屋敷にいる学者に尋ねてみました。分かったのは、カレン様が見たものは『魔物になる前の悪意』ではないかとのことです」
「魔物になる前の悪意?」
オズウィンは頷く。
「そもそも魔物というのは、人間が持つ悪の感情から生み出されたものだと言われています。ゆえに魔物を完全に消し去ることは不可能なのです。人間には誰しも、悪に囚われる瞬間があります。大抵はすぐに悪から逃げ出すことができますが、残された悪はどうなるでしょう? その悪はじわじわと地下で力を溜め、やがて地上へと這い出して来る。それが『新月の夜』に形となって襲ってくるのです」
(さすが司教、話が上手だなあ)
「カレン様が見たもの、それは魔物がまだ形になる前のものだったのでしょう。悪意の塊……とでも言いましょうか」
「……でも、あの時魔物は全て倒して、あの場にはいなかったはずなんです」
カレンは真っ黒な塊のようなものが迫ってくる感覚を思い出し、再び鳥肌が立った。
「学者の見解では、カレン様の『聖なる炎』がその悪意を引き寄せているのではないかと……」
オズウィンは言いにくそうに話した。
「私のせいで、あのへんな塊が出てきちゃったってことですか? それ、大丈夫なんですか?」
「周囲は誰も気づいていなかったようですので、影響はないものと思われます。ですがカレン様の聖なる炎は、魔物にとっては何よりも恐れるものであり、同時に忌まわしきものでもあります。まだ形を持つ前の闇が、カレン様に引き寄せられていたのかもしれませんね……申し訳ありません、討伐の前にこんなことを話してしまって」
オズウィンは申し訳なさそうな顔をしながらカレンに謝る。
「それはいいんですけど……じゃあまた、あの時と同じことが起こるかもしれないってことですよね」
「……その可能性はあります。ですがそれはあくまで形のないもの。直接我々に害をもたらすものとは考えられません。カレン様、不安でしょうが恐れることはありません。心を強く持っていれば、悪意に負けることは決してありません」
「……分かりました……」
他人事だと思って軽く言うなあ、と思いながらカレンは頷いた。




