再会
カレンがアウリスに戻ってから数日後。
騎士団の館を歩いていたカレンが廊下の角を曲がると、廊下の先にちょうど階段から下りてきたブラッドの姿を見つけ、思わず廊下の角に体を隠した。
(あぶな……! 見つかるところだった……!)
別にブラッドから身を隠しているわけではないのだが、カレンはアウリスに戻ってから、なんとなくブラッドを避けていた。
(こっちに来るのかな? 外に出るなら向こう側に行くはずだから、もういないかな?)
しばらく悩んだ後、思い切って廊下に出てみると、ブラッドがまさに今、カレンの元に向かってくるところだった。
「あ……」
ブラッドはカレンの前に立ちはだかる。
「カレン。お前、俺のことを避けてないか?」
「とんでもない! ブラッド様、こんにちは」
ごまかすようにカレンは愛想笑いで答えた。
「ならなんで今、俺から姿を隠した?」
ブラッドは腕を組み、じろりとカレンを睨む。
「姿を隠した? まさか、そんなことないですよ。ちょっと忘れ物をしたから戻ろうかと思って……ブラッド様は、今からお出かけですか?」
なんとか話題を変えようと、カレンはブラッドの服装に目をやった。ブラッドは外出用の暖かそうなコートを着ている。
「……ああ。領主様の屋敷に行ってくる。ジェフリー達を派遣してくれた礼を言いにな」
「そうでしたか、お気をつけて!」
憮然とした表情で答えるブラッドに、カレンはわざとらしい笑顔を見せる。
「そういえば、エリックが王都から持ってきたコーヒーだが……昨日飲んでみたよ」
「ブラッド様も飲んだんですか? どうでした?」
カレンはパッと目を輝かせる。エリックが職人ごとコーヒーを持ち帰ったので、カレンも早速夕食後にコーヒーを淹れてもらって飲んでいた。温めたミルクでカフェオレにしてみると、大麦コーヒーとはやはり全然別物だった。懐かしい香りと、カッと体中が目覚めるような感覚。部屋の中で一人「これだよこれ!」と叫んだほどである。
「確かに、苦かったな……目が覚めるような味だった」
ブラッドはカレンに気を使っているが、顔には「口に合わなかった」と書いてある。
「それ、本当に目が覚めたのかもしれないですよ。コーヒーには目が覚める成分が入ってるらしいです。日本でも目覚ましに飲んでる人がいるくらいなんで」
腕組みしていた手を顎に当て、ブラッドは何やら考えていた。
「へえ……そうなのか。そういう効果があるなら、夜勤の騎士に飲ませてみるといいかもしれないな。ありがとう、カレン。参考になった」
「いえ、お役に立てて良かったです」
カレンはブラッドに微笑む。最初は気まずかったが、コーヒーの話で二人の間の空気がほぐれたようだ。
「それじゃ、俺はもう行くよ。今夜は向こうに泊まるから、帰りは明日になる」
「はい、ジェフリー様によろしくお伝えください」
「ああ」
ブラッドはカレンに笑みを見せ、戻って行った。
(あの時以来だな、ブラッド様と話すの……)
カレンはブラッドの後ろ姿を見つめていた。
少し髪が伸びているな、と思う。肩幅が広く、大股で歩く後ろ姿が素敵だな、と思う。
(もう過去のことにしたつもりだったのにな……)
ブラッドの顔を見ると、心の奥底にぎゅうぎゅう詰めにした気持ちが弾けて出てきそうになる。カレンはその日、再び気持ちをしまい込むのに随分苦労した。
♢♢♢
ブラッドは領主の屋敷に出発する前に、教会のセリーナを訪ねた。
セリーナの部屋は相変わらず豪華で、部屋の中にある池には花が浮かべられている。池の前にはソファが設置されていて、そこからは華やかな池と窓越しの美しい空を同時に眺めることができる。セリーナは部屋の中で飾られている人形のように、ただぼんやりとソファに腰かけていた。
「セリーナ様、俺は今から領主様の屋敷を訪ねます。帰りは明日になると思いますので……」
セリーナはじっと池に浮かぶ花を見つめていた。
「……そう。あなたは私を一人置いていくのね」
「セリーナ様」
ブラッドは困ったようにため息をつく。
「明日には戻ります。ジェフリーをカレンの護衛の為に派遣してもらったので、そのお礼を伝えに行くだけですよ」
「まさか、カレンを連れて行ったりしないわよね?」
「連れて行くわけないじゃないですか」
ブラッドは慌てて首を振る。
「カレン、また騎士団の館で暮らしているんですってね。あなたがそうさせたのかしら」
「俺じゃありませんよ。エリックがそうさせたんです」
セリーナはじっとブラッドを見つめる。その顔は相変わらず完璧で美しいが、顔色は冴えない。
「なぜエリックはカレンを騎士団の館に置いたのかしらね?」
「それは、エリックに直接聞いてください」
ブラッドはため息をつく。
「エリックはカレンを妻にするつもりだものね。その為なのかしら……」
じっとブラッドを見ながら、セリーナは彼を試すようなことを言う。最近のセリーナはいつもこんな感じだ。わざとブラッドの心を揺さぶるようなことを言って、彼の反応を見ている。
「さあ、どうでしょうね。エリックからは何も聞いていませんが」
ブラッドは冷静を装って返す。
「エリックがカレンと結婚するのなら、私達も結婚式に出る為の服を新しく作らなければね……」
そう言ってセリーナは再び池の花に視線を戻した。
セリーナの部屋を出たブラッドは、扉の外でため息をつく。
(どんどん酷くなっているな)
セリーナは元気がなくぼんやりしているかと思えば、急に妄想のようなことを言ってブラッドを困らせたりしている。エリックとカレンが結婚すると言ったかと思えば、ブラッドとカレンの仲を疑うようなことを言いだしたりする。
セリーナが魔物討伐に出られなくなってもう三か月が過ぎている。オズウィン司教に相談しても、肝心のセリーナがオズウィン司教に会うことを拒絶している。
セリーナはブラッドに執着していた。そのことはブラッド自身も良く分かっていて、その原因も彼には分かっている。
(俺がセリーナ様との結婚を断っただけで、あんなに変わってしまうものなのか)
ブラッドは出会ったばかりの頃のセリーナを思い出していた。




