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筆頭聖女の本心

 その日の夕食は、ジェフリー一行も加わりとても賑やかな宴となっていた。

 教会のセリーナの部屋から戻ったブラッドは、弟ジェフリーとの再会を喜んだ。今夜ジェフリー達は騎士団の館で一泊し、明日領主の屋敷に戻ることになっている。


 カレンは宴に参加していない。以前使っていた部屋に戻ったカレンは、夕食を部屋で一人食べていた。騎士達の宴に参加する気分ではないし、ブラッドと顔を合わせるのが気まずかったのだ。


(いつまでも逃げていられないんだけどね……)


 テーブルの上で一人、ぼんやりとしながら冷めたスープを口に運ぶカレンだった。



♢♢♢



「ブラッド、セリーナ様の様子はどう?」

 会話が弾み、楽しい食事が進んだ頃、エリックがブラッドに話を向けた。


「……変わらずだ。元気そうではあるんだが」

 ブラッドは、セリーナのことを聞かれるとさっきまで浮かべていた笑顔が消え、不機嫌そうに羊の香草焼きを口に放り込む。

「次の魔物討伐も無理そうかな?」

「……無理かもな。魔物討伐の話すら嫌がっている状況だ。無理はさせられないよ」


「セリーナ様は、そんなに悪いのですか? 一体何が原因なんです?」

 ジェフリーはブラッドとエリックに尋ねる。

「大したことはない。セリーナ様は少し、疲れてしまっただけだ」

 ブラッドは眉をひそめたまま、ワインを口に運ぶ。

「護衛騎士のお前にも分からないの? いつもセリーナ様にべったりだったのに」

 エリックのからかうような言葉に、ブラッドはカップを置いてエリックを睨んだ。


「俺は彼女の全てを知ってるわけじゃない」

「でも現時点で、セリーナ様に一番近いのはお前だろ? ならお前がしっかり彼女を見てやらないとさ……」

「やってるさ!」

 ブラッドの声が大きくなる。周囲はブラッドの苛立つ様子に怪訝な顔をしながら、ブラッドとエリックをチラチラと見ている。


「兄さん、落ち着いて」

 ジェフリーはたまらず割って入った。

「……すまない」

 心配そうな弟の顔を見て、ブラッドはハッとなった。


「何をイライラしてるのか知らないけど、お前じゃ手に負えないなら、オズウィン司教の力を借りるべきじゃないかな」

 エリックはブラッドの苛立ちを目の当たりにしても、平然としていた。

「……セリーナ様が、俺と侍女以外を寄せ付けないんだ。オズウィン司教と会おうとしない」

「へえ、お前は随分愛されてるねえ」

「そんなんじゃない!」

 ブラッドは再び語気を強める。


「兄さん、少し疲れてるんじゃないですか? 顔色が良くないですよ」

 ジェフリーは兄を気遣う。

「そうみたいだね。ブラッド、今日は早めに休んだ方がいいよ。僕達のことは気にしなくていいからさ」


 ブラッドは首を振り、ため息をついた。

「いや……そうだな。俺は先に休む。悪いなジェフリー、ゆっくり楽しんでくれ」

「僕のことは気にしないでください」

 心配そうな弟に笑みを向け、椅子から立とうとしたブラッドにエリックが声をかけた。


「ああそうだ、一つ言い忘れてたよ。僕、カレンの護衛騎士になったんだ」

「カレンの?」

 ブラッドは驚いた顔でエリックを見る。

「カレンのことは僕に任せてくれればいいからね。ブラッドはセリーナ様のことで手一杯みたいだから、一応伝えておこうと思ってさ」


「……そうか。頼む」

 一言だけ言い、ブラッドは椅子から立ち上がって食堂から出て行った。



♢♢♢



 翌日からまたいつもの日常が始まった。

 カレンは聖女服に着替え、教会に行って朝の日課をこなす。セリーナは朝のお祈りには来ているとのことだったが、礼拝堂でセリーナに会うことはなかった。


 代わりに出会ったのが、聖女リディアである。

「まあ、カレン! アウリスに戻って来たのね?」

「リディア様! お久しぶりです」

 二人は久しぶりの再会を喜んだ。


「カレン様、と呼ばなければならないわね。ごめんなさい、つい癖で……」

「カレンでいいですよ、リディア様」

「そういうわけにはいかないわ。カレン様は私達とは違うんだもの……ねえ、今時間あるかしら? 少しお話しない?」

「是非! あ、それならリディア様に少し付き合って欲しい場所があるんですけど」

「いいわよ、どこへ?」

 リディアは首を傾げた。




 カレンがリディアと一緒に向かったのは、聖女の霊廟だった。

「アウリスに戻ったら、聖女エリザベータ様に挨拶に行こうと思ってたんです」

「そうだったのね。私も時々聖女エリザベータ様を訪ねているから、あなたの気持ちは分かるわ」

 聖女の霊廟へ向かう細い道を歩きながら、リディアはカレンに微笑んだ。


「リディア様も?」

「ええ。自分の心に迷いが出た時、エリザベータ様に相談するの。あそこに行くと自分の心が洗われるような気がするわ」

「分かります……!」

 リディアもカレンと同じ気持ちだと分かり、なんだか嬉しくなるカレンである。


「霊廟に行きたいということは、あなたも何か迷いが……?」

 カレンは苦笑いで答える。

「ええ、まあ。王都へ行かされたり、色々あったもので。すこし頭の中がごちゃごちゃしてるというか……」

「ふふ、大変だったでしょう。私で良ければ、いつでも話を聞くわ」

「……ありがとうございます」

 リディアは一見クールだが、こうしてカレンの気持ちに寄り添い、気遣ってくれる心優しい女性だ。




 聖女の霊廟はいつも静かで埃っぽく、ひんやりとしている。お墓なのに、何故だかここに来ると落ち着くとカレンは思った。


 聖女エリザベータは、いつどんな時も変わらずにここにいる。カレンとリディアはエリザベータの墓に向かって手を組み、祈りを捧げた。カレンの身体が、ふわっと暖かいもので満たされる。


「……セリーナ様、最近身体の調子が悪いみたいですね」

 祈りが終わった後、カレンはリディアに聞いてみた。

「そのようね。朝の祈りも、誰もいない時間を見計らって礼拝堂に行っているみたいだわ。私もしばらくセリーナ様と会っていないのよ。こんなこと、今まで一度もなかったわ」

 リディアもセリーナを心配しているようだ。


「何があったのか、リディア様にも分からないんですか?」

「ええ……でも、私はいつかこうなるのではないかと思っていたのよ」


「どういうことですか?」

 カレンはリディアの横顔を見つめる。リディアはエリザベータの像を見ながら話し始めた。


「セリーナ様は、若くして筆頭聖女になった方。周囲の期待も大きかったのよ。彼女はそれに応えようといつも努力していたわ。でも、セリーナ様は筆頭聖女の座を重荷に感じていたんじゃないかと思っているの」

「あ……」


 カレンはセリーナのある言葉を思い出していた。初めてセリーナの部屋を訪ねた時、彼女は「時々逃げ出したくなることもある」と話していた。あれはセリーナの本心だったのかもしれない。


「セリーナ様が、サイラス団長の求婚を受けた理由……彼女は結婚して子供を作って……早く教会を出たかったのではないかしら。だってどう考えても、セリーナ様はサイラス団長を愛しているとは思えなかったもの」


 そうかもしれない、とカレンは思った。セリーナはしっかりしているとはいえ、まだ二十歳なのだ。それなのにアウリスの平和の為、筆頭聖女として教会に尽くすことを要求されている。彼女には重圧だったのではないだろうか。


「あ! もしかして……」


 カレンはハッとした。この世界に来た時、セリーナはやけにカレンを庇っていた。聖女の才能が発現するかもしれないと言い、カレンを保護するよう強く言っていた。セリーナはカレンに「聖女エリザベータ様が遣わしたと思っている」とまで話していたのだ。


「ひょっとして、セリーナ様が私を保護するよう言っていたのは、私がセリーナ様を凌ぐ聖女の可能性があると思ったから……?」

 リディアはカレンの言葉を聞き、頷いた。

「……あり得るわね。あなたは突然聖女の霊廟に現れた不思議な女性。あなたが才能のある聖女なら自分が引退しても問題ないと、セリーナ様は考えたのかもしれないわ」


(……ということは、セリーナ様は私が『聖なる炎を持つ聖女』であることをむしろ喜んでいた……だとしたら、私を王都に追いやった本当の理由は……ブラッド様にある)


 カレンはセリーナの本心に気づき、体中がさあっと冷えて行くような感覚を覚えた。




 カレンとリディアが聖女の霊廟を出ると、そこにはエリックが腕組みをして立っていた。


「カレン、僕に黙って勝手にあちこち行かないでよ」

「エリック様、おはようございます」

「いや、おはようじゃなくてさ。僕は君の護衛騎士なんだよ? それなのに僕を置いていくなんてさ」

 エリックはカレンが一人で教会に行ったことを怒っていた。


「ごめんなさい、礼拝堂に行くだけだから、護衛はいらないかなと思って」

 カレンは気まずそうに笑う。

「明日からは僕が教会に送るからね。さあ、戻ろう。リディア様も一緒に教会までお送りしますよ」


 エリックがリディアに微笑むと、リディアは眉をひそめてカレンに「……エリック様がカレン様の護衛騎士なの?」と小声で尋ねた。

「ええ、まあ……そういうことになっちゃって」

「そうなの。王子が護衛騎士だなんて、やりにくそうね」


 リディアとカレンがひそひそ話をしていると、エリックは振り返った。

「何度も言ってるでしょ? 僕はここではただの『騎士エリック』だって。王子だってことは忘れてよ」

「そういうわけにもいかないですよ」

 カレンは困ったように笑い、カレンと同じ顔をしているリディアと目を合わせた。

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