216名の死者を出した音楽会の怪談話
今から数十年前にXX町で起きたその怪談話は有名だった。
市民ホールにて行われていた細やかな音楽鑑賞会。
そこに参加していたグループ及び観客合わせて216名全員が惨殺されたのだ。
凄惨な光景だったと救急隊は語る。
「あれはまさに悪魔の所業だった」
ホール内は文字通り血の海と化しており、ただ殺されただけではなく四肢をもがれた者も多くいた。
そんな地獄の中、舞台の片隅に隠れて震えている少女が発見された。
少女はこの事件の何かを知ってるはず……そんな考えの下、多くの人間が彼女に様々なことを聞いたが彼女は泣きながらこう言うばかりだった。
「お願いします。私を放っておいてください」
彼女が何を見たのか。
そして、彼女はそれを覚えているのか。
そのどちらもが分からない。
そして、市民ホールの惨劇は懸命な捜査も虚しく何一つ手掛かりが手に入らなかった。
「216名全員が殺害されている」
ため息交じりにベテラン刑事が言った。
「これだけの人間が死んだと言うのに武器らしい武器は見つからない。こんなことあり得るのか?」
観客が持ち込んだであろうカメラも勿論調べられたが、途中まではしっかりと録画されているのにある時を境に全て電源が切られてしまっているのだ。
まるで何かを秘匿しているように。
「こんなことあり得るのか……?」
こんな馬鹿げた事など信じたくなかった。
人間にこんなことなど出来るはずもない。
いや、仮に出来たとしても犯人は一体どこへ消えたのだ?
まるで進まない捜査を尻目に少女の下に一人の臨床心理士が訪れた。
彼は催眠療法を得意としており、何も語ろうとしない少女から無理矢理話を聞くのを目的としていたのだ。
多少手荒な形とはなるが最早手掛かりは彼女だけなのだ。
これは仕方ないこと。
こうして少女は幾人もの刑事に取り囲まれ半ば拘束される形で臨床心理士による催眠療法を受けることになった。
彼女は必死に抵抗をしていたが、やがて催眠に掛り問いに素直に答え始める。
「あなたはどこに居ますか?」
「暗いところに居ます」
「暗い所?」
「はい。とても暗い所です」
刑事たちは固唾を飲んで二人のやり取りを見守っていた。
「音楽会に参加しているのではないのですか?」
「はい。私は音楽会に呼ばれました」
刑事の内の一人が二人のやり取りをノートにしっかり取っていく。
「では、遅れてきたのですか?」
「いいえ。出番が来るまで待っていました」
「暗い所で?」
「はい」
淡々と進行していく会話の中、臨床心理士と刑事たちは少しずつ情報を整理していく。
彼女は音楽会のメンバーだったのだろうか?
暗い所というのは舞台脇の照明がしっかり届かない場所のことか?
そんなことを考えていると、不意に彼女は問われても居ないのに答えた。
「いいえ。私はメンバーではありません」
「では、あなたはゲストか何かで呼ばれたのですか?」
「いいえ。私は主役でした」
「主役……?」
「はい。私はあそこに居る皆に呼ばれたのです」
臨床心理士の中で突如『答え』が浮かんだ。
それは実に唐突なものでそれに至るまでの理由は存在しなかった。
何せ、それはあまりにも滑稽で、非科学的で、可能性として考慮するのも馬鹿らしいものだったからだ。
「おい、何を黙っている」
刑事に言われて臨床心理士は我に返る。
「刑事さん」
一度、言葉を切って息を飲みこみ、そして声を小さくして尋ねた。
「被害者はホールに集まった216人『全員』だと話していましたよね」
「あぁ?」
臨床心理士の問いに刑事は間抜けな返事をした。
直後。
刑事の顔もまた青くなる。
「それじゃあ、この人、誰なんです……?」
ノートを取っていた刑事がペンを落とした。
刑事の内の一人が思わず後退りをし、それと同時に部屋中が奇妙なほどに重苦しくなる。
「逃げてください」
不意に響いた少女の言葉は恐ろしいほどに空虚で捉えどころがない。
「早く。今すぐに」
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その言葉を最後にこの怪談話は終わる。
何故終わるか。
その答えを語る者はない。
ただ、現在までに伝わるのは犯人が見つかっていない『216名全員』惨殺事件だけだ。