魔法少女が存在する世界で同級生に告白したら何故か挙動不審になったんだけど
「きゃああああ!」
「うわああああ!」
「逃げろおおお!」
「イ~カイッカ!何もかも壊してやるイカ~!」
とある休日の昼下がり、多くの人で賑わう駅前の繁華街にイカ怪人が出現した。
十本の触手で人を襲い、建物を破壊し、人々は逃げ回り阿鼻叫喚といった様相だ。
「うちの店が!」
「警察はまだか!」
「助けて!」
騒ぎを聞きつけた警官達が迅速に現場に急行し、イカ怪人と向かい合う。
「動くな!」
「イ~ッカイッカ!嫌だイカ!」
遠くから銃を突き付けて牽制しようと試みるが、イカ怪人は躊躇うことなく破壊行動を継続する。
パァン!
ゆえに空砲を鳴らし、次こそは本当に撃つぞと警告した。
「破壊行動をただちに止めなさい!でなければ撃つぞ!」
「好きにするイカ!」
「ぐっ……」
犯罪者から撃てと言われても、日本の警察は容易に銃を発砲することが出来ない。たとえそれが正しい使い方であったとしても、市民から盛大に叩かれるからだ。
だがこのままでは街が壊され、多くの怪我人や死者が出てしまうかもしれない。
パァン!
「ば、馬鹿!」
慌てた警官の一人が引き金を引いてしまった。
そしてそれは見事にイカ怪人の足に命中する。
「イ~ッカイッカ!何かしたイカ?」
だが銃弾は弾かれ、イカ怪人は全くダメージを負っていなかった。
「そんなものは効かなイカ。黙って蹂躙されてろイカ!」
怪人には通常の武器は通用しない。
信じられないことだが、目の前で見せつけられてしまっては信じるしかなかった。
「どうします!?」
「う……うむ……」
そう部下に問われても、上司の警官は何も言うことが出来なかった。
銃が効かず、十本もの足で建物を破壊する程の威力の攻撃をしてくる相手に一般人がどうやって立ち向かえと言うのだ。
「もうダメだ!」
「いやああああ!」
「誰か助けて!」
警察が頼りにならないと理解した市民のパニックはより深まり、嘆き叫び出す。
そんな彼らの様子をイカ怪人は楽しそうに眺めながら破壊活動を続けている。
「イ~ッカイッカ!諦めて滅びろイカ~!」
このままでは軍隊を要請するしか無いが、到着する頃には街は完全に破壊し尽くされているであろう。それに到着したとしても果たして彼らの武器が通用するだろうか。
「きゃあああああ!」
「真奈美!」
逃げ遅れた幼い女の子が、イカ怪人の触手に捕まってしまった。
「わあああああん!」
「誰か!誰か真奈美を助けて!」
彼女の母親らしき人物が助けを求めるが、人々は逃げ惑うだけで救いの手を差し伸べる余裕などなかった。
「イ~ッカイッカ!まずはお前を喰ってやる!」
「いやああああ!誰かああああ!」
捕らえた幼女をイカ怪人が口元へと引き寄せようとしたその時。
「そこまでよ!」
透き通るような、それでいて力強くもある声が響き、イカ怪人は触手の動きを止めて声の出どころを探した。
「誰イカ!?」
声の主は近くのビルの屋上に立っていて、全く躊躇することなくそこから飛び降りた。
そして幼女を掴むイカ怪人の触手にキックをぶちかました。
「痛イカ!」
その衝撃で拘束が緩んだ隙に幼女を抱え、イカ怪人から距離を取る。
「お前は魔法少女じゃなイカ!」
「愛と希望の魔法少女、フレッシュピュアリー!私が来たからにはこれ以上この街を壊させはしない!」
真剣な表情でイカ怪人を睨む彼女の顔は怒っていても可愛らしく、ピンク色の大きなツインテールが良く似合っている。服も髪の色に合わせたのかピンク色で、フリルたくさんのスカートがふわりと風に揺れる様子がこれまたとても可愛らしい。大きく露出している肩や腕、そしてスカートから伸びる足は程よく引き締まっていて健康的であり、彼女の元気さをアピールしている。
「もう大丈夫だよ」
「おかあさあああああん!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「助けられて良かったです。あと、ここは危険ですから下がっていてください」
フレッシュピュアリーは救出した幼女を母親の元へと届け、再びイカ怪人と向かい合った。
「あなたに勝ち目はないよ!諦めて投降して!」
「何をふざけたことを言ってるイカ!イカがこれまでの怪人と同じだと思わなイカ!」
イカ怪人は十本の触手を全てフレッシュピュアリーに向け、攻撃を仕掛けて来た。
フレッシュピュアリーはそれらから逃げることなく、むしろ堂々と正面からぶつかった。
「はっ!はっ!はぁっ!」
殴り、蹴り、逸らし、叩き落とし、数々の触手を排除しながらイカ怪人の本体に向かって突撃する。
「そ、そんな馬鹿なイカ!」
「これまでの怪人と何も違わないよ!」
「痛イカーー!」
思いっきりイカ怪人の顔を右ストレートでぶん殴り、その衝撃でイカ怪人は地面をバウンドする程に吹き飛ばされてしまう。
「どう、これでもまだやる気?」
「ぐぬぬ……調子に乗るなイカ」
「諦める気は無いんだ。良いよ。受けて立つ!」
立ち上がったイカ怪人は再び全ての触手を使って同時攻撃を仕掛けてきたが、フレッシュピュアリーは今度もまた超スピードで全てを捌きながら突撃する。
「何度やっても同じだよ!」
今度こそ再起不能の一撃を与えてやろうとフレッシュピュアリーは先ほどよりも強く拳を握りイカ怪人に肉薄する。
「かかったイカ!」
「きゃっ!」
だがその拳を振りかぶった瞬間、なんとイカ怪人は口から墨を吐いた。予想外の攻撃に反応出来ず、その墨はフレッシュピュアリーの顔に直撃してしまった。
「前が見えない!」
「イ~ッカイッカ!油断したイカ!」
思いっきりバックステップしてとりあえず距離を取ったものの、目を開けることが出来なくなってしまった。
「今度はこっちの番イカ~!」
「きゃっ!」
視界を奪われたフレッシュピュアリーの元へ触手が襲い掛かり、今度は捌くことが出来ずにまともに喰らってしまう。
「あっ!ぐっ!くっ!うっ!このっ!」
両腕でひとまず頭をガードしているが、イカ怪人の容赦のない連撃が体中を襲い、たちまちダメージが積み重なって行く。
「これで終わりイカー!」
トドメと言わんばかりに、十本の触手を束ねた巨大な触手がフレッシュピュアリーを正面から突き飛ばした。
「きゃあああああ!」
あまりの威力に、今度はフレッシュピュアリーが地面をバウンドして吹き飛ばされる。
「う……うう……」
ダメージは重く、すぐには立ち上がれそうにない。
「イ~ッカイッカ!勝ったイカ!ざまぁみろイカ!」
「このままじゃ……みんなが……」
窮地に陥ったフレッシュピュアリーだが、ここでどうにか立ち上がったところで前が視えなければまたサンドバッグになるだけだ。
「それでも……それでも諦めない!」
ボロボロの身体にムチを打ち、ゆっくりと体を起こして立ち上がる。
たとえその先に待ち受けているものが絶望しか無かったとしても、立ち向かう以外の選択肢は彼女には無い。
「皆を……守らなきゃ!」
その強い気持ちがあるからだ。
「イ~ッカイッカ!その状態で何が出来るイカ!」
イカ怪人の言う通り、このままでは十本どころか一本の触手で殴りつけるだけでジ・エンドだろう。
彼女の戦いを観察していたギャラリーも、彼女の勝利は限りなく薄いと絶望し始めた。
その時。
「がんばえ~!」
それは先ほど助けた幼女の声だった。
そしてその声をきっかけに多くの声援が生まれた。
「頑張れー!」
「負けるなー!」
「がんがえー!」
いずれも幼い子供達の声で、大人達はそんな子供達の口をどうにかして塞ごうと慌てていた。
その声で注目されて襲われたらたまらないと考えているのだろう。
応援したがる子供を抱きかかえ、この場から去ろうとしている親もいる程だ。
だがそれでも十分だった。
ほんの一瞬の声援だけでも、フレッシュピュアリーの心に火が灯るには十分すぎた。
「この程度で……負けてられない!」
彼女は軽く息を吐き、なんとかしなければと逸る気持ちを落ち着かせた。
「イ~ッカイッカ!その状態で何が出来るイカ!」
追い込まれているはずなのに妙に冷静なのが気にはなったが、イカ怪人は気のせいだと思い込み一本の触手で彼女を軽く弾き飛ばそうとした。
「はっ!」
「イカ!?」
しかしフレッシュピュアリーは見えていないにも関わらずそれを弾き飛ばしたでは無いか。
「どういうことイカ!?」
慌てて他の触手も使って連続攻撃を仕掛けてくるが、まるで見えているかのように鮮やかに捌かれてしまう。
「何で当たらなイカ!?」
「目が見えないのなら、心の眼で見れば良い」
「意味が分からなイカ!?」
なんとフレッシュピュアリーは心眼で触手の動きを察知していたのだ。
「ここからは全力だよ」
様子見することも、油断することも、諦めろと勧告することもしない。
勝つために全力を尽くすと彼女は心に決めた。
「おいで、ピュアリースターロッド!」
右手を高く空に掲げると、眩く光る杖がどこからともなく降りてきて、彼女の手のひらにそっと収まった。これまたピンク色の基調の杖は先端が輪っかになっていて、その中には大きな星が収められている。
「そうはさせないイカ!」
慌てたイカ怪人がワンパターンの触手攻撃を仕掛けてくるが、今度はそれを華麗なステップで躱す。その動きがあまりにも素早く、やがてイカ怪人は彼女を見失ってしまった。
「どこに行ったイカ!」
「こっちよ」
「!?」
イカ怪人が声に反応して振り返ると、フレッシュピュアリーが杖を真横に構えていた。
そしてそれをバトンのようにクルクルと宙に回し始める。
「世界は愛と希望に満ちている。想いが私の力になる。煌めけ、浄化の光!」
彼女の周囲に謎のキラキラエフェクトが発生し、杖をキャッチして先端をイカ怪人に向けるとみるみるうちに謎エネルギーが溜まってゆく。
「ラブ・ピュアリー・シューーーーート!」
ピンク色のエネルギーの奔流がイカ怪人に襲い掛かり、慌ててイカ怪人は全ての触手を使ってそれを防ごうとする。
「イカーーーーーーー!」
しかし必死の防御も虚しくエネルギー波はイカ怪人をたやすく飲み込んだ。
「そ、そんなイカな……ガクッ」
イカ怪人はその場に崩れ落ち、謎の光となって消滅した。
「ぶい!」
いつの間にか顔の墨が消えて無くなっていたフレッシュピュアリーは、満面の笑みで勝利のVポーズを決めたのであった。
が、それでめでたしめでたしとは行かない。
「ちょっと君。話を聞かせて貰えないかな」
派手なバトルを繰り広げた彼女を警察が逃がす訳が無いのだ。
まるで犯罪者を扱うかのように彼女を取り囲んだ。
「ごめんね。お話は出来ないの」
彼女はそう言うと力強くジャンプしてビルの上まで移動し、そのまま逃げ去ってしまった。逃げられることが分かっていたから囲ったのだが、上から逃げられてしまってはどうしようもなかった。
怪人が街を襲い、魔法少女がそれを打ち倒す。これがこの街、佐久魔町で数か月前から始まった異変だった。人々はその異変に恐れ戦きながらも徐々に慣れ、破滅と隣り合わせの日常を送っている。
ーーーーーーーー
「なぁなぁ、昨日の魔法少女の戦い見たか!?」
「見た見た。今回ばかりはダメかと思ったぜ」
「まさか心眼まで使えるだなんてな」
「最初から使えっての」
「ば~か、ピンチになって覚醒したに決まってんだろ」
怪人と魔法少女が出現した翌日は、街中でその話で持ち切りだ。
それはここ、佐久魔町にある佐久魔高等学校でも同様で、登校した男子達は早速イカ怪人との戦いについて盛り上がっていた。
「白銀はどう思う?」
集まっていた男子達は近くの席に座っていた男子、白銀 雅也に話を振った。
「…………」
「こいつ音も無く泣いてやがる!」
「どうした!?」
「何があったんだ!?」
何気なく話を振っただけなのに無言で滂沱の涙を流す白銀の姿に慌てる男子達。
「尊い……」
「はぁ?」
「尊おおおおおおおおおおおおおい!」
「うお!」
突然ガタンと力強く立ち上がり、拳をにぎり叫び出す白銀に周囲は驚き後退る。
「絶体絶命のピンチで子供達の声援に力を貰い必殺技で怪人を倒す!これ以上に尊いものなどこの世に存在するだろうか!いや、無い!」
「お、おう、そうか」
「白銀ってこういう奴だったのか」
「俺去年も一緒のクラスだったが知らなかったぞ」
彼らは二年生なのだが、白銀の叫びを聞いたのはこれが初めてだった。一年生の時のクラスメイトも初めて知ったということは、最近発症したのか巧妙に隠していたかのどちらかであろう。
「はっ!?」
周囲の声が聞こえたからか、白銀は全身に漲る力を開放し、静かに自席に着席した。
「こいつ何事も無かったかのようにスンとしてやがる!」
「まさか誤魔化せるとでも思ってるのか!?」
「なぁなぁ、白銀。お前って魔法少女推しなん?」
もちろん目立ってしまった白銀を周囲が放っておくわけもなく、面白い奴を見つけたと殺到してしまう。
「マホウショウジョ?ナニソレ?ウマイノ?」
「いくらなんでもそれは無理があんだろ」
「そうそう。あんなに全力で『尊ーい』だなんて叫んでおいてさ」
「トウトイ?ナニソレ?ウマイノ?」
何を聞かれても知らないと言い張り逃げようとするのだが、この状況でどうして逃げられると思っているのだろうか。しかも逃げ方がまた奇妙なため、クラスメイトの弄り心に更に火をつけてしまう結果になってしまった。
「がんがえ~」
「尊おおおおおおおおおおおおおい!」
昨日の場面を再現して揶揄おうとしたら見事に引っかかり、また立ち上がって叫んでしまった。
「ぎゃはは!くっそおもしれえ!」
「やっぱり推してるじゃねーか!」
「ぐっ……嵌めやがったな!?」
二度目ともなれば流石にもう言い逃れは出来ない。いや、一度目でも出来ないのだが、白銀的には二度目でダメだと判断したらしい。腕を組んでどかっと座りふてくされている。
「はいはいそうですよ。俺はフレッシュピュアリー推しですよ。それが何か?」
「それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「白銀だってさっさとゲロって話が出来た方が楽しいだろ?」
フレッシュピュアリーの出現直後ならまだしも、何人もの怪人を倒して存在が一般人に認められている今であれば、彼女を応援していると言っても変な目では見られないだろう。推しであるならば日常的に彼女の話題で盛り上がりたいはずだ。それなのにどうして未だに隠し続けているのかがクラスメイトは不思議だった。
「お前らに弄られるからに決まってるだろ!?」
「おう」
「弄るぜ」
「全力だ」
「がんがえ~」
「チクショオオオオオオオ!尊おおおおおおおおおおおおおい!」
「ぎゃははは!」
揶揄われていると分かっていても、体がつい勝手に反応してしまう。
確かにこんな不可思議な反応をしてしまうのであれば、面白がって弄られてしまう未来は目に見えている。
「(それに彼女を雑談で消費するなんて失礼千万だ。こんなこと言ったら更に揶揄われるから絶対言わないけどな!)」
それは崇拝や神聖視に近いもので、人々を守るために戦うフレッシュピュアリーについて気軽に口にすることなど出来ないという重症っぷりだった。
「なぁなぁ他に面白いネタねーの?」
「ネタって言うな!弄るな!」
「良いじゃん減るもんじゃないし」
「俺のメンタルがガリガリと削られるんだよ!」
「そこはほら、愛しの魔法少女に癒されて回復すればさ」
「彼女を便利な回復アイテム扱いするんじゃねーよ!!」
「ぎゃはは!そうそう、そういうの頂戴よ!」
「くっそおおおお!」
完全にクラスのおもちゃになってしまったことに白銀は悔しく歯噛みする。これまでクラスメイトがフレッシュピュアリーについて話をしていてもぐっと堪えていたのに、一度曝け出してしまうと発言を止められなくなってしまったのだ。
クラスメイトが飽きるまで白銀のこの状況は続くだろう。
新たに登校してきたクラスメイトも騒ぎを聞いて事情を知り、面白そうだと混じってしまう。
だが、中には特別興味を抱かない生徒もいる。
「おはよう」
「おはよう、御酒草さん」
「この騒ぎは何?」
「白銀君が熱狂的な魔法少女推しで、面白い反応するからって揶揄われてるの」
「…………ふーん」
大人しく、真面目で、眼鏡をかけた物静かな女生徒、御酒草 桜。
彼女は騒ぎの理由を聞いても我関せずと言った感じで自席に座ったままだった。
「尊おおおおおおおおおおおおおい!」
そして背後での騒ぎが煩いと言わんばかりに、イヤホンをつけて音楽を聴き、スマホを見ながらホームルームまでの時間を潰すのであった。
ーーーーーーーー
「よう白銀、今日ゲーセンいかね?」
「あ~今日は日直だからパス」
「そんなの適当で良いだろ」
「んなわけには行かないだろ」
「相変わらず真面目だなぁ。まぁいいわ。じゃあ今度いこうぜ」
「おう」
白銀の正体がバレてからしばらく経ち、弄られる回数が極端に減った頃。彼はクラスメイト達と普通に仲良く高校生活を満喫していた。放課後遊びに誘われる程度には上手くやれている。
今日は日直ということで、放課後は教室内の軽い片付けと日誌の記入を行わなければならない。
白銀はホワイトボードの消し残しを綺麗にし、受け皿を拭き、マーカーを揃え、それが終わるとゴミが落ちていないかを確認する。一つ一つの作業が丁寧であり、几帳面さが伺える。
一通り片付けが終わったら残るは日誌だが、そちらはもう一人の日直が担当していた。
「御酒草さん、終わった?」
「…………うん」
御酒草から日誌を受け取った白銀は、書かれた内容をチェックする。
「大丈夫そうだね。じゃあ俺が先生に出してくるよ」
「…………ありがとう」
白銀は御酒草を教室に残し、職員室へと向かって日誌を担任教師に手渡した。これにて日直の仕事は終了だ。
職員室から教室に戻るまでの間、白銀はなんとなく御酒草について考えた。
「(そういえば御酒草さんと話をするのって初めてかも)」
彼女はイヤホンを耳にして自分の世界に入っていることが多く、日直などの特別な機会が無ければ全く話さずに高校を卒業していた可能性がある。
「(せっかく日直で一緒になったんだから、もっと話せば良かったかな。いやでもそれは迷惑だったかも)」
せっかくだから彼女のことを知りたいと思う気持ちと、一人になりたいに違いないから話しかけるのは迷惑だろうと思う気持ちがせめぎ合う。
「(まぁ今さらか)」
考えた所で日直の仕事は終わってしまったのだ。
彼女はもう帰っているだろうし、考えるだけ無駄だなと別のことに思考を切り替える。
だがそれが無駄では無く、考えておけば良かったとすぐに後悔することになる。
「あれ、御酒草さんまだ残ってたの?」
教室に戻るとまだ彼女は帰宅して無かったのだ。
「まさか俺が戻るの待っててくれたの?」
「…………うん。何か問題あるといけないから」
「(めっちゃ良い子じゃん)」
中学じゃあるまいし、どうせ大して読まれない日誌を教師に渡したところで書き直しやら作業の追加があるわけがない。それでも彼女は律儀に白銀が戻ってくるのを待っていてくれた。
好感度がぐっと上昇し、彼女のことに少しだけ興味を抱いた。
彼女の存在を意識してどんな人なのかとしっかりと見ようとしてしまう。
「(あれ?)」
すると白銀は何かに気が付いた。
そのまま食い入るように御酒草を見続ける。
「…………どうかしたの?」
そんな白銀の様子を不思議に思ったのか、御酒草は見られていることを照れる様子も無く、素直に首を傾げた。
「…………」
「…………白銀君?」
名前を呼ばれても白銀は変わらずジッと御酒草を見つめ、何かを考えている。
そしてどれくらい時間が経っただろうか。
御酒草がもう諦めて帰ろうかと思い始めたその時。
「御酒草さん、俺と付き合わない?」
「え?」
なんと白銀が彼女に告白したのだ。
「な、な、な、何言ってるの!?」
普段は大人しい御酒草も、流石にこの突然の告白には冷静ではいられなかった。顔を赤くしてあたふたしている。
「突然ごめん。いきなりこんなこと言われても困るよな」
「本気……なの……?」
「ああ、本気だ」
「で、でもどうしていきなり?さっきまでそんな感じ全く無かったのに」
「俺も不思議なんだよ。なんか突然、御酒草さんが俺が尊敬する人に似ているなって思ってさ。そうしたら付き合いたいって強く思ったんだ」
だからといっていきなり告白など性急にも思えるが、それはその『尊敬する人』が原因だった。何故ならばその人物は白銀の行動を狂わせる程の影響力を持つからだ。
「尊敬する人?」
「そう、フレッシュピュアリー」
「え!?」
激推し魔法少女フレッシュピュアリー。
白銀は御酒草に彼女の面影を感じ取った。
「な、何で!? 私ってあんなに髪長くないし、性格も真逆で暗いし、そもそも顔立ちも全く違うよ!?」
だがそれは普通に考えればあり得ないことであり、御酒草も激しく否定する。
御酒草とフレッシュピュアリーは彼女が言うとおりにあまりにも真逆の見た目や雰囲気で、似ている場所を上げろと言う方が難しいくらいなのだ。
「だよな。分かってるんだけど、それでもやっぱり似ているって思っちゃうんだ」
「…………」
頭の中では全くの別人だと理解しているはずなのに、どうしてか白銀の勘は似ていると言っている。それも衝動的に告白してしまうレベルだ。
「御酒草さん?大丈夫?」
黙ってしまった御酒草の様子を白銀は案じた。告白されて照れているだけならまだしも、何故か彼女が青褪めているかのように見えたからだ。
「(怖がらせちゃったかな。悪いことしてしまった。急いでここを出た方が良いかも)」
突然告白された上に、フレッシュピュアリーに似ているからだなどと見当はずれのことを言われたら怖いに違いない。白銀はそう考え、彼女から距離を取るために帰るべきだと判断した。
それを行動に起こす直前、御酒草が口を開いた。
「白銀君は……フレッシュピュアリーと付き合いたいの?」
御酒草がフレッシュピュアリーに似ていることが告白の理由であるならば、本来は御酒草ではなくフレッシュピュアリーと付き合いたいのではないか。そう考えるのは自然なことだろう。
「違う!」
だが白銀は強くそれを否定したではないか。
「フレッシュピュアリーは尊敬する人だって言っただろ?だからそういう気持ちでは見れないよ」
「そ、そうなの?」
「ああ。街の人々のために危険を犯して怪人と戦う彼女のことを俺は心から尊敬しているんだ。感謝と尊敬こそすれ、それ以外の気持ちなんて抱けないよ」
白銀の優し気な表情からは、その言葉に嘘偽りなく本気でそう思っていることが伺えた。
「でも御酒草さんはフレッシュピュアリーじゃないだろ?」
「そ、そそそ、しょうだね!」
「何でそんなに慌ててるんだ?」
「慌てて無いよ!」
「そ、そうか」
気になる反応だが、今は話の途中だったので忘れることにした。
「フレッシュピュアリーと似たような雰囲気の御酒草さんはどんな人なんだろうかって興味が出て来てさ、付き合って深く知りたくなったんだ」
「…………」
「あ、もちろんそれだけじゃないよ。日直の仕事は真面目だったし、それにこうして俺を待っててくれる優しい人だって気付いたから」
「…………」
先ほどまで真っ青だった御酒草の顔は、再び真っ赤に染まっていた。白銀のストレートな告白に今にもノックダウンしてしまいそうだ。
「でもいきなり告白だなんて、御酒草さんを怖がらせちゃったね。忘れて……」
「と、友達からなら!」
「え?」
彼女が怖がっているとまだ思っている白銀は身を退いて今後は近づかないようにと思ったのだが、それを彼女が引き留めた。
「いいの?」
「…………うん」
「じゃあこれからは話しかけても良い?」
「…………うん」
「ああ、でもイヤホンつけてるときは止めた方が良いよね」
「…………ううん、平気」
なんと友達として話をする許可が出たでは無いか。怖がられていたり嫌われているわけでは無いことが分かり白銀は胸を撫で下ろした。
「分かった。じゃあよろしくな」
「…………うん。わ、私今日は帰るね」
「おう、また明日」
「ま、また明日!」
御酒草は逃げるように教室から去って行った。彼女の後姿を見ながら白銀は思う。
「(なんか可愛いな)」
それが照れている姿を見たからなのか、フレッシュピュアリーの面影が重なったからなのか、はたまた本気で惚れそうになっているのか。その答えはまだ分からなかった。
ーーーーーーーー
「でさー、ボロボロになりながらもこう言ったんだよ。『私が負けたら多くの人が悲む。だから絶対に勝つ!』ってさ。あの場面は何度思い出しても泣けてくるよなー、ぐすっ……うおおおおおおおおん!」
「…………ま、また泣いてるよ」
「うう、だってこんなの泣けるに決まってるだろ!ハンカチサンキュ」
ある日の昼休み、白銀は御酒草の隣の席を勝手に借りてフレッシュピュアリー談義をしていた。談義というか一方的に白銀が話をしているだけだが。
フレッシュピュアリーを雑談で消費しないという話は何処に行ったのか。
「しろがねー、また御酒草さんに絡んでるのか?」
声を上げて泣いてしまったことに反応したのか、数名の男子がやってきた。
「絡んでねーし、友達と話してるだけだし」
「ふーん、友達ねえ」
「なんだよ」
「なんでもー」
いきなり白銀が御酒草と積極的に話をするようになったことについて想うところがあるらしいが、ニヤニヤするだけで何も言わない。
「つーか俺らとも魔法少女の話しようぜ」
「そうそう。なんで御酒草さんには話して俺らとは話さねーんだよ」
「御酒草さんはお前らと違って真面目に聞いてくれるからな」
茶化したり文句を言ったりと、ネガティブなことなど何一つ言わず素直に聞いてくれる。だから自分を知ってもらうために尊敬する魔法少女への想いを彼女に伝えているに過ぎない。
「だってお前の反応おもしれーんだもん」
「弄るなって言う方が無理だよなー」
「とうとおおおいってまたやってくれよ」
「あのなぁ……」
久しぶりに弄り倒してやろうモードに入ったクラスメイト達に囲まれ、白銀は額を抑えてかぶりを振った。
「一万歩譲って俺のことは弄っても良いが、フレッシュピュアリーを馬鹿にするのだけは許さねーからな!」
「お前、フレッシュピュアリーのことが好きすぎだろ」
「っ!」
「(御酒草さん?気のせいかな?)」
御酒草の方から小さくガタンと音がしたような気がしたが、チラっと見た感じ何も変化が無さそうだったので意識を切り替えた。
「好きとかそういうのじゃない。尊敬してるんだよ」
「そんなこと言って、本当は付き合いたいんだろ」
「だから違うって言ってるだろ!勇敢で、優しくて、強い心を持つ彼女のことを人として尊敬してるだけだ!」
「はうぅ……」
「御酒草さん今何か言った?」
「…………別に何も」
いつの間にか顔を逸らしているため表情が見えないが、彼女が何でもないと言うのならば今はそっとしておくことにした。
「でもよ。いくら尊敬しているって言っても、流石に可愛いくらいは思ってるだろ?」
「はぁ……」
どうしても異性として意識させようとしてくるクラスメイトだが、彼らは何も分かっていなかった。
「そんなの当たり前だろ?」
「え?」
別に白銀はフレッシュピュアリーのことを性別関係なく見ているわけでは無く、異性であるとしっかりと認識していたのだ。
「世界一可愛いよ」
「ひゃっ!」
「御酒草さん?」
「ご、ごめんなさい。しゃっくりがでちゃったの」
「(可愛いしゃっくりだったな)」
思わぬ反応に話が途切れてしまったが、白銀は更に畳みかける。
「顔とかだけじゃなくて衣装も似合ってるし、可愛いって思わない訳ないじゃん」
「…………」
「まぁ胸は少し小さいけど」
「小さくて悪かったね!」
「御酒草さん!?」
「…………彼女が聞いたら絶対そう言うよ」
「そ、そうだね。失礼だったね。(異性の前で胸の話をするのは最低だったな)」
たとえ相手の話でなかったとしても胸の大きい小さいの話をするだなんてデリカシーが無さ過ぎる。そういうのはそういう話を自然に出来るような間柄になってからするものだ。御酒草が怒るのも仕方ないことだと白銀は大いに反省した。
「何で胸の大きさだけは変えられないの……」
「(何を呟いてるのかな?)」
かなり小さい声であるため彼女が何を話しているのか白銀の耳には入って来ない。
「やっぱり白銀もフレッシュピュアリーのことが好きなんじゃねーか」
「可愛いと思うのと好きかどうかは別だろ。俺はあくまでも尊敬しているだけだ」
「なんだよそれ、変なの」
クラスメイト的には異性を可愛く思っているのならばそれすなわち恋愛的な意味で少なからず好きだというのが常識なのだろう。世界一可愛いとまで断言するにも関わらず尊敬以上の感情が無いという白銀の言葉は信じられず、本当だとしても変な奴という印象になってしまう。
「別に変に思われたって構わねぇさ」
「もう遅いもんな」
「とうとおおおおい!」
「お前らそれ好きだな」
とはいえその弄りはもう飽きてきているため、実はあまり使われていなかったりする。
「御酒草さんも、こんな変な奴に絡まれて迷惑してるんじゃねーか?」
「え?」
何かに怒っていたかのような雰囲気の御酒草は、唐突に話かけられて驚いた。
「嫌だったら嫌ってちゃんと言わなきゃダメだぜ」
「もし言いにくいんだったら他の女子に相談しろよ」
「俺らの耳に入ったら全力でこいつ止めるからさ」
「…………大丈夫」
先ほどのやらかしの件もあり、実は嫌だなんて言われるかもしれないと白銀は恐れていたが、そんなことは無かったようで一安心。
「本当に?」
「こいつに脅されてたりしないよな?」
「お前ら俺を何だと思ってるんだ!」
「魔法少女推しの変態」
「変態じゃねーよ!即答すな!」
ただ魔法少女が絡むと感情豊かになってしまうだけのことだ。決して変態ではない、とは本人談。
「御酒草さんとはこうしておしゃべりしてるだけだ。何も強制なんかしてねーよ。ただ、時々挙動不審になったり顔が赤くなったりしてるから怒ってる時もあるかもしれないけど」
先ほどまでだって白銀の言葉に反応して赤くなったり慌てたりしていた。白銀がフレッシュピュアリーのことを話す時はこうなるのがデフォルトだった。
「お前、それって……」
「マジかよ」
「気付いてないのか?」
「何が?」
白銀と話をしていて挙動不審になったり顔が赤くなったりしてる。
その意味をクラスメイト達は怒っているのではなく別のことだと認識した。
むしろそうだとしか思えず、そのことに気付かない白銀のことを超鈍感だと決めつけた。
彼女の挙動不審の本当の理由に気付いている人は、誰も居なかった。
そんなこんなで白銀は毎日のように御酒草と話をして高校生活を謳歌していたのだが、最近気になることがある。
「御酒草さん、何か疲れてる?」
「…………ううん」
御酒草の表情がどことなく陰っているように感じられるのだ。それが疲れによるものなのかと思ったのだが違ったらしい。
「最近なんか元気が無いような気がしてさ。気のせいだったら良いんだけど、もし何かあるんだったら相談に乗るからな」
「…………ありがとう。なんでもないから」
「そっか」
だが何でもないと言われても、一度気になってしまうとこれまで以上に御酒草のことを観察してしまう。授業中も、それ以外も、つい目で追ってしまう。そして見つけてしまった。
それは授業と授業の合間の短い休み時間。
彼女はスマホを弄っていたのだが。
「え?」
表情が曇り、歯を食いしばるかのような表情になったのだ。すぐに手際良くスマホを片付け、その時には元通りの表情に戻っていたのだが、明らかにネガティブな雰囲気だった。
「(何を見たんだろう)」
白銀の脳裏には先ほどの辛そうな御酒草の表情が焼き付いてしまい、それからの授業は全く集中できなかった。
昼休み。
急いで弁当を食べ終えた白銀は、彼女が食べ終えるのを待ってからいつものように突撃した。
「よう、今日も良いか?」
「…………うん」
隣の席に座ると、白銀は探るようなことはせずにストレートに聞いた。
「午前中の休み時間に見ちゃったんだけどさ、御酒草さんスマホで何か嫌なもの見ちゃったのか?」
「え?」
「まさか脅迫とかされてないよな」
「…………漫画の見過ぎだよ」
「だよな~」
もしそうだとするなら、もっと深刻な表情になるはずだ。あの顔は脅されて怯えているというよりも、悔しそうな雰囲気の方が強かった。
「それじゃ何を見たんだ?」
「…………」
改めて聞いてみるが、彼女は何も言おうとしない。
果たしてこのまま問い質すべきか、それとも見守るべきか。悩む白銀だが、先に口を開いたのは御酒草だった。
「…………白銀君は、まだフレッシュピュアリーのことを尊敬してる?」
「もちろんだ!」
即答である。
「…………全く迷わないんだね」
「そりゃあフレッシュピュアリーは人生だからな」
「人生」
全く意味が分からないが、白銀は堂々と言い切った。その様子がおかしかったのか、御酒草の口元が僅かに綻んだ。
「ただ、心配なんだよな」
「え?」
「最近フレッシュピュアリーの調子が悪そうだからさ」
怪人との戦いでピンチになることはこれまで何度もあったが、最近は毎回のようにピンチになっているのだ。
「動きにキレが無い気がするし、元気が無いようにも見えるし、とても心配だ」
ずっと見て来たからこそ、そして尊敬しているからこそ気が付いたのだろう。
「何か心配事でもあるのかな。体調が悪かったりするのかな。俺が戦えればなぁ……」
「…………白銀君が戦う?」
「おうよ。そうすればフレッシュピュアリーも休めてまた元気になるかもしれないだろ!」
「…………」
凶悪な怪人相手に自分も戦いたいだなんて言うとは思わなかったのだろう。しかもその理由がフレッシュピュアリーを心配してのことだ。
心底予想外だったのか、目を見開いて驚いていた。
「そうか分かった!御酒草さんの元気が無いのもフレッシュピュアリーの調子が悪いことに気付いて心配だったからなんだろ!さっきのはフレッシュピュアリーが戦う動画を見てたんだな」
ピンチに陥ってしまった場面を見てしまい歯を食いしばって悔しそうにしていたに違いない。
白銀は本気でそう思って一人勝手に納得してしまった。
「…………ふふ、何それ」
「あれ、違ったのか?というか、やっと笑ってくれたな」
「え?」
「元気が出たようで良かったよ」
そう言って朗らかな笑顔で喜ぶ白銀を見て御酒草の頬にさっと薄く赤みがさした。だが今回は照れ隠しに顔を背けることは無い。
「白銀君、ありがとう」
「どういたしまして」
てっきり心配してくれたことに対するお礼なのかと思った白銀だが、それが全く別の理由によるお礼だとは知る由も無かった。
ーーーーーーーー
調子は最高に良かった。
ここしばらくの澱んだ気持ちは嘘のように晴れ、スムーズに体が動くような気がする。
今ならどんな怪人が出現しても負ける気がしない。
そう思っていた。
そう思っていたのだが、現実は非情だった。
「この程度クマー!」
「くっ……」
駅前に出現したクマ怪人があまりにも強く、どれだけ攻撃を仕掛けても全く効果が無かったのだ。
「今度はこっちから行クマー!」
「きゃああああ!」
しかも攻撃力が凄まじく、小さなフレッシュピュアリーは軽く殴られただけで大きく跳ね飛ばされて地面をバウンドしてしまう。
「つ、つよい……」
これまでに出現した怪人と比較すると強さが一回りも二回りも上であり、勝てる未来が思い浮かばない。だがそれでも負けるわけにはいかないのだ。
「おいで、ピュアリースターロッド!」
フレッシュピュアリーは魔法の杖を呼び出し、いつもはトドメに使う技を使うことにした。魔法力の温存のために普段は格闘で相手を弱らせてから使っているのだが、その格闘が全く効かないのだから温存などしている場合ではない。
「やってみるが良いクマー!」
「後悔するよ!」
なんとクマ怪人は避けようとする気配すら見せず、真っ向から受け切るつもりではないか。
これは劣勢だったフレッシュピュアリーにとって大チャンスだ。いくら格闘が効かないとは言え、流石に魔法攻撃をまともに喰らってタダで済むはずが無いからだ。
「世界は愛と希望に満ちている。想いが私の力になる。煌めけ、浄化の光!」
キラキラエフェクトが発生し、膨大なエネルギーが杖の先にチャージされる。
「ラブ・ピュアリー・シューーーーート!」
幾多もの怪人達を撃破したフレッシュピュアリー最大にして最強の魔法攻撃。魔法エネルギーがうねりながら無防備な体勢のクマ怪人へと襲い掛かる。
「やった!」
まったく弱らせていないから一撃では倒せないかと思っていたけれど、相手が防御をしていないのであればこれで撃破した可能性もある。少なくとも残り魔力で倒せるくらいのダメージを与えられたはずだ。
「クックックッ。クマーックック!」
「そ、そんな……」
ラブ・ピュアリー・シュートが消え、フレッシュピュアリーの眼に飛び込んできたのは無傷のクマ怪人が高笑いする姿だった。
「今何かしたクマか?」
「う、嘘。そんなことって……」
必殺である技が無効化されてしまったことによる精神的ダメージは大きく、フレッシュピュアリーの顔が恐怖に歪んでしまう。どうやってもクマ怪人には勝てないことが嫌でも分からされ、敗北の二文字が頭を過ってしまう。
「ダメ……ダメだよ。ここで諦めたら皆が……でもどうしたら!」
必死に考えるものの、解決方法など思い浮かぶ訳が無い。クマ怪人の笑いに不安が増長され、心が絶望に塗り潰されようとしていた。
「良い表情クマ。愛と希望の魔法少女が希望を失い絶望するなんて最高クマ!」
「違う……まだ諦めてなんかない!」
「クッマクマ。果たして本当にそうクマ?」
クマ怪人はフレッシュピュアリーの内心を的確に読みとり、彼女の心が折れそうになっていることに気付いていた。
「クーマ、これでもそんなことが言えるクマ?」
「きゃあ!」
物凄い力で地面を蹴り一瞬でフレッシュピュアリーの目の前に移動したクマ怪人は、右手で軽く彼女を叩いた。それだけで彼女はあっさりと吹き飛ばされて地面にうつぶせに倒れてしまう。
「く……立た……ないと……」
しかし敗北を確信してしまい心が折れかかっているフレッシュピュアリーは立ち上がることが出来ない。どれだけ気持ちを奮い立たせようとしても体が言うことを聞いてくれない。
これまで何度も似たようなピンチはあった。
打ちのめされて地面に這いつくばり、立ち上がれない。
そんな時にどうやって逆転したのか。
それはいつだって彼女を信じる人々の声だ。
その『尊い』シチュエーションこそが彼女を救って来た。
再び倒れた彼女に向けて、街の人々が力を与える番だ。
「立てよ!何やってんだよ!」
「そうよ!どうせいつもの負けそうなフリなんでしょ!」
「お前がさっさと倒さないから被害が増えるんだよ!」
しかし彼女に浴びせられたのは力どころか罵声だった。
「そん……な……」
ただでさえ折れかかっていた心にトドメを刺そうとしているのは、怪人では無く守ろうとしていた人達だった。
「クッマクマ!これは傑作マ!」
すでに勝負はついている。
だがクマ怪人は更にフレッシュピュアリーを嬲ろうと画策している。
「愛と希望の魔法少女から希望が失われ、愛までも失われたらどうなるクマ!」
クマ怪人は二人を囲むギャラリーに視線を移動させる。
「ま……待って……皆には……手を出させ……ない」
「この期に及んでそんなことを言えるだなんて凄いクマ。でもこれならどうクマ?」
クマ怪人は両手を広げ、目を閉じて大きく口を開いた。
「クマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマ!」
その大声が街中に広がると、街の人々が頭を押さえて呻き出した。
「うう……なんだこれは……」
「気持ち悪い……」
「くそ……なんだってんだ……」
だがそのまま倒れるというわけでもなく、わずかに眩暈を感じた程度。
果たしてクマ怪人の叫びの効果は一体。
「さぁ人間達よ、そこに横たわる魔法少女に向けて、本当の気持ちを言うクマ!」
怪人の言葉に促され、人々は暗い瞳をフレッシュピュアリーに向ける。
「お前が来るのが遅いから俺の店が壊れちまったじゃねーか!」
「せっかく遊ぼうと思ったのに駅に入れなくてサイアク!どう責任取ってくれるの!」
「いつもお前が逃げるから俺は上司にネチネチネチネチ文句言われるんだよ!」
それは人々がフレッシュピュアリーに抱いていた不満。心の闇を活性化させ、その不満をぶちまける効果が怪人の叫びにはあったのだ。
「いや……いや!」
守りたかった人々に、お前が悪いと責められる。
「負けたんならさっさと犯されろよ!それを見に来たんだよ!」
「そうだそうだ!そんなエロい格好してるんだからお前だって期待してたんだろ!」
「何が魔法少女だよ。良い歳して恥ずかしくねーのか!」
「戦うんだったら真面目に戦えよ!人の命をなんだと思ってるんだ!」
男からは性的に見られ、魔法少女など恥だと罵られ、必死で戦って来たのにそれを認めて貰えない。
「(どうして皆そんな酷いことばかり言うの!あんなのネットで一部の人が悪ふざけしてるだけだと思ったのに!)」
慣れとは恐ろしいものだ。
怪人を魔法少女が必ず倒してしまっていることで危機感が薄れてしまった。
拳銃が効かず、建物を破壊するような力を持った相手にも関わらず、自分達は傷つかないだろうと無意識で安心してしまっていた。
彼女に対する賞賛の気持ちも徐々に薄れ、代わりにネガティブな意見が表に出るようになる。
最初は逆張りの悪ふざけだったのかもしれない。だがそれを目にした人々が同意し、批判をしても良いのだと思うようになり、好き勝手なことを言い始める。
彼女が必死に戦っていることにより命を守られているという事実から目を背け、称賛されている人物を叩く行為に快感を得始める。しかもそれがネット上のアングラな場所だけではなく、ワイドショーのコメンテーターやそこら中の井戸端会議などの表で聞こえるようになってきてしまった。
フレッシュピュアリー。
いや、御酒草 桜はその意見をネットで目にするようになり、気力が失われつつあったのだ。常にイヤホンをしてフレッシュピュアリーの話が耳に入って来ないように気を使っていたのだ。クラスメイトですらも、彼女を貶めるようなことを言ってしまうから。そしてそれを聞いたことで、彼らのことを悪く思いたくないから。
それでも守りたいから。
「いやああああああああ!」
だが彼女はついに人々の本当の心を知ってしまった。必死に目を逸らしていたのに、彼らが自分のことをどう思っているのかを知ってしまった。
愛されていないのだと実感してしまった。
「クッマクマ!これは傑作マ!愛されていると思い込んでいただけの魔法少女とか、そりゃ弱いに決まってるクマ!」
「うわあああああああん!」
愛を失い、希望を失い、原動力となる全てを失ったフレッシュピュアリーは完全に心が折れてしまった。このまま泣き叫び、クマ怪人がトドメを刺すのを待つだけだ。
そしてそうなって初めて、街の人々は自分達が何をしでかしてしまったのかを思い知るのだろう。怪人による破壊という地獄の中で。
「うおおおおおおお!」
だがそんなバッドエンドなど許せない人物がいた。
その人物は人ごみを強引にかき分けて飛び出し、なんとクマ怪人に向かって殴りかかったでは無いか。
「何だクマ?」
素人の攻撃など効くはずも無く、クマ怪人は避けることもせずに軽く払った。
「ぐっ、かはぁっ!」
魔法少女は魔法で物理ダメージを軽減しているから地面に叩きつけられても無事だ。だが生身の人間はそうはいかない。軽く払われただけでも甚大なダメージを負ってしまい、その人物は全身の激しい痛みに襲われて地面に転がりのた打ち回っている。
「(…………え?)」
フレッシュピュアリーは音に反応してそちらに目をやった。全てを諦めて絶望のままに死を受け入れる寸前だった彼女だが、目に入ったものを認識すると涙で歪んでいた視界が一気にクリアになる。
「しろがね……くん?」
フレッシュピュアリーを尊敬するクラスメイトの白銀雅也。そこにいたのは間違いなく彼だった。
「どう……して……?」
無茶なことをしたのか。
他の人と一緒に責めてこないのか。
そんなに苦しそうなのに立ち上がろうとしているのか。
「くっ……そう……まだ……まだぁ!」
ボロボロの身体を強引に起こし、白銀はまたしてもクマ怪人に特攻する。
「ダメっ……!」
慌ててフレッシュピュアリーが止めようとするが、その声は彼には届かない。
「うざいクマ」
「うわあああああ!」
哀れにもまたしてもクマ怪人に吹き飛ばされて地面を転がる羽目になってしまう。
だが彼は諦めない。
魔法少女のフレッシュピュアリーと違い相当痛く、全身に激痛が走っているはずだ。あるいは何本か骨が折れている可能性すらある。それでも彼の眼は全く死んでおらず、クマ怪人を倒そうとする気迫は衰えない。
「一体なんだクマ。面白いところなのに水を差すなクマ」
「ぎゃあ!」
しつこく向かってくる白銀をウザく感じたクマ怪人は、今度は払い飛ばすことはせずにアイアンクローで顔を掴み体を持ち上げた。白銀はそれを外そうとクマ怪人の腕を両手で掴むがびくともしない。
「そもそもどうしてお前は平気クマ」
街の人々はクマ怪人の声の影響でフレッシュピュアリーに攻撃的になっているはずだ。ゆえにフレッシュピュアリーを攻撃するならまだしもクマ怪人に攻撃してくるのは違和感しか無かった。
「効きが弱かったかもしれないクマ。それなら直接こうするクマ」
超至近距離でもう一度あの声を浴びせてしまえば、今度こそ白銀もフレッシュピュアリーを責めるだろう。
「やめ……やめてぇ……!」
白銀は御酒草の心を救ってくれた恩人だ。彼がフレッシュピュアリーのことを邪念無く心から尊敬してくれていたことが嬉しく、澱む気持ちを振り払い魔法少女として再び頑張る気になれたのだ。
その白銀から責められたのならば、御酒草の心は完膚なきまでに壊されてしまうだろう。
「クマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマクマ!」
だが彼女の懇願など意味をなさず、白銀の心の闇が引き出されようとしてしまう。
「おまけにもう少しクマクマクマクマクマ~!」
しかも念には念を入れての追加攻撃までする徹底ぶりだ。
「ああ……いや……いやぁ……」
せめて耳を塞げたらと思うのだが、ボロボロの身体は動いてくれない。白銀の罵声を聞くしかない。
「さぁ、そこの魔法少女に向けて思っていることをぶちまけるクマ!」
アイアンクローをされているが、口は自由だ。
それに話しやすいように敢えてクマ怪人は掴む力を弱めている。
この状況ならば白銀の気持ちをはっきりと口にすることが出来るだろう。
お前のせいでこうなった。
こんな風に無様に負けるだなんて期待外れだ。
尊敬してた俺が馬鹿だった。
最悪の台詞が御酒草の脳内に次々と浮かび、それだけで号泣しそうになる。
果たして白銀は何を告げるのか。
「俺はフレッシュピュアリーを尊敬している!」
それは普段と変わらない台詞だった。
心の闇を増幅されているにも関わらず、白銀は全く変わらなかった。
「どうしてクマ!?魔法少女に文句の一つや二つくらいあるクマ!?」
「ない!」
「クマ!?」
純度百パーセント。
闇なんてものがそもそも存在しなければ、増幅したところで意味が無い。
ゼロにいくつをかけてもゼロにしかならないのだ。
「彼女は俺達のために命を懸けて必死になって戦ってくれているんだ。そんな人を尊敬こそすれ文句なんかあるわけないだろ!」
「あ……ああ……」
どれほどに自分が敬われていたのか。
どれほどに自分を認めてくれていたのか。
絶望に冷え切っていた心が温かくなって行く。
「お前は一体何なんだクマ!心に闇が無い人間がいるなんて信じられないクマ!」
「闇ならあるさ!お前をぶち殺してやりたいっていう闇がな!」
あくまでもフレッシュピュアリーに関する闇が無いだけだ。
たとえばフレッシュピュアリーをボコしたクマ怪人への憎しみ。通常であればぶち殺すだなんて物騒な言葉は使わないが、増幅されてしまったせいで攻撃的な発言になってしまっている。
「ただの人間に何が出来るクマ!」
「それでもだ!彼女が戦えないなら俺が戦う!今まで彼女が守ってくれたんだから、今度は俺が守る!それが人として当然のことだろ!」
その言葉に、彼らを囲む街の人々の顔が大きく歪んだ。
フレッシュピュアリーを助けようともせず責めるだなんて、お前達は人として間違っているのだと間接的に批判されたようなもの。誰もがそのことを本当は自覚していて、罪悪感を刺激されてしまった。彼らから罵声はもう飛んでこない。
一方、白銀の強い想いを受け取った御酒草がどうなっているのか。
「(白銀君白銀君白銀君白銀君白銀君白銀君白銀君白銀君白銀君白銀君)」
白銀のことで頭が一杯になり、頬がこれまでに無いくらい紅潮し、どうにかなってしまいそうだった。
「もう良いクマ!お前は要らないクマ!」
思い通りにならないことが癪だったのか、クマ怪人は白銀を投げ飛ばそうとする。
「何故離れないクマ!?」
しかし白銀はクマ怪人の腕にしがみついたまま飛ばされない。圧倒的な力量差があったはずなのに、耐えきれている。
「離れろクマ!離れろクマ!どうして外れないクマ!」
力任せに振りほどこうとするものの、どうしてか為し得ない。
「(あれは……希望のオーラ!?)」
その理由がフレッシュピュアリーにだけは分かった。白銀の全身がいつの間にか白銀色のオーラでうっすらと覆われていたのだ。
それは魔法少女だけが見ることの出来る希望のオーラ。
魔法少女はそのオーラを魔法力に変えて戦っている。
「(どうして白銀君が希望のオーラを……違う、そうじゃない。希望のオーラは元々私達が持っていたもの。私はその力を使いやすくしているにすぎないんだった)」
そして白銀は無意識のうちにそのオーラを発動し、力としていた。
つまりそれは希望を捨てていないということ。
フレッシュピュアリーを守り切るという未来を思い描き、強い希望を抱いているということ。
どれだけ絶望的な状況でも決して折れない強い心を白銀は持っていたのだ。
「ええい、良い加減に離れろクマ!」
「うわ!」
掴まれたまま上下左右にと揺さぶられ、ついに白銀は腕を離してしまった。そして飛ばされた場所は偶然にもフレッシュピュアリーの真横だった。
「しろがね……くん……」
「ど……どうして……俺の……名前を?」
「ふふ……どうして……だろうね」
フレッシュピュアリーは右手をどうにか動かして白銀の方へと近づける。
「お遊びは終わりクマ!もうトドメを刺すクマ!」
白銀の登場で嫌な予感がしたのか。クマ怪人は精神攻撃を止めて本気でフレッシュピュアリーを殺そうと決めた。だがその判断は僅かに遅かった。
フレッシュピュアリーの右手が白銀の左手と重なったその瞬間。
「何だクマ!?」
突如二人を中心に猛烈に眩しい光が発生し、クマ怪人は全く近づけない。
その光は十秒程度続き、それが収まるとそこには一人の少女が立っていた。
「どうして立ち上がれたクマ!?」
身も心も打ち倒され、後はトドメを刺されるのを待つだけに思えた魔法少女フレッシュピュアリー。
彼女が二本の足でしっかりと立っていた。
しかも両腕に白銀を抱えて。
「あ、あの、フレッシュピュアリー?」
「ありがとう。白銀君のおかげで立ち上がれたよ」
「そ、それは何よりなんだけど、この格好は……」
「ふふ、もう少し堪能したいところだけど、このくらいにしておくね」
白銀的に、少女にお姫様抱っこされるのは男として恥ずかしかったようだ。珍しく照れながら地面に降り立った。
「さあ、後は任せて」
「俺も戦うぜ!」
「ありがとう、でも大丈夫。あなたが希望を捨てないでいてくれたから、私は戦えるの」
「えっと……良く分からないけど、役に立ったってことなのか?」
「すっごく!」
「!?」
その笑顔は今までフレッシュピュアリーが見せたことが無い程に屈託のないもので、突然の不意打ちに白銀は動揺を隠せない。
「そ、それは良かった。俺の手伝いが必要ならいつでも言ってくれよな!」
そして邪魔をしないようにと慌ててその場を離れたのであった。
「何がどうなってるクマ?」
「ふふ、見て分からない?」
フレッシュピュアリーの見た目は大きく変わっていた。
ピンク色を基調としているのは変わらないのだが、その色がより濃くなり、そして至る所に白銀色の星が散りばめられている。
「着ている物が変わったところで、結果は変わらないクマ!」
「それはどうかな?」
もう一度打ち倒してやろうとクマ怪人はフレッシュピュアリーに突撃する。超高速のショルダータックルは生身の人間に当たればいともたやすく全身を粉砕する程の威力があるが、彼女はそれを避けようともせずに左手一本で受け止めた。
「クマ!?」
そのまま思いっきり蹴飛ばすと、クマ怪人は地面に叩きつけられるように吹き飛ばされてしまう。
「どうしてクマ!?」
最初はどのような攻撃をしても無傷だったのに、超パワーアップによりダメージを与えられるようになったのだ。あまりの急激な変化にクマ怪人は驚くが、フレッシュピュアリーはこうなることが分かっていたかのように自信満々だ。
「当然だよ。本物の希望を受け継いだんだもん」
白銀から譲り受けた希望のオーラ。
それこそがパワーアップした要因だと彼女は思っている。
だが実はパワーアップした理由は他にもあった。
愛と希望の魔法少女。
その原動力となるのはもちろん愛と希望だ。
フレッシュピュアリーは本物の希望と本物の愛を知った。
どちらも白銀により与えられた。
これまでは仮初でしか無かった魔法少女が、本物を知ることで真の魔法少女へと昇華したのだ。
「おいで、ピュアリースターロッド!」
空から一本の杖が降りてくる。
杖先の星にも白銀色が混じっていた。
「まずいクマ!」
杖をバトンのようにクルクル回す様子を見て焦り出すクマ怪人。
今のフレッシュピュアリーの魔法を受けたらタダでは済まないことを察しているのだ。
「白銀に輝く愛と希望の力で浄化するよ!」
謎のキラキラエフェクトはよりキラメキを増し、フレッシュピュアリーの左右にそれぞれピンク色のエネルギーと白銀色のエネルギーが溜まって行く。
「に、逃げるクマ!」
「そうはさせるか!」
決め技の途中に逃亡するという、怪人の風上にも置けない暴挙に出ようとするクマ怪人。しかしそれを防いだのはいつの間にか戻って来ていた白銀だった。
「これでも喰らえ!」
白銀はクマ怪人の目の前にどこからか調達した一匹の鮭を投げた。
「そんな餌に俺様がクマー!」
怪人にも野生本能が宿っているのか、つい鮭にかぶりついてしまったクマ怪人。その瞬間、フレッシュピュアリーの魔法が完成する。
「ラブ・ピュアリー・シルバー・シューーーーート!」
左右のエネルギーがクマ怪人に向かって放たれ、二本のエネルギーはクルクルと螺旋を描きながら混ざり合う。
「クーーーーーーマーーーーーー!」
鮭につられ逃げられなかったクマ怪人はまともに喰らってしまい、他の怪人達と同様に光になって消滅するのであった。
「ぶい!」
いつもと変わらぬ勝利のポーズ。
だが今回は背後のギャラリーに向けてではなく、白銀に向けてのものだった。
「ありがとう、助かったよ!」
「どういたしまして」
戦いが終わり、フレッシュピュアリーはテテテと可愛く駆けて白銀の元へと向かった。
「それよりこっちこそお礼を言わないと。いつも助けてくれてありがとう」
「あ…………うん!」
感謝されるために頑張っていたわけでは無い。
皆を守りたいから守っていただけだ。
だけどそれでもお礼を言われたら嬉しかった。
これまたとても良い笑顔を浮かべて白銀をドキドキさせてしまっている。
「そ、そういえば俺の身体の傷が治ってるんだけど」
「うん、私が治したよ」
「そうなんだ。ありがとう」
「ふふ、ありがとうばかりだね」
「何度言っても言い足りないくらいさ」
「白銀君らしいね」
尊敬しているだなんて何度も公言し、心の闇を増幅されてもその想いが揺らがなかったくらいだ。放っておいたら日が暮れてもお礼を続けてしまうだろう。
「あれ、そういえばさっきも聞こうとしたけどどうして俺の名前を知ってるんだ?」
「ふふ、さぁどうしてかな?」
「…………まぁいっか」
釈然としないが、フレッシュピュアリーが答える気が無いのならば深くは突っ込まない。白銀にとって推しの言葉は絶対なのだ。
「私からも一つ聞いて良い?」
「なんなりと」
「その……この格好、そんなにえっちかな?」
「え!?」
年齢の割に子供っぽいことは自覚していたが、ネットや街の人にエロいと言われて納得が行かなかったのだ。それだけ自分の格好が気に入っているのである。
まさかの質問を受けた白銀だが、その言葉に反応して不躾な目線を向けたりなんかもちろんしない。邪な気持ちを抱きすらもしない。そんな彼がどう答えるのかなんて、決まっている。
「世界一可愛いよ」
「ありがとう!」
百点満点の答えにフレッシュピュアリーの顔に満開の花が咲いた。彼女を異性として意識していないはずなのに、白銀の胸は何故か高鳴ってしまう。
「あ、もういかなきゃ。今日は本当に助かったよ。最後にもう一回、ありがとう!」
本当ならば沢山話をしたいところだけれど、このままここに居たら面倒なことになってしまう。仕方なく彼女は戦いの場を離れることにした。
「でもその前に」
しかしいつものようにそのまま消えるのではなく振り返った。
彼女を罵倒した人々へと。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
彼らは一様に気まずそうにしており、フレッシュピュアリーと目を合わせることも出来ない。
それもそのはず、白銀が間接的に言っていたように彼らは人でなしな気持ちを抱き、それを本人にぶつけてしまったのだから。ここで取り繕い更なる醜態を晒せるような厚顔無恥な人はこの中には居なかった。
そんな彼らに向けてフレッシュピュアリーは何を言うのだろうか。
怒るのか、悲しむのか、嘆くのか。
あるいは彼らを真似して責めるのか。
「皆、怪我はない?」
彼女はいつも通りに皆を心配していた。
その顔には無理をしているような様子は全くない。
「大丈夫なら良いけど……危ないから次はちゃんと逃げてね」
そして最後まで彼女は笑顔で皆を案じ、そのままどこかへ消えて行った。
残された人々は果たして許されたのだろうか。
その答えは誰にも分からない。
ただ一つ言えることは、スマホで多くの人がリアルタイム配信しているため、彼らの所業は世界中に知れ渡りまともな人生を送るのが難しいということくらいだった。
ーーーーーーーー
「白銀!お前すげぇ格好良かったぜ!」
「命を懸けてフレッシュピュアリーを守ろうとするなんて、マジ漢じゃん!」
「名前覚えられてるとか超羨ましいぜ!」
翌日、登校した白銀を待っていたのはクラスメイトからのインタビュー攻めだった。いつものように弄られることなく好意的なものが多かったのは、昨日のギャラリーの醜態を彼らも見ていたからだろうか。自分達が守られているのだという気持ちを思い出し、不満を覚えることがとんでもないことだと自覚したのかもしれない。
その日の昼休み。
白銀はいつもとは違い体育館裏へと向かっていた。
「御酒草さん、こんなところに呼び出してどうしたんだろう」
話があるから体育館裏に来て欲しいと言われていたのだ。
それだけでほとんどの人は察せるのだが、中途半端に仲が良くなってしまったからか、人がいるところでは言い辛い話でもあるのだろうと思ってしまっている。
「いたいた。御酒草さん」
「し、しし、白銀君!」
「どうしたの?」
「なな、何でも無いよ!」
すでに御酒草は真っ赤になってモジモジしている。誰がどう見ても気持ちがバレバレなのだが、白銀は気付かない。
「元気になったみたいだね。良かった」
「…………うん、白銀君のおかげだよ」
「俺何もしてないよ?」
「…………ふふ」
いつもとは雰囲気が少し違うが、それはそれとして白銀の眼には明らかに活気が増したように見えた。以前のようなネガティブな空気が完全に消え去っているようで安心した。
「それで、こんなところに呼び出して話って?」
今日は昨日の話をたっぷりとしたいのだ。本題を早く終わらせてそっちに移りたいと、白銀はいきなり切り込んだ。
「…………」
「御酒草さん?」
しかし急ぎたい白銀とは裏腹に御酒草は真っ赤になって俯いてしまい何も言おうとはしない。流石にこの状況で急かそうとはせず、彼女が用件を口にするのを辛抱強く待つことにした。
「…………し、白銀君!」
「う、うん」
顔をこれまでで一番真っ赤にした御酒草は、白銀の眼を真っすぐに見てある質問をした。
「あの告白ってまだ有効かな?」
「え?」
あの告白、と言われて思いつくのは一つしかない。白銀と御酒草が会話するきっかけとなった白銀からの告白だ。
それが有効かどうかを確認するということは、最早言いたいことは確定なのだが、これまた残念ながら白銀は気付かない。むしろ全く別のことを考えて青褪めてしまっていた。
「ごめんなさい!」
「…………え?」
なんと白銀は頭を下げて謝ったでは無いか。
御酒草視点だと、告白の返事をしようと思ったら断られたという流れになる。まさかの返事に今度は御酒草が青褪め涙ぐみ始める。
そうとは知らない白銀は頭を下げたまま謝罪の理由を説明した。
「俺って超最低なことをしたよな。御酒草さんがフレッシュピュアリーに雰囲気が似ているから付き合いたいだなんて、御酒草さんじゃなくてフレッシュピュアリーが好きだなんて言っているようなものだ。御酒草さんのことを全く見て無い最低な告白だった。ほんっとうにごめん!」
「…………え?」
白銀の弁明により、御酒草は告白が拒否されたわけでは無いことが分かり安堵した。
彼の言葉は尤もだが御酒草は全く気にしていなかったので、というかフレッシュピュアリー本人だからどっちが好きでも良かったので、このまま逆告白を継続するつもりだ。
「だからあの告白は無かったことにして、友達として今までみたいに話をしてくれると嬉しいんだが……虫が良い話だよな」
「ええええええええ!?」
告白を無かったことにするとなると、白銀が御酒草のことをどう思っているか分からない。先程までは逆告白してもOKに違いないと確信があったが、こうなると一気に不安が押し寄せてくる。むしろ無かったことにしたいということは脈が無いのではとすら思えてくる。
「(ど、どど、どうしよう!)」
焦る御酒草と、許して貰えないのかと困る白銀。
奇妙な空気の中、御酒草はそれでもと意を決して先に進んだ。
「無かったことにしなくて良いよ!私も付き……付き……付き合いたいから!」
「え?」
果たして白銀の答えは如何に。
「気を使ってくれてありがとう。優しいんだね。でも本当に友達で十分だから」
「ちがあああああああああう!」
「え?」
これまで色々と理由をつけて誤魔化して表現していたが、どうやらやはりこう言うしかないらしい。
白銀はかなりの鈍感だと。
そういう相手には、はっきりと端的に主張するしかない。
「私は!」
「み、御酒草さんは」
「白銀君が!」
「お、俺が」
「す…………………」
「す?」
「…………」
「…………」
「馬鹿ああああああああ!」
「なんで!?」
残念、後一歩のところで御酒草は逃げ出してしまった。
魔法少女をこよなく尊敬する白銀と、本物の魔法少女の御酒草。
愛と希望の物語はまだまだ続くのである。